実写/バンブルビー | ナノ
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境界線、越えてもいいですか

朝起きたら、彼は居なかった。
ガレージかなと思ったけれども、そこにもいない。
ユマはどこにやりようもないやるせなさを、ため息に変換してはきだした。
まるはなばちの時計は、朝の9時をさしている。
バンブルビーが知らず知らずのうちにオートボットとしての任務に出ているのはしょっちゅうで、そんなことに文句を言っても仕方がないし(とは言いながら地球を守っている部隊にいる彼は自慢でもある)、とにかく今日は休日だけれども、彼とは過ごせないんだ、と1日のうちに心を占める楽しみの大半を削がれる形になることを、この朝できちんと受け入れなければならないことに、ため息が出たのだ。
あの乗り心地のいい柔らかなレザーシートが、恋しい。
ただ、自分たちには今、距離があった。
物理的なものではなく、心身的な問題として。
どんな風に彼を助けてあげたらいいのかわからない。彼はあらゆることで自分に優っている生命体だ。
けれど何かしてあげたかった。
助けてあげたい。
でも理由がわからない。

──彼が、また《声》を失った。



境界線、
越えてもいいですか




散らばった雑誌を片して、それから掃除をする。いつも手伝ってくれる(というか、じゃまをする)バンブルビーの事を思い出しながら過ごす午前中は、楽しいような、切ないような。甘苦しい。
バンブルビーが自身の声を使わずに、ラジオドラマや、ラジオのDJ、お気に入りのアニメや映画から台詞を抜き出し、それを器用に継ぎ接ぎして言葉を発するのは、彼なりのコミカルなコミュニケーションの取り方なのだと思っていたけれど、それにはきちんと過去があった。

『─声帯モジュールを捻り潰されたんだ』

ラチェットが教えてくれたことは、受け入れるのには時間がかかるくらい、彼にとってつらいことだったんだろうなと思った。彼は優しいし楽しいけれど、同時に気の遠くなるくらいの年数を生きている。若々しい性格も手伝ってそんなイメージはないにもかかわらず、そんな目に見えない彼の長い歴史を垣間見た気がした。ラチェットは、モジュールは完全に治したし、地球に降り立った時の戦いの際、オールスパークの恩恵も受けているから、あとは精神的な問題、と言っていた。

──精神的な、問題。

彼の今の問題は、なんだろう。
彼は、言わない。
いつも飄々としていて、優しく、楽しい事を言うかと思えば、許せない事を譲らない、厳しい性格の持ち主でもある。
甘え上手な彼が、悩みを打ち明けてくれない。
それは、無言の距離感だ。かなしい。
キスまでしか進んでいない(というより、トランスフォーマーとこの先があるのかが本当に謎だ)、自分たちにとって、体のつながり以外でも距離があったらそれこそ、致命的な気がする。

掃除をして、借りていたDVDを返しにいく。結局ニ本とも、二人で見る時間を作れず、見ないままだった。
それから、買い物に行った。
出先でも、彼を思った。

「─ふー……、」

帰って早々に、へたり込む。疲れた。久しぶりにバスとか使ったかも。やっぱりもう一台買うべきか。車がいなくなる日があるのは困りものだ。







オプティマスからの緊急召集で、バンブルビーは深夜から現地に向かい、ディセプティコンの残党を排除するサポートにまわった。それが終わった帰り道、サンイエローの装甲を温める夕焼けを感じながら、ユマが起きるまでに帰れるかと思っていたが無理だな、と排気を洩らした。
ユマを思えば、ハイウェイを走るのも、無意識で急ぎ足になる。
制限速度をかなり超えて走っても、バンブルビーにとってはさして問題ではなかった。
夕日が沈む前に、戻りたい。ユマが寂しがらないように。





キッチンで、夕飯を一人分にするか、二人分にするか迷う。バンブルビーに電話すればいいのだ。でもディセプティコンと戦っている最中かもしれない。自分の電話が妨げになって怪我でもしたら、もっと最悪な事態になったら。そう考えたらとてもじゃないけど電話出来なかった。
冷蔵庫を開けた。

それから、床で小さく蠢く焦げ茶色の物体が見えた。
物体というより、生き物だ。ユマがこの世で一番苦手とする、油虫。
ユマは、後先考えず、恐らく人類が滅んでも彼等は生き延びるといわれている小さな存在とのエンカウントに、今までにないくらいの叫び声をあげた。







ガレージに静かに入ろうとしたバンブルビーの聴覚センサーがとらえたのは、今まで聞いたことがないくらいのけたたましいユマの叫び声だった。
まさか、ディセップ!?

自分が帰ってきている事に気づいていないのに、一番に自分の名前を呼ばれて、そりゃもう、こっちのほうも後先考えずにガレージを突き破りトランスフォームした。
ユマが、キッチンで涙目になって逃げ回っている。

『!?』

冷蔵庫の下あたりに、小さな生命反応。
二匹だ。

バンブルビーは擬態をといたその巨体で、キッチンと庭をつなぐドアをぶち破り、二匹にそれぞれ二発ずつ、素早くその右手から撃ち込んだ。

最初の一発で二匹とも跡形もなく蒸発していたにも関わらず、そうした。

──冷蔵庫が吹っ飛んだ。

「キャアアアアア!!!」

ユマを襲う生命体が、この地球にもいるなんて!どんな小さな生命体でも、ユマを脅かす存在には容赦できない。
安堵したように電子音をあげ、バンブルビーは武器を格納し、手を開き、ユマを見た。
退避していたユマは、ぐっちゃぐちゃになった冷蔵庫と、キッチンと、バンブルビーを交互に見ている。

