実写/バンブルビー | ナノ
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First Kiss.


連休最後の日。
友達と遅いランチの後、迎えに来てくれた黄色いカマロに乗り込んだ。

友達には言えない、秘密の彼。けれどユマは幸せだった。誰かにばかにされても構わない。

『楽しかった?』

流れているのはヒップホップ。地球に来て、真っ先に好きになったジャンルだと、彼が言っていた。

「うん。あ、退屈じゃなかった?ごめん」

バンブルビーは兵士だ。今でこそ平和でも、不安は残っていた。またいつ彼らの戦争が再開するか分からない。調査で地球を離れたり、オプティマスから召集がかかれば、ひとりで出掛ける事もある。ユマはそのたびに不安だった。休みの日が合えば、出来る限り一緒にいた。
バンブルビーは斥候。偵察をする。潜入捜査をし、前線でも戦う。単独がもちろん多いと言っていた。
だからこそ危険は多い。
ユマは、よその国に戦争に行っている兵士の夫を待つような気持ちって、こんななのかな、とバンブルビーを送るたびに思う。
そのバンブルビーは、今日は何もない休日だった。ユマも休日だったが先約があり、デートには行けなかった。

『いや、今日も日差しは暖かかったし、あ、今日…植えていた花が咲いてたな』

バンブルビーはそう言って、メモリーから取り出した映像を、カーナビゲーションの画面から切り替えて映し出した。

『どう』

少し得意気なその声に思わず微笑む。

「おおー!綺麗!朝はまだ開ききってなかったのに」

ユマが身を乗り出して画面に見入った。こんな優しさに溢れたところも、好きだった。

ユマは優しくハンドルを握った。

「今夜、夕飯なににしようかな?」
『ユマが食べたいものはある?』
「それじゃいつもと一緒だよ」

ユマは微笑む。いつも誰より相手を優先する優しい性格。

『そうだね…、味はまぁ…なんだってエネルギーになるから何でも構わないけど、見た目はあれが好きなんだよね。あの…卵に火を通した、あれなんていうの?』
「スクランブルエッグ」
『いや、そうじゃない。そうとも言うのかもしれないけど、その中にライスが入ってる…』
「あ、オムライス!」

…"素晴らしいっっ!!"…!"いやぁーお見事です!!"…

いきなりカーステレオの声がラジオの継ぎ接ぎに変わる。思わずユマが吹き出した。

「わかった!オムライス作るね」
『ありがとう』







帰り着いて、2人で作ったオムライスを、2人で食べた。卵はバンブルビーが担当したので(したいと言い張ったので)、案の定ぐしゃぐしゃのオムライスが出来上がった。
笑いながらそれを2人で食べる時間は、何よりも幸せに感じた。


夕飯を食べた後、ゆっくりした夜が流れる。

ヒューマンモードのバンブルビーは、ユマを後ろから抱き締めながら、機嫌がよさそうにしていた。

『あ、そうだ』
「ん?」
『スタートレック、みたい』
「え」

突然思いついたようなバンブルビーの言葉に、ユマが目を丸くする。

「ほんと好きなんだね」

少しため息混じりにユマが笑った。

『ユマのパソコンで見ていい?また俺のコンポーネント繋げて』
「あ…いいけど、たまには違うのも見てみない?」

何か思いついたようにユマが話し出した。

『ん?』

得意気な笑みに変わったユマを、バンブルビーはきょとんとして見つめる。

「地球的な方法に則って」
『ん?』
「今までなんで気づかなかったのかな、行ったことないもんね、レンタルショップ」
『れんたるしょっぷ』
「うん、借りに行こうよ。絶対好きだよバンブルビー」

にこにこしながらユマが提案するので、バンブルビーもつられて笑顔になった。なんだかよくわからないけど、楽しいものらしい。
バンブルビーは新しい事を見つけるのが好きだったし、ユマの提案だから楽しくないわけがない。

徒歩10分くらいの場所にレンタルショップはあった。
車になる必要もないね、と手をつないで歩いて向かった。

自動ドアが開くと夜の暗さから解き放たれて、ユマは目がチカチカした。

『へえ…』
「全部借りられるよ」
『ほんとに?』

頷いたユマを見てまたへえ、と言ったバンブルビーは、早速物色しようと言い出した。
どうやら気に入ってくれたようだった。

「じゃあ、しばらく別々に見ようか。あ、アニメはあっち。スタートレックはSFドラマのコーナーじゃない?」
『なるほど』
「私、映画見つけてくるね」

バンブルビーが頷くと、ユマは映画のコーナーへ歩き出していった。

ユマはもともと映画好きなので、物色するのにも力が入る。
バンブルビーと一緒に見て楽しいものがいいかな。
それとも恋愛映画でロマンチックになった方がいい?
そしたらキス、してくれるかな。

淡白なのか、そんな興味がないのか、遠慮しているのか、そんな機能がないのか、バンブルビーとは、まだ「キス」をしたことがない。
ほっぺや、ロボットモードの時に大きな手にキスをする、というのはあるけれど、唇を重ねたり無論、体を重ねたこともなかった。

