不審者Z

新一年生からしてみれば入学式を、在校生からしてみれば新学期を一週間前に終えた放課後のこと。ホームルームが終わるなりパラパラと、やれ部活だバイトだゲーセン行こうぜだのと教室を抜け出して行くクラスメイトに混ざりこれで帰宅部も三年目に突入した私も家へ帰るべく教室を後にした。

今日は帰ったら仕事でいない母親の変わりに夕飯の支度をせねばならない日。お腹は空いたけど自分で作るのは何だか面倒くさいなぁ…家政婦さんとか雇ってくんないかなぁ。おおう…そうだ家にそんな経済力なんてなかったんだったと思い知らされる度に酷くその願望が沸き上がる。早く大人になりたァァい!と。

まるでどこぞの妖怪人間みたいなセリフだなあと思いはするけれどこの願いは切実だ。早く大人になって稼いで稼いで稼ぎまくって、我が家に家政婦なるものをお招きするのだ。そして淡々とこう言ってもらいたい。承知しました、と。一度は生で聞いてみたいセリフなのだけれど、どうだろう?

そんな事をぼんやり考えていれば案外時間は経つものだ。いつの間に靴を履き替えていたのか、後もう少しで校門を抜けるというところまで来ていた。空想とは本当に素晴らしい。時間を忘れられるとはよく言ったものだ。しかし同時に恐ろしくもある。これは一種の現実逃避だ。

はあ…何でもいいから金持ちになりてえ、なんて一人ごちれば前を歩いていた男子生徒がくるりと勢い良く振り返り私の目の前までやって来た。おうっ?もしかして今の聞かれてたかなうわあ恥ずかしっ!ていうか誰だ君はなんだどうしたていうか近っ!

「今、なんと言った?」
「っは?え、と…金持ちになりたいなって」

と、馬鹿正直に答える私も私だけれど、急に何なの誰なの!?無遠慮にずずいと近付けられて顔を退けば何故か開いた距離を詰めるように彼が一歩前進する。腰まである艶やかな黒髪を靡かせて登場した目の前の人物は果たして一体誰なのか?同じ制服を着ているところを見る限り我が高校の生徒だということは分かるのだけど…如何せんその顔に見覚えなど皆無であった。つまり知り合いよりワンランク下である顔見知りでもないのだ。

ということは、もしかしてヤバい人だろうか。関わらない方がいいんじゃ?と思うものの相手方はそれを許してくれる気配はない。そんなに金持ちになりたいのか?ならば良いバイトを紹介しよう!実は俺も先日からそこで働いているのだが今ちょうど人員募集中で…などと一人息巻いていたりする。うわあ、なんか人の話を聞きなさそうな奴出て来た。

「いや、別に今すぐ金持ちになりたいってわけじゃないから」

いいです面倒くさいんで、とハッキリ言ってやったというに。

「…何だと?まさか、玉の輿を狙っているのではあるまいな?」

どうなったらそうなるのか、イキナリ話が飛びました。いやそりゃ、出来ることなら玉の輿がいいけどさ?でもまだ私高校生なんだし、そんな相手の財力見て結婚ってよりはさ?好きな人と大恋愛の末に〜ってのに憧れてるしそもそも今好きな人すらいないんでああ彼氏欲しいいい…

「うむ…そうだったか。ならば仕方ない、バイトの件は諦めよう」

どうやら無言を肯定と取ったらしい。その一言にとりあえずホッと溜め息が漏れた。良かった、思っていたよりアッサリした変人だった。訳分んない内に就職させられるかと思ったわ怖かった。はああと深い溜め息を吐いた私をどうした?とでも言いたげな目で見下ろしたかと思いきや、パッと一瞬の内にその顔に華を咲かせた。おい急に満面の笑み作ってどうした本気で気持ち悪いんだけど何なの、ていうかマジであんた誰?

「そうか、そうだったか!なんだそうならもっと早く言ってくれたら良かったのに!ハハハハ!この恥ずかしがり屋さんめ!」
「ちょ、何!?急に何なの!?頭の中どうなってんの!?」

何がどうなったらそうなるのか、急にハッハッハー!と笑い出した不審者(もうそうとしか思えない)に私の顔から色が消えていく。怖い怖いってこの人ヤバいって!多分あのアレ、違法な薬か何かやってんだって多分!!さああと青ざめてく顔を見て奴が急に真面目な顔して、顔が青いぞ体調不良か?なんて相変わらず近い距離で顔を覗き込んでくるもんだから、

「ッイヤアアア!!すいまっせェェェん!!」
「ッガ…ぐおおっ!?と、突然なにを!?」

ガンッ!とその顔目掛けて頭突きを繰り出し、自分が持てる全てのスキルを駆使してその場から逃げ出した。奴の顔面が相当固かったのかそれとも歯が当たったのか、ズキズキと有り得ない痛みが私の頭部を襲ったけれどそれよりもあの人に襲われなくて良かったあああ!!殺されるかと思ったあああ!!もうもうもうっ!怖かったよバカァァァ!!

