カラーコード
・生存設定
・ディエゴガルシア基地にて
朝日と夕日はマンダリンで、それを溶かしたように高い空が染まるが、ここはそれ以外に色がない。インド洋の珊瑚はさまざまな色と模様をみせてくれるものの、結局軍仕様の防波堤に阻まれてそれを堪能出来る機会はなく、他に色があるとすれば、移送容器という悲しい名前の棺を包む国旗だけ。何も華やかなものはない。それでも軍人は脅威と戦う。
ここにいる当の本人達には色なんて必要ないのである。
敵軍の動きがあったわけではなかったものの、今日のディエゴガルシアはいつもと違っていた。定例で、オートボットと関わっている一般人をこのディエゴガルシアに召集する日がある。この場所に似つかわしくない人々が輸送機から出てくるさまをぼんやりと眺めていたが、そこにユマはいないようだった。
『賑やかだな』
背後からラチェットの声がした。そうする必要はないのに、きちんとこの星の言語を使って。だから、振り向く必要がなかったが振り向いた。
『ああ。たまにはいいな、軍人じゃない人間が基地に遊びにくるっていうのも』
『遊び、ではないがな』
『似たようなもんだ』
『ジャズ、お前は一度の定例検診でどれだけの医療チームメンバーが犠牲になると思っている?』
ラチェットの冷視線に気まずくなり、一瞬考えて、
『いや、遊びと考えれば人間達だって気が楽だろ?って意味だよ、理解したか?』
と付け加えた。
呆れた、の意で『ああ』と投げやりで曖昧な返事をして、ラチェットは去っていった。しかし、すぐ立ち止まって、『そういえば、ユマには会ったのか?』と聞いてきた。『いや』と答えると、ラチェットはそうかと納得して、今度こそ去っていった。
ユマと会わないまま、もう1ヶ月が過ぎようとしていた。オートボットがいくら機密とはいえ、好きに走り回れないほど政府から雁字搦めにされているわけではないが、戦いと戦いの合間が短いと、どうしても会いに行くことができない。
どうしているかな、と思い、彼女の携帯を鳴らした。もうこの基地に来ていてもいいはずだ。
いつもより長くコールが続き、それから、
「──はい、もしもし?」
何も変わらない彼女の声。"ほっとする"というのは、こんな感じをいうのかもしれない。彼女の声、すくなくとも自分にとってはそんな力があると思う。
『今どこだ?もう来てるのか?』
彼女と話をしていたら、たいていいつも周りの音で何をしているか当てられるが、今回はわからなかった。彼女の周りが無音だったから。しかし現在地は特定できた。ここからそう遠くなさそうだ。
「──うん、来てるよ。どこにいるの?」
現在地を特定してからすぐそちらへ走った。急いだ。
『今おまえのいる場所へ向かってる』
彼女が電話の向こうで笑顔になっているのがわかった。わずかな空気の変化も、彼女に関することなら見なくてもすぐわかる。自分たちの関係は、そんな感じだ。走り始めてすぐに、彼女を視覚センサーがとらえた。軍専用の滑走路であるアスファルトの地面に座り込み、ぼんやりとしている。
「──そっか。わかった、じゃあこのまま待ってるね…あ、もうきた、早!」
『迅速かつ丁寧が信条なもんでな』
「飛脚かい!」
『ヒキャク?なんだそりゃ』
「いや、わかんないならいいよ」
『?』
この会話のうちに擬態を解き、彼女のとなりに寝転がる、という動作を終わらせた。ガッシャ、ガッシャと体が音をたてるたびに、ユマは飛び上がってうるさそうな顔をしていた。
『久しぶりだな』
「……うん」
ユマは調子を取り戻せないような表情だった。こちらを向かない。
『その不機嫌そうな顔から察するに、さしずめ、1ヶ月も会いに来ずに何してたんだ、ってとこだろ?』
「!」
今度は顔を赤くして目が泳いでいる。
「…別に、大変なの知ってるし構わないけど」
『"けど"?』
目がやっと合った。
「何にもないよ、大丈夫。別に普通だよ」
『………』
またそっぽを向いたユマに笑う。
「な、何がおかしいの」
『"何にもない、別に普通だ"』
「………」
『だいたい、なんだってこんな建物から離れた滑走路なんかにいたんだ?来てないかと思ったぞ』
ユマがやっと、普段通りの目線でこちらを見つめてきた。
「…いつもここ来るとき思うんだけど、なんか…この基地って…」
『?』
「いや、基地だから当たり前なんだろうけど」
『?なに、基地がどうした』
「つまんない」
『お前なぁ』
思わず洩れた呆れ声に対し、ユマは慌てて訂正した。
「あ、つまんないってそういう意味じゃなくて」
『じゃあどういう意味だよ』
「なんか、…色がない」
『は?』
ゆっくりと彼女は、地面を指さした。荒廃したさみしげなアスファルトが少しだけ割れ、そこから、小さな花が顔を出している。花はピンク色だった。
『……』
「普段ならこういうの見過ごすんだけど、なんとなくつまんないなって歩いてたらここまできて気づいた、ああ、ここ色が足りないんだって。軍事施設だから当たり前だよね」
『………』
「なんとなく見入っちゃった。私たちがカラフルな日常で楽しく過ごしている間に、ジャズ達はこの場所で一生懸命戦ってるんだなって」
『ユマ、』
「1ヶ月会えなかった事も、そういう大切なことに気づかせてくれたこの花のおかげで忘れちゃったよ」
『………』
「いつもありがとう、ジャズ」
そう言って笑顔になり、行こっか、と立ち上がったユマを、ただ見つめた。
『……』
「?なに」
人間って凄いな。本当に。自分たちにもそんな部分があれば、あの星を…
『本当にお前でよかったと心の底からそう思うよ』
「?」
彼女を乗せて、基地を走る。確かにここに色はないが、彼女がいるだけで、世界に色が付いていく気がするんだ。
俺はその未来を信じたい。
希望の色は 何色だろう
2011/07/24
log
2011/07/24
log