実写/ジャズ | ナノ
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ジャズさんの受難

>>>ジャズの10月30日:ラチェットのラボにて

『ジャズ、終了したぞ』

リペア器具が床に散乱している。器具の周りでしゃがみ、それを拾い上げる。用事は済んだので、なかなか立ち上がらないジャズのことは気にせず、片付けに入った。

『なぁラチェット、ハロウィーン、知ってるか?』

バイザーを瞬時に上げて起き上がり、腕を組む将校を見下ろす。

『…あぁ、明日か』

簡素な地球のカレンダー。エジプトでの戦いに巻き込まれた青年が毎年くれる地球のカレンダーは、仔猫の写真が描かれている。2014年か…、まだまだ産まれたばかりの星だな、ここは。

『基地も飾ればいいのにな!』
『お前さんぐらいだ、そんな呑気なのは』
『そうなのか?みんなも楽しみにしているかと思っていた』

地球での文化に触れる将校は、なに一つ抱えて込んでいない純粋な心でそれを楽しもうとしているように見える。無論そう見えるだけだというのことも分かっているのだが、その柔軟さというか、しなやかさが、時々、羨ましい。

『で?明日は何をするんだ、ユマと』
『え』

間の抜けたジャズの声がほんの少し明るい。

『非番だろう』
『なんで知ってるんだ』
『非番が多くてな。明日は訓練もない素晴らしい日だから定期検診でもと思ったらこのザマだ、そのハロウィーンとやらのせいでな。人間のパートナーがいる者は殆ど出払うようだ。ジョルトやバンブルビーも無理だと、クロスヘアーズも、ディーノも。あのオプティマスまで』
『そうなのか?』

オートボットに、亡命先の星の文化を楽しむ日がくるとは予想していなかった。

『なぜ今日こんなに私のラボがごった返していると思っている?皆言うことは同じだ、”ヒューマンモードに不具合はないかチェックを頼む”と』

ジャズが乾いた笑いをひとつして、それからバイザーを下げた。

『明日に備えて、だな!』
『…お前さんもだろう』
『あー…はい、そうだな。うん、頼もうと思ってたんだ。今頼みにくくなったな、と思った』
『……』
『悪いな、ラチェット』
『まったく…あまり羽目を外すなよ』
『街を歩くんだよ、でっかいカボチャがあるんだと!楽しみだ。だから羽目を外すかどうかは、時と場合によりけり!だ!』

身振り手振りで、まるでサムのようにせわしく物事を伝えてくる将校に、思わず排気が洩れる。

『……』
『…はい、気をつけます軍医』





>>>ジャズの10月31日:ユマと久々にデート!

魔女、フランケンシュタインに、ミイラ男に、コウモリの羽根をつけている者もいる。最寄の駐車場に向かう道すがら、ビークルモードのジャズの中で、ユマは興奮を抑えられなかった。

「歩くの楽しみだね!」
『ああ、そうだな』

穏やかで低い声に思わず微笑み、ひと気のないパーキングでユマはゆっくりとソルスティスから降りた。魔女の帽子をかぶり、手鏡をしまう。ジャズのトランスフォームを待っていた。…のだが。

