実写/バンブルビー | ナノ
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Sunset


『ユマ、あとは、どこに行く?』
「うんとねぇ…まだ靴を買ってない」
『わかった。任せて』

今日は連休二日目。
日頃行けない店をハシゴするために、出掛けた。月に一度の楽しみなので、計画を練って効率的に行こうと約束していたのに、暖かい日差しと気持ちいい風に任せて、いつも通りの、買い物をしながらの気ままなデートになった。

「バンブルビー」
『ん?』
「靴で最後にするね。付き合わせちゃってごめんね」
『問題ない、好きな所に連れて行くよ』
「ううん、それじゃいつもと一緒でしょ?」
『遠慮するなよ、…うーん…じゃあ夕暮れ時までに買い物を済ませられる?』
「うん、大丈夫!」
『じゃあ、決まり。なるべく急いでお店に行こう』

小気味よいエンジン音とともに、少しだけ加速した鮮やかなイエローのカマロの中で、ほころぶ笑顔を抑えられない。
カーステレオ越しに聞こえる愛しい声は、ユマをめいっぱいの幸せに押し上げる。
しばらく談笑しながら移動していると、いつも行っているお気に入りの靴屋さんに辿り着いた。

『ここじゃ人気が多すぎてトランスフォームできない。1人で行ける?』
「うん、待ってて」
『ここに停まってるよ』

カチャリとドアが開いた。

ショーウィンドーの新作を外から眺めつつ、急いで店のドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

笑顔で長身の青年が声をかけてきた。
何度かここで買い物をしているけれど、こんなに綺麗な顔をした青年は初めて見た。

「あー…どうも」

まずは見せてくださいよ、といわんばかりに、そっけなく返事を返す。

商品に目を移す。
その中で、キャメルのプレーンなブーツが目に留まった。

「秋口から使い易いブーツです、いい色ですよね」

先ほどの店員が話しかけてくる。

「いいですね、コレ」

少し笑顔で店員を見た。
ショーウィンドー越しに、ホログラムを出して待機しているバンブルビーが見えたので、ギリギリよく見える所まで走っていき、ブーツを見せる。

ヘッドライトが二回、点灯して、ホログラムの男の人が微笑んで頷いた。
どうやらバンブルビーも気に入ってくれた様子だった。

「履いてみますか?サイズをお出し致しますね」

背後で声がする。
振り返り、はい、と笑顔で答えた。
サイズをだしてもらう。
店員は、手慣れた手付きでユマの脚へブーツをはめ込む。
鏡の前でも、満足のいくフォルム。履き心地も柔らかく、値段も手頃だったので、丁寧に脱ぎ「お願いします」と笑顔で手渡した。

レジを済ませ、店員が包装をしている間話しかけてきた。

「素敵な車ですね。年代ものだ。イエローは人気があるって聞きましたよ。格好いいですね」

容姿端麗な見た目に見合う品のある喋り方、そして博識ぶりに思わず感心し、微笑んだ。
しかし次の瞬間、急にガラス張りのショーウィンドーが激しい音を立て突然粉砕した。
あたりにガラスの破片が飛び散るシャラシャラという音が響く。
ユマも、その場にいた店員も、思わずレジカウンターの下にしゃがみこむ。店内でも、道行く人々も、突然の出来事に驚愕して叫ぶ人まで出てくる始末だった。
一瞬、ディセプティコン、という言葉がユマの頭の中によぎり、すかさずバンブルビーの方を確認する。だが、店の外は変わった様子はなく、道行く人々が突然の衝撃波で粉砕したガラスを避けながら、店内をジロジロ見ながら通り過ぎていくだけだった。

「だっ、大丈夫ですか!?お怪我は!?」

店員が駆け寄ってくる。
手を貸してもらい、立ち上がる。

「申し訳ございません、とにかくこのまま店内にいらっしゃいますと大変危険なので、早急にお店を出ていただけますか?」

そそくさとブーツの入った紙袋を渡されると、他の客とともに出口まで連れられて、店をあとにした。
何が何だか分からないまま、半ば脱力しながらバンブルビーに乗り込む。

「バンブルビー」
『大丈夫?シートベルトして。出発するよ』
「さっきの何だったの?ディセプティコンじゃないよね?」
『大丈夫だよ』

バンブルビーにしては素っ気ない返事にピンときた。

「ま、まさかバンブルビー…」
『……大丈夫だって。手加減したから』
「でも、どうして…」
『………つかまって』

バンブルビーが理由もなく、乱暴をするなんてことは、今までになかった。
先ほどの出来事を思い出しながら、理由が分からずにしかめっ面のまま、考え込む。
夕焼け空に染まるハイウェイは、それだけで魅力的だけれども、車内はずっと沈黙だった。
長い沈黙は、ほのかにシトラスの香る車内を、居心地の良いいつもとは違うものに変えてしまう。
これではせっかくの雰囲気も台無しになるし、理由は目的地に着いてから聞こうと決意して、ユマはバンブルビーに話しかけた。

