確かな愛はそこにある

「…っあ!十四郎さん、お帰りなさいませ!」
「…あぁ 」

仕事帰り。疲れた体に鞭打って、最近建てたばかりの我が家に足を踏み入れる。静かに開けたはずの戸の音にもすぐ気が付いて、バタバタと玄関までやって来た女は俺を見るなり深々と頭を下げた。

…いや、女、なんて言い方はさすがにねェなとは思う。だが名前を呼ぶことにも少し、躊躇われて。

彼女の名前はナマエ。近藤さんの古い知り合いの娘で、つい最近婚約した仲だ。

きっかけは近藤さんの、どう?トシ!ナマエちゃんお前のこと気に入ってんだけど、どう!?と、彼女の所謂見合い写真片手に詰め寄られたことから始まって。

それから、トシもそろそろ良い奥さん貰わなきゃね!と一人ではしゃぎ、話を進め出す近藤さんにとうとう断れず。

…まァ、あの近藤さんが推すくらいだから良い娘なんだろうとお見合い形式で会って数回。

…彼女の、花のような笑顔が気に入って。

それを近藤さんに伝えれば即婚約成立となった。それからいろいろあって、とりあえず籍を入れる前に一度一緒に住んでみては?ということになってこうして一つ屋根の下、なわけだが。

「十四郎さん、あの…ご飯の用意は出来てますが先にお風呂にしますか?」

毎日の出迎えと晩飯の支度。こうして誰かが出迎えてくれる事が素直に嬉しい。ナマエの作る飯はうまいし、おかえり、と声を掛けられるだけで疲れが飛んでいくようで。…だけど気になることが一つだけ。

「風呂いいか?」

そう言えば慌てて立ち上がって、着物を用意して参ります!と部屋の中へ消えていく。そんな彼女を見送ってから、俺は小さく溜め息を吐く。

…婚約してからずっと、彼女が俺に向ける笑顔がぎこちない。まるで俺の機嫌でも窺うかのように。

「はい、こちら着物です!ごゆっくり!」
「あぁ」

用意してくれた着物と共に俺は風呂場に向かう。チラ、と後ろに目をやればナマエは俺の背中に向かって頭を下げていて。

いや、いいんだが…な。いいんだが、何かが違う気がする。

夫の一歩後ろをついていく。まさしくそれは妻の鏡だと言えるかもしれない。

だが俺たちはまだ、婚約者であって夫婦じゃない。なんつーか、その…んな気負わなくともいいんじゃねェか?

と、思いはするものの…本人に向かって言えるはずもなく。

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