『ん?うぉぁ!?』
「え!?」

ジャズがロボットモードのまま、ものすごく驚いたような、うろたえたような声を出した。

『な…!な…!』

言葉が見つからない、という顔。淡く光る青い瞳はバイザーの向こうに隠されているが、ジャズが切羽詰まっているのは珍しい。慌ててユマが駆け寄る。

「ど、どうしたの!?」
『いや、…ヒューマンモードに、なれん』
「え!?」

ジャズは両膝をアスファルトにつき、特徴的な左手をバイザーの上に当てて、がっくりと肩を落としている。

『……ラチェットめ…』
「……」

あんなに涼しい顔をして、一体いつの間にやられたというのか。あの時か!?いやあの時か!?と考えあぐねている大きな銀色の生命体にユマは言葉が出なかった。

『時々やるんだよなぁ、こういうこと』
「あらら…」

バイザーを上げ、もう目と鼻の先に見えている歩行者天国となったハロウィン街道を一度、眺める。

『…仮装してるってことにならねえかな』

ユマは眉を顰めて、言いづらそうに答えた。

「んーデッカいよね…、ちょっと無理があるかなぁ。んー…、まぁ…うーん、やっぱり…」
『だよなぁ』

バイザーが下げられる音も、心なしか元気がない。

「…じゃあどうしようか、帰る?」
『…ダァー…』

ため息が、最上級。
新しい文化に触れることを楽しみにしていた異星の軍人は、うなだれていても大きくて、だけどその姿が、今言ったら怒りそうだから言わないけれど、可愛い。金属の塊がうなだれている。なんだか可笑しい。
思わず笑みが漏れたが、がっかりしているジャズにいたたまれなくなり、ユマはゆっくり触れた。

「元気出して、ウチも飾ったし、ね」

諦めがついたように、ジャズが立ち上がる。ユマが微笑んで見上げた。

『あー、バケモノカボチャ選手権、楽しみだったのになぁ』
「おばけカボチャコンテストね!」
『…ダァー…』

やはりため息は最上級である。
せっかく会えたのに、早く元気を出して貰いたくなった。

「今日、会えただけでも、嬉しいので!」

シュン!という音を立てたバイザーが驚いたように上げられた。上げたり下げたりしすぎでしょ。もう上げっぱなしにしとけばいいのに。驚き顔のジャズに、なに?と応える。

『…な、なんだその100点満点のセリフは!』

本気で驚いている。そして感動している。自然に出てきた言葉で嘘はなかったのに、思わず顔が熱くなった。

「か、帰ろう!」

気持ちの切り替えが済んだのか、ジャズは素早くぐちゃぐちゃになって、ソルスティスの姿になった。





帰路につきガレージで降りた後、ジャズは回転しながら元の姿に戻った。高性能がいっぱい詰まったような、軽やかで重厚な変形音に、気持ちが高ぶる。いつ見てもスタイリッシュな変わり方。

『今日は上映会だ!』

一瞬光をたたえたウルトラビジョンバイザーに、ユマの目もきらっきらである。

「やっふー!!」
『なんでもござれだ』
「うん!なんでも!」

何にしよっか!と言いながら小躍りするユマは魔女の恰好をしていて、いつもよりスカートが短い。バイザーの内側で盗み見…、いや、堂々と見ているがバイザーの都合で向こうに気づかれないだけである。子供のような喜び方に思わずジャズも微笑んだ。

『キャーキャー言って抱きついてくる系がいいな!』
「いや、それはないかな!」
『いや、あるな!』
「ない!」
『ある!』
「ある!」
『ない!…っておぁ!?』
「あはは!」

笑い転げているユマを掴みあげ、腰掛ける。ジャズがオフの時に遊びにきても、ゆっくり出来るようにガレージが充実した部屋を借り、引っ越した。そのおかげで、ありのままの姿同士でも、こうやって二人の時間を楽しめる。
ユマは弾ける笑顔で期待を込めてジャズを眺めている。手を広げ、転写機能を作動…、

『……』

作動…、

『……』
「ん?」

本日二回目の、落胆。

『…ラチェットめ…おのれ…』
「ん?」

このクリアブルーなカメラアイが真っ赤になりそうだ。

『ホログラム転写機能も切りやがった』
「え!?」

ぐぬ…と金属の唇を噛んでいる。

『恨むぞ俺は…!一体、何の怨みがあってこんな事を…!』
「……」
『おのれ…!』
「ジャ、ジャズ…」

またいたたまれなくなり、手が届く指の辺りをゆっくり摩る。ジャズはそこにゆっくり視線を落として、またため息をついた。

『…はー…、悪いな、せっかく…』
「…」
『せっかく色々計画、してたのに』
「ん?」
『仮装して街を歩く事も、帰ってきてから映画を観るってのも…』

計画が計画通りに進まなかった時、時々ジャズはさみしそうな顔をする。何でも、品よく出来なければやらない方がいいとよく言う。そんな完璧主義な部分がある。だけど、その時々を楽しむ柔軟さも持ち合わせている。そんな不思議な部分がある。そういうところが、ジャズらしい。

