きみとなつまつり
まるはなばちの時計は、短い針が3という数字を指している。黒い帯を指で触りながら、向日葵色の浴衣を姿見の鏡でチェックしているバンブルビーは、いつになく落ち着きがない。
『3時か』
「うん」
『……まだ?』
「うーん」
同じように浴衣を着て、その裾を調整しているユマの髪を撫でながら、そわそわしてバンブルビーは尋ねた。
『もう行かない?俺早く行きたくてうずうずしてるんだけど…』
「まだ早いよ。花火は7時からだよ?」
『…"我々は…"…"もう待つことができない!!"…"人生は短いのです!!"…』
「でもなあ、出店はあるけど花火見る前にくたびれそうな気が…」
キュウン、とうなだれたバンブルビーは、ほんの少し立ち上げた触覚のような毛先さえうなだれて、それから、
「どうせ早過ぎても退屈しちゃって疲れるだけ……ってビー!?」
ぶわっと涙(多分違うだろう)を丸くて青い目に溜めて、泣き出した。てやんでいと云わんばかりに荒々しくそれを片手で拭いながら、もうそれ以上言ってくれるなという仕草でもう片方の手を挙げた。
「…そんなに行きたいの?」
呆れ顔でため息をついて、ユマは背の高い彼の、クリーム色であちらこちらに跳ねている元気な髪を見上げた。
自分のお気に入りの曲に合わせて夢中でノリだした彼に吹き出した。本当にしょうがない少年(何歳かなぞ)だ。
「じゃあ、行こうか」
仕方なさそうに笑ったユマの頭にゆっくりと、嬉しくてはじけそうな笑顔を見せた彼の手が、降りてきた。
─わすれないよ─
『これは?』
「うーん、まぁまぁかわいい」
『ください』
バンブルビーが嬉しそうに売り子さんから受け取ったのは、星形の触覚が蛍光色にチカチカ発光するカチューシャだった。
楽しそうにそれを装着した彼に微笑んだ。何歳だこのひと。という素朴な疑問は置いといて。
『…"ワレワレハ、宇宙人ダ"』
「いやいやリアルにアナタは宇宙人ですから隊長!」
歩くたびに針金でくっつけただけの簡素な星形触覚がぴよぴよと揺れ、それがおかしくて、お腹がよじれそうになった。間抜けだ。
『おっ』
何かに気づき、さらに走って行った先はまた幼児向けのおもちゃの出店。今度見つけたのはスパイダーマンのお面と、鼻眼鏡らしい。
「買いすぎ!」
しかも全部つけるっていう。ね。
お面を後頭部につけ、鼻眼鏡でもうすでに誰だかわからない上に、星形の触覚がぴよぴよしている。一体なにを目指してるんだこのひと。
『名付けて…』
「……」
『"スパイダーマンの夏休み"、なんてどう』
「意味わかんないよ!」
そう言って笑っていたら抱き止められた。
行き交う人たちとぶつかる寸前だったらしい。
『ほーんと鈍感だな』
抱き止められた腕の中からバンブルビーを見上げた。優しく口元はきれいな弧を描いている。いつもなら大きな青い目に乙女心がいっぺんに持って行かれるのに、今日ばかりは、
「ぶふうっ、」
吹き出してしまった。
『なに』
「いや、ヤバいから!鏡見てみてビー」
息がができないほど笑っていると、首を傾げ
たバンブルビーの、傾げた時に揺れる触覚にまた堪えた笑いを持って行かれる。
『…"おかしな子!"…"頭が変よ!"…』
「あんただよ!」
『あ、そっか』
ぴよぴよと触覚を意図的に揺らしているバンブルビーが、ユマの手を引いた。
『何を食べる?』
行き交う子供たちやカップルを興味津々に見ているバンブルビーに微笑む。
『何食べる?金魚?』
「いやいや食べるための魚じゃないからね」
『そうなの?』
「あ!たこ焼きは?」
『…"イヤンもう、素敵ね"…』
「あ、たこ焼きは知ってるの?」
『いや、しらない』
「…………」
出店に着くなり、ひっくり返されるたこ焼きに、『"素晴らしいッ!"…"いやーお見事です"』と拍手しながら目を輝かせているバンブルビーは、鼻眼鏡(まだはずしていない)とカチューシャ(まだはずしていない)とスパイダーマンのお面(しつこいがまだはずしていない)をしたままなので、日本フリークなただの陽気なアメリカ人に見える(実際はただの陽気な宇宙人だ)。
小さなパックに、爪楊枝が二本、刺さっている。それを受け取り、食べた。
「あーおいしい」
『いい笑顔だ。よかった』
笑うユマを、バンブルビーは静かに見つめた。
『楽しいね』
間抜けな恰好のバンブルビーにも見慣れて、ユマは微笑んだまま頷いた。
『ありがとうユマ、こんな風に楽しめるなんて思わなかった』
はしゃいでいた仕草からいきなり憂いを帯びた口調になる。バンブルビーは時々こうなる。
少年のような、大人のような。その瞬間瞬間を楽しんでいる彼は自然体だけれども、そんなせわしい彼の変化に最初は戸惑ったものだった。
ただそれが彼であり、たった一人の大切なひとであることは確かなのだ。
「来年も一緒に…」
頷いて、優しく微笑んだ向日葵色の彼は、
「……ぶふうっ」
やっぱり可笑しい。
『何だよ』
「ううん、ずっと今日それでいくつもりなんでしょ?」
『そう。気に入った。ジャズに見せたいな、写メして』
「いいの?副官にそんなふざけた格好をさらして」
『うん、いいのいいの、ジャズの方が俺の何倍もふざけながら生きてるから』
「いや、失礼だと思うよそれは」
見た目、日本フリークの陽気なアメリカ人を楽しそうに撮りあっているバカップルに、いろんな目線が飛んできていることには、二人とも気づいていない。
そんな中、もうすっかり日が落ちた夜空に、パン、と乾いた音が響いた。
「あ、」
『?』
ひゅうっ、と一つ目の花火が上がった。
『あ、あれ花火?』
「うん、あれが花火。もっとよく見えるとこにいく?」
うん、と頷いたバンブルビーと手をつないで、空を見ながらゆっくり歩いた。せわしくはしゃいで走っていく親子が、二人を追い抜いていった。
赤、緑、オレンジ。
たくさんの色が夜空に映えて、ユマもバンブルビーも、思わず笑顔になった。
『…ほーんと、いい星だな』
しみじみとそうこぼしたバンブルビーを見上げる。
「そう?」
『うん、知らない人たちがたくさん集まって、同じものをみて楽しんでる』
辺りを見回すと、みんながみんな、夜空をきらきらとした表情で眺めていた。
「…うん、」
『ユマ…』
「ん?」
お気に入りだった鼻眼鏡を取って、それからキスをする。
ユマは余裕なさげに微笑んだ。
少し火照った頬に、秋口の夜風は涼しい。
『忘れられない夏をありがとう』
きみがいる しあわせ
花火みたいに
永遠ではないきみを
だからこそ
大切にするんだと
かたく誓う
この 短すぎる夏
2009/08/31
花火みたいに
永遠ではないきみを
だからこそ
大切にするんだと
かたく誓う
この 短すぎる夏
2009/08/31