たかがゴキブリごときに、いやものすごく苦手だが、それでもそれを殲滅するために異星の高性能な装備は必要ない。
バンブルビーは自分たちよりも頭がいいから、そんなのすぐわかるはずだ。

「バン…ブルビー…、」

『─…"見たか、この破壊力!!"…』

腰に手を当てて、得意げにしているこの黄色と黒の彼に、とりあえず、絶句した。

「れ、冷蔵庫いくらすると思ってるの!?」

涙目でそう訴えた腰を抜かした恋人に、擬態を解いたままのバンブルビーは、ただ電子音をあげて、首を傾げた。

『?』

落ち着きを取り戻したユマが、粉々になった冷蔵庫とその周りに歩み寄る。まだプスプスと音がしている。
命を守った自分には目もくれず、ああ、どうしよう、などと言っているユマは、明らかにこの結果に不満を抱いているようだった。

『……』

「今まで政府の支援のお世話にはなってなかったけど、今回ばっかりは…」

信じられない。
ありがとうと言われると思ったのに。あの柔らかい笑顔で。バンブルビーは電子音をあげた。

「─…あ、ごめん、バンブルビー、ちょっとガレージに入ってて、消防隊に電話するから」

急ぎ足で携帯電話を取りに行ったユマに、もっとバンブルビーは憤った。一度だけ地面を踏みつけ、ふてくされてガレージに入っていく。
ビークルモードに荒々しく戻って、とりあえず、スリープモードに切り替えた。






キッチンが半壊してしまったのでやはり、政府に要請した。書類が山のように来るはずだ。
どうしよう。
とりあえず一通り、今出来る事をやったので、ユマはバンブルビーを思いだし、ガレージに向かった。

「…ビー?」

ユマは俯いて、暗がりの中、沈黙するイエローのカマロを見つめた。
返事はない。
ボンネットに、手をそっと乗せる。

「…バンブルビー、」


…やはり返事はない。
ロボットでも、人間の姿をしている時でも、どんなときでも、彼が好きだ。でも、こうされてしまうと、喧嘩さえ出来ない。

「…あれは、やりすぎだよ」

めったに喧嘩もしないから、バンブルビーがきっと納得いってないんだということは、この態度でわかった。

「…バンブルビー、なんとか言って…」

バンブルビーは、なんとか自分の言葉でユマの名前を呼ぼうとした。だがどうしても回路をうまくつなげない。声にならない。
ここのところ、また声帯モジュールがおかしい。
ユマもそれを心配していたのは知っていた。けれど原因がわからなかった。ユマに触れたいと、夜通し眠る彼女を横で見つめながら、そう思う。
気持ちの変化といえば、それだけだ。
ただ、ユマと自分は違う生き物だ。
だから体の触れ方が分からない。
いや、調べれば一瞬よりも早くに分かることなんだけど、ユマもそれを求めてくれているかどうかは、この星の全ての情報網を調べても、分からないことなのだ。

「………、」

ぼんやりとバンブルビーを見つめながら、ユマはため息をついた。
カマロはびくともしない。
もしかしたら、今までの出来事は全部魔法で、車が変形する夢を見ていたのかもしれない、と思ってしまうほど、それは長い沈黙だった。

「…魔法、解けちゃったかな」

私が、あなたを蔑ろにしたから。

寂しそうに微笑んだユマは、ガレージを出て行った。





それは予想外だった。
ユマは、ブランケットとともに、部屋着に着替えて、ガレージに戻ってきた。ただ、中には入らずに、さっきバンブルビーがぶち抜いてしまったガレージの側面の壁の外側で、ひょっこりと顔を出した。

「今日はここで寝るね」

動かないカマロに、ユマはにこやかにそう言った。
そして、破れたガレージの側面の壁を背もたれにして、座り込む。
バンブルビーは困惑した。別にヒューマンモードになって、部屋に行ってもかまわないのだ。こんな場所では風邪を引いてしまう。
けれど、さっきしてしまった後先を考えない自分の行動に反省するあまり、なんていうか、しにくいのだ。
変形。
この困惑した表情を、この姿なら見られずに済むから。
ユマは疲れたようにあくびをした。
それから、ゆっくり、静かに話し始めた。

「…声、出なくなった事、心配だった」

夜の闇に消え入りそうな、か細い声。独り言のようにつぶやくそれは、高性能なバンブルビーの聴覚センサーには充分に聞こえた。

「バンブルビー、ほんとに、大好きだよ」

子供っぽい告白だったかもしれない。でも彼にそう言ったのは、今が初めてだ。

「力になりたくて」

泣きそうになりながらも、ユマは続けた。

「でも、何にも、できなくて、」

魔法が解けて車に戻ってしまった彼に、また伝わったら、いいのに

「でも一緒にいたくて、」

キスをした、あの日のように

「分かり合えないのかな、私たち」

不意に、カチャ、とガレージの中で優しい音がした。
カマロの運転席が開いたのだ。

「!」

涙を指で拭って、それから、立ち上がった。

『…"ここにおいで"…"この席は…"…"君だけの…""特等席ッッ!!!"…』
「バンブルビー…」

う、と顔がくしゃくしゃになる。

『…"さあ!!…"可愛いお顔が"…"台無しです!"…"今夜も…"…"ゆっくりお休みなさい"…"私の中で…"…』

乗り込んでシートに抱きついたユマの泣きじゃくる声は、この彼の空間で響いた。

『…"僕を…"…"好きになってくれて…"…"ありがとうゴザイマース!!"…"君は"…"ただひとりの"…"運命のひとだよ"…』


俺たちは
しあわせになるために
出会ったんだよね
だから今夜は
俺たちを何万光年も
隔てていた 境界線
越えてもいい、かな
2009/07/27