『台無しになったなぁ…』
「…気にしなくていいよ、大丈夫大丈夫。ね」
『いや気にするだろ…』

相手を楽しんでもらうこと、自分が楽しむこと、それを何より大切だと思っているからこその落胆。それは、わかる。

「…じゃあちょっと気にしてな、私お手洗い行ってくるから。少し待ってて」

ユマはぼんやりと見ているジャズの手の中から、すり抜けた。





部屋に続く扉の向こうで、がたん、と音がする。なにやってんだ、あいつ。ジャズは思わず頭を上げた。

「…ねぇジャズジャズ!」
『…ん…』

扉の向こうからユマが持ってきたのは、20型の小さなテレビ。

『…テレビか』
「観ようよ」

ナイトメア・ビフォア・クリスマスのDVDを、ユマが掲げた。

『この…テレビでか?』
「うん!」

コードやコンセントをまとめながら頷くユマを眺めた。気乗りしなかったが、他に何もないので頷いた。

『あー…、ああ、そうだな…』
「これ観たことある?」
『いや、ないが…』
「いいよ、かなり」

配線をつなげていくユマはてきぱき動いている。あっという間に繋がり、映画が始まった。

『…人間はすごいな』
「ん?」

ぼんやりとジャズが画面を見ながら、そう言った。ゆっくりと彼の腕の中におさまる。ヘッドライトに手を添えた。

『…よく作ったよな、テレビ』
「あ、すごいことなの?かな」
『それに、ティム・バートンも天才だ』
「ああ、そうだね。こういう独自の世界を見るとさ、頭の中の世界を覗いてみたくなるよね!」

ジャズと話をしているけれど、バイザーに反射するジャック・スケリントンに目がいく。

『…やっぱり脳は未知数だな、俺達よりも可能性があるんだぞ、有機生命体がだぞ。信じられるか?』
「…なんとなく、褒められてない感じがするけど」

ジャズが少し身体を起き上がらせた。

『いやいや、絶賛してるんだ!分からないのか?』

分からないのか、と言われても、ユマは金属生命体ではないからこのことが普遍的ではない状況なんで分からないわけで。

「あー、でも、脳は一生のうちで全然使われてないって聞いたことあるね」
『フルに使ったらおそらく、俺達以上だ』
「でもジャズ達の方がすごい生命体だよね」

決定的にそうだと思う、と付け加えると、ジャズが一度ため息をついた。

『俺達が…』
「ん?」
『人形作ってそれをコマ撮りして切り貼りして、映画を作れると思うか?風習や文化をオマージュして、恐怖や幸福を映像化できると思うか?自分流の世界を表現するなんて…柔軟な発想を持ってしても…』

そこまで言って、首を振った。

『…俺達にあるのは戦う身体のみ』

ユマを抱きかかえてない方の腕を、ゆっくり武器に変えようとしたら、

『───は?』
「ん?」

ンッポン!!っという音を立てて、ジャズの腕から、バラの花束が飛び出した。まるでマジシャンが花を出す時のように。

「びっくりした!どこが戦う身体なの!あはは!」
『……ラチェットめ…どこまでも邪魔しやがって…』
「でもびっくりした!ラチェットなりのハロウィンなのかもよ!トリックorトリートをよく分かってる!」
『迷惑だ…』