うわああああんと泣きながら校門を抜けてく女子生徒なんて注目の的だったろう。だけどそんなものになり振り構っていられなかった私は家に帰るまで大泣きだった。いつも帰り道ですれ違う犬を散歩中の割とイケメンなお兄さんには泣いてる私が退くぐらいギョッとした顔でニ度見されるし最悪。私の淡い憧れよ、さようなら。短い命だったね。

***

そうして明くる日がやって来た。泣いた次の日だったけど帰ってすぐに冷やしたお陰か、目は大して腫れずに済んだ。けれど私の中にあの不審者に対する恐怖というものが根付いてしまっているせいか、なかなか校門を潜れずにいる。正直、まあでも今まで会わなかったくらいだから?きっと校内でも会わないよ大丈夫!だと思っていたりするけれど。でも、もし会ってしまったら?という小さな不安もなかなか拭い去れない。うう、どうする…お腹痛いことにして帰ってやろうか。

じりじりと足を後ろに引いて、さあ一歩踏み出せばそこはオアシスよ勇気を持って後ずさるのよナマエと頭の中で前向きなのか後ろ向きなのか分からない声がする。いやこの場合は前向きでしょと自分に言い聞かせた瞬間、徐々に後ろに下がっていた私の背中が誰かの身体と衝突した。げ、やっちゃった。

「あ、ご、ごめんね!足元しか見てなくて…」
「いや、すまん。俺も前を見てなかったのでな…あっ!」

振り向いて、ハイこんちには冷や汗。なんと目の前にいたのは昨日のあの不審者だったのだ。おお、ミョウジではないかおはようだなんて爽やかな笑顔を向けてくるもんだから一気に背筋が粟立った。ななななんで私の名前知ってんの!?も、もしかして昨日あの後調べた!?ぞわぞわと全身に物凄い鳥肌が。

ここまでくればもう叫ぶしかあるまいよと危険を察知したらしい脳が言うもので。すうと大きく息を吸い込んで、でたああああ!と奴を指さし大声を出す。するとどうだろうか、エッ!?何が!?どこ!?何が!?と奴が私同様冷や汗を流して素早く後ろを振り向くではないか。いや出たのお前えええ!!

「なんだ、何もいないではないか。全く驚かせおって。ビックリするなぁもう」
「ビックリしたのはこっちの方なんですけど!?ていうか本当あんた誰ですか!?私の名前をどこで入手したのか知らないけど初対面でその対応はあまりにも怖いんで今すぐ目の前から消えて下さいハイ!ゴースクール!!」
「む?初対面だと?なんだ、もしかして覚えてないのか?」
「いや聞けよ」

ていうか、覚えてるも何もだから初対面だってばと続ければ何故かフッと鼻で笑われた。なんだこいつ腹立つな。

「あれは2年前だったか…あの日もうららかな日が差し込む、そうだ入学式から一週間ほど経った頃だったな」
「ちょっと何勝手に回想入ろうとしてんの?」



そう、忘れもしないあの朝のことだ。俺は学校に続く道を慌てて走っていた。何故ならその前日、友人のエリザベスと夜中まで狩りに出掛けていたせいでとんでもなく寝不足だったからだ。あ、狩りと言ってもなそっちの狩りじゃなくてこっちの狩りなのだが…まぁ簡単に言うとモ○ハンしてました。そんなわけで若干の寝坊というやつをしてしまい三年間皆勤賞を守ってきた自分としては何としてでも時間内に学校の門を潜らねばならなかったわけだ。

とりあえずここまで理解出来たかな?ん?ッづああ痛ァァ!!ミョウジ!いきなり顔面グーパンとはやるではないかさすがだな!よしとりあえず2年前の話に戻ろう!

『ぐ、ここまでかっ…!どうやら運動不足が祟ってしまったらしい。ハァハァ、くそっ!三年間部活にも入らずただひたすらモ○ハンしかやって来なかった俺への、罰なのかっこれは、!』

ぜえぜえ、はあはあ。とにかく全速力で走っていた。今思えばあの時黙って走っていればもう少し体力は持っていたかもしれない。だかしかし俺以外にこの状況を説明してくれる者などいなかったのでそれも致し方ないと言える。ガクガクとついに足が限界を訴え始めてきた頃、自分の右手からするりと通学鞄が消えてった。ああ落としたのかと思った時にはもう俺の身体は限界をゆうに越えていて。

バタンッと勢い良く地に伏し、俺はもうダメだ…そう思った時だった。背後から声が聞こえて来たのは。

『え?なに行き倒れ?大丈夫ですか?』

それはそれほど高くもなく、かといって低くもない女特有の声だった。最後の力を振り絞って顔を上げれば、何故か目の前にミネラルウォーター。

『な、にを…』
『良かったらそれどうぞ』

我が家の前で行き倒れられてたら困るんで、なんて一見冷たいように思える言葉を残し俺にミネラルウォーターを渡した彼女は何を勘違いしたのか俺に強く生きて下さいと零してその場から立ち去った。その後ろ姿がまるで陽炎のようにゆらゆら揺れて見えたのは俺の目からミネラルウォーターが流れ出たせいだろう。