満たされていない訳でもないけれど、好きだと思うたびに欲しくなるのは、やっぱり人間として避けられないことなのかな、とユマは思う。
相容れないものなのかと。

そんな寂しさを、彼と同じ種族であり、そして科学者でもあるらしいラチェットに相談したことがあった。
彼は明確な答えを出すには難しい問題、とだけ言った。
そんな機能は、ないの?欲求とか、理性が崩れるような、とダイレクトに聞いてみたけれど、
『その答えを私が聞かせたところで、君は満足なのかな?』
と返された。

けれど夜のたび、寝顔を見るたび、女としての魅力はないのかと、不安になるのも、事実だった。

「うーん…」

借りてみるか、恋愛映画。キスシーン、あったっけコレ。

考え込んでいたら、近くで甲高い声が聞こえた。

「かっこいいですね」だとか、「どこか行きませんか」だとか、そんなことを言っている。

ふと棚から目をそちらに写すと、バンブルビーが女の人に囲まれていた。

どうしよう最悪、と思った。
こんな場所でこんな事態に見舞われるとは思っていなかったので、ユマは自身の配慮の浅さを呪い、冷や汗をかいた。

バンブルビーは、オートボットの中では小柄な方らしいけれど(確かにオプティマスと会った時はもっと背が高かった)、人間に置き換えれば長身なほうだし、大きな青い目はきらきらしているし、体つきもいい。目立たないわけがない。

だめだ、こんな状況超苦手!

そう思って、映画コーナーへ隠れた。

だいたい、私、バンブルビーと手しか繋いだ事がない。
一緒に過ごしたり、抱きしめられたり、ご飯食べたり、してるけれど体をひとつにした、ことはない。心臓がバクバクしている。
どんどん自信がなくなっていく。

帰りたい。

ユマはレジへ向かい、一本だけ借りて帰る事にした。
逃げ出したかった。
現実に引き戻された気がした。
車に変形しちゃうような宇宙人を、本気に好きになったことがなぜかとても今滑稽に思えたのだ。
とぼとぼ歩く。街灯はユマの影を細長く写して次の街灯へと託していく。
意味のない、風景。

家に着いて玄関の明かりをつけた。レンタルショップのワット数には適わないみたいで、何トーンも暗いものにみえた。
さっき帰ってきた時より、ずっと。
キッチンに並べられた皿を眺めた。さっき洗ったから水がまだ滴っている。
バンブルビー、置いてきちゃった。
私の彼ですって、言えなかった。
キスもされたことないから自信がないなんて、子供みたいな理由で。
涙がいっぱい出た。
久しぶりに声を出して、泣いた。
会いたかった。
抱きしめて、欲しかった。
大人しくスタートレックを見せてあげたらよかった。そしたらずっと、
そしたらずっと…

…キスもせずに?

膝から崩れてキッチンに座り込む。
勇気がなかったのは自分なのに、自分が一番悪いのに、寂しくて死にそうになった。

庭先でエンジン音が鳴り響いた。
聞き慣れた音。

どうしよう。
隠れたい。置いてきたから怒ってるはずだ。

でも立てなかった。
金属の摩擦音が聞こえる。玄関のドアが勢いよく開いた。
黄色い装甲半分に、人間の皮膚が半分。皮膚形成を待ちきれないように、トランスフォームしながらバンブルビーが走り込んできた。

『ユマ!?』

玄関でうろたえたようなバンブルビーの声がした。部屋じゅうをガシャガシャと金属音が満たす。

『ユマ!ユマ!どこだ!?』

キッチンの部屋から申し訳なさそうに顔を出したユマに、勢いよくバンブルビーが向かってくる。

『ユマ!心配した!探しても探しても、どこにもいないから…』

そう言ってガバッと抱きしめたバンブルビーは、今までにないくらい勢いのある声で叫んだ。時々電子音が聞こえた。

「あ……ごめんね………」

涙で声が出なくなる。

『ユマ、泣いてる!?』

ガバッとバンブルビーが体を引き離してユマの顔を見つめた。

『ああ、1人にして本当にごめん!ごめん…』

心底申し訳なさそうなバンブルビーに、こちらが申し訳なくなる。
無言で何度も首をふる。
それが精いっぱいだった。

『何故か女の子に囲まれたんだ』

うん、知ってる

『今彼女と来てるんです、って言ったら行っちゃったから』

………

『ユマを探したら、いない!って』

………バンブルビー

『向こうの通りまで行ったもんだから遅くなったよ』

キスして

『でもよかった。帰ってきてて』

おねがい


涙がとめどなく流れた。バンブルビーの顔が見えない。きっと私を心配してる。

『ユマ…』

何か言わなきゃ。
顔が見えない。涙を拭かなきゃ。


『ユマ、キス、させて…』


…目を閉じたら、涙が床に落ちた、音がした。
目を閉じてもあなたを感じる。こんなに幸せなことなんて。



『ずっと、こうしたかったんだ』



2008/11/03