「そういえば、どこに行くの?」
『あ、ああ、気に入った所があるんだ。人気も少ないし、自由に羽根を伸ばせる。きっとユマも気に入ってくれると思う』

カーステレオから流れる声は、先ほどよりもわずかに暗いものの、先ほどの沈黙に比べれば、居心地がよくなるものに感じた。
目的地は、そう話していた時から30分ほど車を走らせて到着した。
小高い丘で、子供が遊べる旧式の遊具がいくつか、さび付いたまま端に設置されており、バンブルビーの言うとおり、人気は全くなかった。
見下ろせば閑静な住宅街の先に、手付かずの山々が青く控えめにその姿を見せ、さらにその先では1日の役目を終え安堵したように見える夕陽が、その役目を終えるのを惜しむかのように柔らかい朱色に染まっていた。

「綺麗だね!」

小さなブランコに掴まったまま、思わず感嘆を洩らす。

『だから連れてきたかったんだ』

バンブルビーはいつの間にかビークルモードを解いて、リラックスした様子で両手を後ろに投げやり支えながら、地面に座っていた。

「うん、ここは穴場だね。こんな所があるなんて知らなかったよ」

にっこりしてバンブルビーを見やると、何故か体勢を変え、膝を抱えて肩をすくめて俯いた。

「バンブルビー?」
『…ごめん』

突然降ってきた謝罪の言葉に、目を丸くしてユマが答える。

「どうしたの?急に」
『あのショーウィンドー』
「ああ、あれね。どうしてあんなことを?」

恐る恐るユマが尋ねる。

『あれ、耐熱性と防音性のある、防犯用の強化ガラスだった』
「?そうなんだ?」
『店の中にいるユマは見えたけど、店員と話してる内容が全く聞こえなかったんだ』
「……うん」

何を言おうとしてるんだろう、と思いながら、ユマは相槌を打って次の言葉を待った。

『だから、楽しそうに他のヤツと喋ってるのだけ見えて、俺』

なおも俯いたままのバンブルビーは、そこまで言うとはぁ、とため息を洩らし、一呼吸置いて続けた。

『…あー、もっと大人になりたい』

小さく、丸くなった巨体の彼に、また思わず笑顔がこぼれる。

「やきもちでガラス割っちゃダメだよ」

にこにこしながらバンブルビーを見やると、声にならないような、きゅーん、という電子音が聞こえた。
ユマは自分の体くらいある大きなバンブルビーの手に触れる。
指にキスをした。
バンブルビーが少し驚いたようにユマを見つめた。

「大丈夫。私たちずっと、一緒」
『…うん』
「あ、沈んじゃったね。いつの間にか」

あたりはゆっくりと夜になっていく。紫がかった空は、だんだん輝く星をたたえて、闇に染まる。

『帰ろうか』
「うん」

力強い金属の摩擦音が鳴り響き、瞬く間にバンブルビーがカマロに姿を変える。
乗り込んだ車内は、夜の匂いがして、少しひんやりしている。

『早くこの姿を解いて、家に入って、ユマを抱きしめたいなぁ。ちょっと急いで帰ろう。うん』

カーステレオから明るい音楽と共に、いつもの明るい声が聞こえる。
微笑んでユマが頷く。

「あ、でも、いつも抱きしめられてるよ」
『ん?どういうこと?』

「ここは、バンブルビーの中で、こうやっていつも包まれてるんだから、抱きしめられてるのと一緒だよ。どんな姿でも、バンブルビーならそれでいいよ」
『…そっか』
「だから、ゆっくり帰ろう。明日もお休みだし」
『うん、分かった』

ユマは黙って窓の外を見やる。夜風が気持ちいい。

『───本当に、君で、良かった

不意に、電子音と言葉の入り混じったような音がユマの耳に入ってきた。

「?なんて言ったの?」

ユマがカーステレオを見つめて聞いた。流れている音楽のボリュームが、一部分だけ大きくなる。

"…secret♪…"

「シークレット?え、なんて言った?気になる!」

少し口を尖らせてユマが笑う。

『ちゃんとシートベルトした?やっぱり早く抱きしめたいからとばすよ』

質問を無視するように、笑いながらバンブルビーが答える。

「さっきなんて言ったの?ねぇ!」

夜のハイウェイを、鮮やかなイエローのカマロが走り抜ける。
ボンネットにはストライプ。
生涯の宝物を抱きしめながら。

2008.10.14
生まれて初めてビーを書いた日
おもひで