ごっごっと音を立てて一気にミネラルウォーターを飲み干し見ればそこは確かに家の目の前だった。悪いことをしてしまったと思いながらも家に掛かる表札を盗み見る。

『ミョウジ、』

そうか、あの子はミョウジというのか。今度いつかまた出会えたら。その時は今日のこの恩を返さねばなるまいな。



「と、いうことがあっただろう?2年前のことだからな、忘れてしまったかもしれないが。あの後お主から恵んで貰った水のお陰で強敵モンスターにやられてもすぐに生き返るハンターさながら復活した俺は今も皆勤賞を守り続ける事が出来ているのだ。本当に本当にありがとう」
「あ…うん全ッ然覚えてないゴメンそしてその例え分かりにくい」
「だがしかし口ではどうとでも言える。この俺の誠意を見せるにはどうすればいいだろうとこの2年と少し考えていてな。そしたら恩返しをすればいいのでは?という結論に至ったもんでそれからはいつでも恩返しが出来るようお主の側でスタンバっていたんだがなかなか話し掛ける機会が掴めなくてだな」

ペラペラと一人で話し続けるどこぞのハンターをげんなりとした顔で見やる。こいつやっぱり全然人の話聞かねーな相手にすると面倒くさいタイプだどうしよう逃げたい。ていうか今聞き捨てならない言葉聞こえてきた。なに?いつでもスタンバってたって何!?ハンターはハンターでもまさかの女子ハンター!?いやいや何言ってんの私落ち着いて!!

「そしたら昨日、金うんぬんと一人ごちる声がしてようやくその糸口が見付かったような気がしたんだが…それも上手くいかなんだ」

さっきまでの嬉々とした表情から一変、急に視線を下げてそう漏らした彼にちくりとほんの少しだけ私の良心が痛む。…いや、だって怖かったんだもの。ずっと側でスタンバってたなんて聞いたら余計に関わりたくないって思ったんだもの仕方ないじゃない。…うわあ何か黙っちゃったよどうしよう。気まずい空気に飲まれそうになりながらそっと見上げたその顔が何だか今にも泣きだしてしまいそうに見えて。

…うわああ、どうしよ、ああ、ううう!

「えっと、その…ごめん。昨日はちょっとなんていうか、いきなり話し掛けられたもんだからビックリしちゃって」

恩返し?してくれようとしてありがとう。その気持ちだけ有り難く受け取っておくからもう気にしないで?と、少しばかり優しく伝えてみる。だがしかしその実は、だからもう私の側でスタンバらなくていいからね?ていうかヤメテ?と暗に言ったようなもの。…私酷いかな。

「いや、礼を言わねばならんのは俺の方だ。その節は本当にお世話になりました」

そう言って深々と頭を下げられて慌てて周りを見渡した。えええ!?ちょ、オイ誰かに見られてたらどうする!変な誤解を受けるのだけはゴメンだからね!?頭!頭上げて!とその細身の肩に手を伸ばせば何故かがしりと両手を握られる。それから強い力で引き寄せられてお互いの顔の距離が急激に近付けば、目の前の男は今までの変に堅苦しい真面目面から一変。してやったり顔でニヤリ、と笑って。

「やっと俺を見てくれた」

なんて、キメ顔で囁いてくるから。一瞬どきりと胸が高鳴ったりしちゃったような気がしないでもないような。アレ?どっちだ?ていうか何さっきの演技?もしかして私謀られた!?そう思った時に見えたのは門の向こうにある人の姿で。

「あ…」
「ん?どうした」

いや、後ろ…そう言いかけた所で私の声を掻き消すように鳴り響いた予鈴に詰め寄っていた彼からハッと息を飲むような音がする。ガラガラとにやけた顔の坂田先生(確か、Z組の担任だったけ?)が門を閉めるのをぼけっと見ていたら、ああああ皆勤賞があああ!という悲痛な叫び声と共に彼が閉まった校門を飛び越えようとし始めて。

「待って下さい先生!僕今年も皆勤賞狙ってるんですよ先生!遅刻じゃないんですずっとここでスタンバってました!」
「うるっせーよ!そう言や何でも許されると思うなよ!あっ!てめヅラ門飛び越えようとすんじゃねェ!」
「ヅラじゃない桂です!」
「…やっぱり変な人」

先生に何度なぎ払われても必死な顔で門を飛び越えようと向かっていくその姿を見ているうちに何だか何もかもおかしくなってくる。変だなぁ、さっきまであんなに関わりたくないと思ってたのに。

そっか、桂っていうんだ名前。

今度はちゃんと、人生初めての遅刻というこの出来事と一緒に彼のことも覚えていようと思った。そんな小春日和のある日のこと。

end

(お前ら〜遅刻の罰としてZ組の居残り掃除当番一週間な)
(…最悪。やっぱり桂に関わらなければ良かった)
(は、ああっ!ミョウジが、ミョウジが俺の名前を呼んだ…っ!)
(あの、クラ○が立った的なテンションで言うのやめてくんないかな)

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