実写/ジャズ | ナノ
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きみとなつまつり



『おお、これが帯だな』
「じっとして、」
『ユマ、かき氷より俺は花火が楽しみだ』
「うん、わかったからちょっとじっとして、腰紐まわすよ?」
『ああ。色々調べたんだ。ネブタフェスティバルとか…』
「……なんか発音が変な気がするけど」
『だいたいみんながみんなエドジダイの格好をするのがいいな。面白い文化だ』
「うん、わかったからその帯離して、」
『ユマも似合うぞ、やはり俺の目に狂いはなかったな』
「ありがとう、でも今はその帯離してくれる?巻き付けるから」
『これ何織りっていうんだ?ツルが織ったのか?』
「何の話かわかんないよー!いいから早くかして、日が暮れちゃうよ」
『何の話って、織物といやあツルノオンガエシだ、あの話は泣ける!』
「もおーー!!!」




きみとなつまつり
─君と夏祭り─





新しい文化に触れるときのジャズは、本当に喜んでいるのがわかる。
いつもは涼しい口ぶりが、熱のこもった話し方に変わり、そして少年のように笑う。
バイザーをしていないジャズは久しぶりだ。

『金魚すくいしてもいいか』
「すくえるの?」
『俺に不可能はない』

こんな少年なジャズも久しぶり。
おじさんにあい、と渡された網を嬉々と受け取ったジャズは、素早く金魚が大量に気持ちよさそうに泳いでいる水槽に網をつっこんだ。

『オヤジ、俺の腕は吸着式だ。わんさか金魚がくっついてくるはずだ』
「そうかい、そいつぁよかった。…あーだが兄さん、金魚があんたの手を避けてるぞ」
『あ?』

水槽をのぞき込むと、ジャズの手の周りには金魚はいない。ジャズを避けるように端っこで所狭しとうろちょろしている。

「あはは!!嫌われてるー!!」
『……ハン、金属含有のない下等生命体が』

金魚にキレてどうするの。

「なんか今のセリフ、ディセプティコンみたい」
『そうか?………あー、掬いたかった』
「かして、」

ジャズの持っている破れた網を手に取った。
端のほうに紙が辛うじて残っている。

「…すくえるかな」

すす、と追いかける。

『お、』

端まで追い詰めて、

『おお!!!』

一匹掬えた。

「…私天才かもしれない…!!」
『おおおお!!!金魚の野郎、素直じゃねえか!!』
「おめでとさん、袋に入れてあげるからね」

袋に入った金魚を見ながら、ジャズが笑った。

『水槽がいるな!デカいのが』
「うん、でもしばらくは洗面器かな」
『名前をつけるか、あー…、なにがいい?』
「なんでもいいよ」

手をつなぎ直して立ち上がる。おじさんが、あと10分で花火だよ、と言った。

「え!!もうそんな時間!」
『ここからじゃ無理だな。少し急ぎ足でいくか』

楽しそうなテンション高めのジャズの手に引かれるのが、なぜかこの瞬間にどうしようもなくいとしい事に思えた。
よかった、喜んでくれて。

そんなことを思っていたら、急に下駄に違和感を覚えた。

「あっ、」
『あ?』
「ちょっとまって、」
『花火が始まる』
「うん、ごめんでもなんか鼻緒が…」

…取れた。
しかも取れて無理やり足を交わしたせいで、ぐっきりと足に重たい痛みを感じた。
…痛い。

「ジャズ先に行っていいよ、花火見てて、私ちょっと下駄が…」

しゃがみ込んだユマを、ジャズは立ち止まって支えた。

『ん?どうした』

ユマが指差した足元を、ジャズが見下ろす。

『取れたのか?』
「うん、後から追いかけるから、花火見に行って」
『お前バカか、ひとりで見て楽しいわけあるか』
「でも楽しみにしてたのに」
『……』
「ジャズは、」

いつか言っていた言葉。音楽や、映画やダンスを教えるたびに楽しみながら、必ずしみじみと言っていた言葉。

──こんなの楽しむ時間なんて、もう永遠に来ねえと思っていた。戦争ばっかりで

「楽しまなくちゃ」

今まで楽しむ暇もなく生きてきたわけだから、

しゃがみ込んで、足を押さえながら悲しそうにそう呟いたユマを、ジャズは見つめた。
ユマの手中では、元気に金魚が泳いでいる。

『………お前さあ、』

弱々しく見上げてきたユマの、鼻緒の取れた下駄を彼女の足から引き抜いて、両手で彼女を抱え上げた。

「!!ちょっと、」

周りを歩く人々が、いきなりお姫さま抱っこをして歩きだしたこのカップルを、興味の目で見ていく。

「大丈夫だから」
『黙ってろ、』
「なん…」
『足挫いただろ、』
「………」
『気づかないとでも思ったか、ばかめ』

人ごみから離れて、柔らかい草が生い茂る公園には、ちらほらとしか人がいない。ジャズはそこでユマをスッと降ろした。

「ジャズ、」
『足を見せてみろ』

浴衣を膝まで開いて、下駄を履いていない方の足を丁寧に握った。ユマの様子を見ながら少しずつ捻る。

「あ、痛っ!」

ジャズが真剣な表情で、足をさすった。

『じきよくなる、ちょっと我慢しろ』

そう言ってユマを見た瞬間、とぉん、と空が鳴った。
ユマは空を見上げた。けれど此処からでは、

「───、」

見えない。
見せてあげたかったのに、あんなに楽しみにしていたのに、

「ごめんね、ジャズごめんね」

泣き出したユマの頭を撫でて、

『泣くな、お前悪くないだろうが』

そう言って、ユマの手を取った。

『何でもお前と一緒に出来なきゃなんの意味もないからな』

花火の音は、どんどん激しくなっていく。

『大丈夫大丈夫、来年もある。再来年もある。その先もある』

額に優しくキスを落として、それからジャズはゆっくりとユマの頭を両腕で包んだ。

『ありがとう、お前がいてよかったよ』

少しだけ気持ちを抑えたようなジャズの声が、余計涙腺を刺激した。

『帰るか。金魚もそんな狭いところじゃかわいそうだからな』

まだぽろぽろ泣いているユマに、思わず微笑んだ。

『よしよし、泣くな泣くな。そんなに好きか、この俺が』
「うん」
『──……』
「…早くっ、…帰ろう、ジャズ…、っく」

そう言って額を胸にこすりつけてきた彼女に、ジャズは苦笑した。あんまり笑う余裕がないくらいに抱きたくなったから、どんな表情をしたらいいか、
わからないから、

『わかったわかった、帰ったら真っ先に抱いてやるよ』

ほとんど茶化す余裕なんて、

「うん、そうしてくれたらうれしい」

ないぞこりゃ、

いつも
いつも いつも
君にノックアウト、
余裕綽々が
うりなのに

2009/08/28
「きみとなつまつり」
4位 ジャズ!