もうヘトヘトの様子のジャズの身体を摩る。うんうん、かわいそうだったね、と言うと、ジャズは、はー…、とまたため息をついた。

「……これ、造花じゃなく本物じゃない!?」
『いい、どっちでも…』

ゆっくり、バラを一本だけ、引っこ抜いた。ジャズの輝くシルバーと、赤のバラはよく似合う。

「…きれい」

ジャズが、ゆっくりと顔を近づけてきて、慎重にキスをしてくれた。とても優しい、キス。なんだか、疲れているようなキス。バイザーの中の目は見えない。

「…ジャズが持ってるものは、戦う身体だけじゃないよ」
『ん?』
「幸せをくれる、楽しいことも、悲しいことも、共有してくれる」

金属の口を、ほんの少し尖らせている。そんなジャズは、

『…フェイスブックより?』

…可愛い。

「話題のお店の美味しそうな食べ物の写真を撮って、食べたよって友達に知らせても、その友達は一緒にいかなきゃ匂いすら嗅げないでしょ」

それにはジャズも笑った。

『はは、たしかに匂いは大事だな!』
「だからどんなかたちでも、こうやって時間を作って全部一緒に経験してくれようとするところが、すごく嬉しい」

軽やかに笑ったあと、憂いを含んだ笑みに変わる。

『…そう言ってくれる人間がいる俺は、幸せなんだろうな』

金属の唇は、よく動く。吸い寄せられるように指で触れた。

「…やっと笑ったね、よかったよかった」

ジャズの表情が止まり、また顔が近づいて、また唇が重なった。今度は冷たい舌がほんの少し、唇を撫でた。思わず身震いした。ぎゅ、と気持ちが押しあがって思わず肩に力が入る。だけどすぐ抜ける。とてもきもちいい。

『…いい奴だなお前、本当に』

バイザーが下がったままなのがもどかしくなった。

「ハッチ、オープン」
『なんだ』

バイザーをとんとん、と指の腹で優しく叩いてみる。すると、素早く体内に収納された。その瞬間、急に出てきたジャズの青いカメラアイの光に一瞬、目が眩む。光だけじゃなく、さまざまな愛しさに、眩む。

「眩しいけど、好きだよ」
『…』

ううん、眩しいから、好きだよ。
バラになってしまった腕を眺めてみる。ジャズとバラはよく似合う。タキシードを着た紳士みたいだ。

「…もうこのままにしておけば?ていうかみんなこうしちゃえば?」
『なんでだ』
「そしたら誰も、戦わなくてよくなるね」
『……』

ジャズの目が左右に動いた。

『…そしたら俺らはただの腑抜けだ』
「……」

戦うしか、道がない命たちの哀しさは、こんなところでゆっくりと心に染み込んでいく。

『だがお前のそんなところは、最高だと思うぞ』
「……」
『気持ちだけは大事に貰っておく。ありがとう』

ジャズの表情は明るかった。辺りがほんの少し暗くなり、飾っておいたジャックオーランタンのキャンドルが輝きを増していることにふたりして気がついた。

『…死んじまったやつら、元気かな』

ジャックオーランタンを眺めながら、ぽつり、とジャズがそうこぼした。

「…きっと新しい生命を、どこか新しい星で、まっとうしてると思うよ」

同じようにジャックオーランタンを眺めながら、ユマがそっとそう答えた。
ほとんど見ていなかったが、テレビはジャック・スケリントンがクリスマスタウンに迷い込むシーンが流れている。新しい世界を見たハロウィンの王様は、興奮して歌い、見たことのない世界に胸を震わせている。
またそれをふたりして眺めた。

『───これが終わればすぐクリスマスだな!』
「…うん!カウントダウンもね!」
『おお!いいねえ!あー今度こそキチンと計画通りに完璧に…』
「いいよ、なんでも」
『共有できれば、か』
「はい」
『…最高だな、やっぱりお前』

穏やかで、優しい、魂たちが鎮まるように、キャンドルのゆらめきに祈りを込めて。
この愛しい銀色の生命体とまた新たな年を迎えられる喜びと、新しいものを共有していける未来への希望を心の中に詰め込んで、今日という日に感謝を。
そんな至上の、時間。
今年のハロウィン。

どうか、来年も あなたと
2014.10.31