Hotcake
・以前贈り物として書いたもの
・擬人化で当たり前に食事ができる
今日も一日が終わる。帰り道に携帯が鳴ってそこに表示されているのが、今一番好きな名前だったとき、今日も一日無事に終わってよかったと心からそう思えるのだ。
JとAとZがふたつ、それが今アルファベットの組み合わせで一番好きだった。
『──今帰還中?』
「うん。ジャズは?」
『──お前の家だ、今到着した』
息が白くなる季節の一歩手前。朽ち葉の作った絨毯が敷き詰められた並木道を横目で見ながら、
『──迎えにいった方がいいか?』
家路を急ぐ。
「ううん、あとちょっとだから大丈夫」
『──あとちょっとってどのぐらいだ』
「え?あー…あとちょっと、だよ、7、8分くらいかな?」
『──……』
携帯が、がちゃ、という音を拾う。
「ん?」
『──そんなに待てるか』
今、きっと彼は電話の向こうで変形、してる。
それは目を閉じれば浮かぶくらい、分かることなのだ。
『──1分56秒待ってろ』
差し引いて約五分。
そんな時間さえ惜しいのかと思ったら、嬉しいやらこっぱずかしいやらで、赤面しつつ切れてしまった電話を見つめた。
結局1分55秒で着いた(!)ジャズに乗り込み、今日起きたお互いのできごとを教えあう。若い双子がいるらしく、どうしようもなく落ち着きがないらしい。
『まあ、コンビネーションプレイは右にでる奴はいないからな、そこはツインズ、といわれるだけあるか』
なんだかんだ言って、最後は必ず仲間を褒めて、認めて、必要だとしめくくる。彼のそんなところで、副官であることがよく伝わってくる。軍の仕組みなんて全然わからないけれど、ジャズのいる立場は、朧気ながらわかるのだ。
「ジャズ達にも双子っているんだね」
『お前たち人間とは生成は違うだろうがな。お前達の場合は、同じ母体から産まれるんだろう』
「そうそう。一度の出産で二人、ね」
『生命のフシギ、だよなあ』
「不思議だよねえ」
ほのぼのとそんな会話をしていたら、ゆっくり走っていたものの、家にたどり着く。
『あ、今日…』
呟きながら人気のない場所を選びユマを降ろしたあと、素早く回転しながら変形したジャズに見とれる。
『泊まってもいいか』
首の感覚をたしかめるように左右に動かした後、そう言った彼に微笑んだ。
「うん!」
『久しぶりに休暇が取れたんでな』
「私も明日休みだよ」
『お、本当か』
いつの間にか手が握られていた。その感触が心地良くてしかたない。
「何しようか」
『夜更かしできるな』
「でもなあ」
『あ?』
「肌に悪いからやだ」
『久しぶりの俺の登場にお前、なんて薄情な奴なんだ』
「音楽聴きながら寝るのは?」
『結局寝るのか』
「寝ないの?」
『今夜は眠らせんぞ』
「………」
『俺は本気だ』
「本気モード?」
『本気モード』
『風呂、キス、飯、どれからだ?』
「えー…風呂!!」
『…おう』
残念そうな色が見え隠れするその声に笑った。
『………』
「一緒に入ろっか、お風呂」
『……本気モードだな』
「いや、ていうか自分の方がキスしたがって…」
腕を掴まれて、脱衣場で、キスをした。不意をつかれた。時間がたつにつれなぜか自分の方が夢中になっていたようで、唇を離した時には既にシャツのボタンが全部外れていた。
「い…いつの間に!!」
『いや、気付くだろう普通は』
「………」
『ほら、一緒に入ってやるから早く脱げ』
「変態はんたーい!」
『わかったわかった、本当に子供だなお前は』
「な、」
『でも体は大人だネ』
そして俺はそれを知っている、と言ってめくられた下着を慌てて抑えた。
とはいえ、一緒に入り、一緒にお気に入りの歌をふたりで歌うのだ。
友達のような、でも友達には見せることができない自分を見せられるひと。シャンプーをしているときに邪魔をしてきても、バスタブの中でお腹の余分な肉を掴まれても、
「…やめて、ちゃんと痩せるから」
『柔らかいからいい、で、ここにはなにが入ってるんだ?』
「……希望」
『嘘つけ!』
笑いあって、幸せだと思える。
ゆっくり入浴したせいで、もう日付が変わっている。
「何か食べる?」
髪を拭きながら、背後のジャズに尋ねた。
『そうだな…』
同じように髪を拭いている上半身が露わになっている彼の体は本当に綺麗だった。
誰かじゃなくて、自分がそのひとを独り占めしているのは、うれしい。どうしていいかわからないくらいうれしい。
そんな風に思って視線を棚に戻したら、ちょうど良さそうなミックス粉が見えた。
「あ、ホットケーキは?」
『なんだ?』
「知らない?」
『ああ』
「じゃあ作ってみせるね」
ボウルに入れたミックス粉を後ろで眺めているジャズは、卵を割り入れた時と、牛乳を入れだした時に『おお』と少し感動したように声を出した。
『混ざっていくな』
「そう」
『匂いが…』
「甘い?」
『っていうのか?』
「焼いてる間にコーヒー入れようか。あー寝れなくなるかな」
『寝ないだろ?』
「うーん。あ、ソイラテにしよう」
フライパンに流し込む過程をぼんやりと眺めているジャズは、髪にふわふわのタオルが乗ったままだ。
「穴がぽつぽつしだしたら、ひっくり返す」
『ひっくり返すっておまえ、どうやって』
「これで」
ターナーを持って見せると、いよいよ少年ジャズが発動した。
『俺にやらせろ』
「だ、大丈夫?」
『俺に不可能はない』
フライパンと片面が焼けたホットケーキの間に慎重に差し込むジャズを、後ろから眺める。
知らない事をするときのジャズの顔は、年上の彼にこんな表現はどうかと思うのだけど、かわいい。
「………」
ゆっくりと、ジャズの手を包む。
『ん』
視線をはずさず、ジャズはユマの行動に相槌をうつ。
「一緒にしてあげる」
ふたりでひっくり返したホットケーキは、綺麗に焼けていた。
『おお!!』
「やったね!」
出来上がったホットケーキを、切り分けることなく、ふたりでつつく。
『うん。こういう味か』
「あったかくて、ふわふわで、やさしい甘さでしょ」
幸せそうに頬張るユマを、ジャズは目を開いて眺めた。
『………』
あったかくて、ふわふわで、やさしい甘さ。
「ん?なに?」
頬張りながら、顔に何かついてる?と焦りだしたユマに、『共食いじゃねえか』という言葉が喉元まできていたが、なんとなく言えなかった。
あったかくて、ふわふわで
やさしい甘さの君を、
今夜も、いただきます
2009/11/21
やさしい甘さの君を、
今夜も、いただきます
2009/11/21