「…神無。お前、何してんッスか」
「言うな、また子よ」
「晋助様、何も言わないッスけど。あれ多分怒り通り越して呆れてるパターンッス」
「…言うな、また子よ」

高杉が私に呆れるなんて、いつものことじゃない。なんて、普段なら言い返す言葉も今は紡ぐ気にもなれなくて。

京に停泊している鬼兵隊の船の中。自室のベッドの上で丸くなる私を、また子は呆れたように見下ろしていた。…今は、何だか何を言われても動く気分になれないッス。

そんな私の思いを汲んでくれたのか、また子はハァ…と深い溜め息を吐くと、何度も言うけど、晋助様に謝罪するんッスよ!と余計な一言を残して部屋を出ていった。

音を立てて閉まったドアを一度見やってから、干したての布団に身を寄せる。

…あれから。桂さんと別れてから。一週間は経っただろうか。

万事屋から飛び出てすぐ向かったのは鬼兵隊の船が停船している京の海。…任務を全うしたわけではないけれど、私が帰る場所はそこしかないわけで。

いつもの潜伏先に戻ってすぐ。任務を中途半端に投げ出した私に待っていたのはまた子からの長い説教。…うん、めちゃくちゃ怒ってたね、そういえば。

最初に言ってた通り相当重要な任務だったからとかで。…だけど、そのまた子の説教を黙って聞いていたら万斉も武市にも物凄く心配された。

『…江戸で、何かあったのか?』って。

鋭い二人に苦笑しつつ曖昧に笑ってみせた。

だって言えるわけないじゃない。親切にしてくれた人が今回のターゲットでした〜なんてさ。マヌケすぎて笑われるに決まってる。

…高杉に知れたらきっと笑い事じゃ済まないんだろうけど。

「…なんで、かなぁ」

私はあれからずっと。去り際に見た桂さんの傷付いたような顔が頭から離れないでいる。

…だって、さ。最初から私たちの関係が全部嘘なら。全部、作りものだったとしたら…私の後をあんな必死な顔で追いかけて来ないよね?

今まで聞いたことがないくらい、大声で。私の名前なんか呼ばないよね?

「…桂、さん」

もしかしたら。騙してたのは…裏切ったのは。私の方なのかなぁ…?

ぎゅっと抱き締めた布団に顔を埋める。…やめよう。考えたってもう戻れるわけじゃない。私は鬼兵隊で、あの人は鬼兵隊の敵だ。別に、鬼兵隊を擁護するつもりはないけれど。

…ここには、一応。私を心配してくれる仲間がいるから。

ボフ、とベッドのスプリングを鳴らして仰向けに転がった。うん、気持ちの切り替えって大事だな。そういう意味では、また子が来てくれて良かったかもしんない。

んー!とそのまま伸びをしてはた、と思い出したことが一つ。

…私、高杉に謝るの?

「おい、テメェはいつまで腐ってるつもりだ」
「っうわ!」

ドアノックもおざなりにバン!と扉を蹴り開けた人物。…珍しい、ような気がする。いや、むしろあり得ない。高杉が私の部屋に来るなんて。しかもタイミング良くアンタのこと考えてたんだけど私。

入り口に寄りかかっている彼を仰向けのまま物珍しげに見上げていたら無遠慮にズカズカと目の前までやって来た。何を言われるのかと、慌てて起き上がって身構えればハァ、と大きな溜め息が聞こえて。

「…来島も万斉も、毎日毎日テメェの事でうるせェんだよ。いい加減にしろクソ女」
「ま、また子と万斉?うるさい?え?ええ?何これ。まずこの状況が理解出来ないんですけど…ってクソ女って私か!」
「どいつもこいつもウゼェ。俺ァな、知らねェんだよテメェのことなんざ」
「あの、ちょっと待ってくんない?私が凄い罵倒されてることは理解出来るんだけど、アンタの話は全く見えてこないんだけど」
「あァ?分かれや。テメェのせいで疲れてんだよ、俺ァ」

ッチ!寝てんじゃねェよ、と。至極不機嫌そうに舌打ちをして、寝転がったままの私を見下す高杉。

そんな彼を困惑気味に見つめていたらあることに気が付いた。そういや私、何でこいつと普通に会話してんの?

面と向かっての会話なんて、そういえば本当に久しぶりだ。ん?いつ以来なの、コレ?…全然記憶にございません。そう、それすらも覚えてないくらい遠い昔だったような気さえしてくるわけで。

…あれ?変だな、何だろ。このウズウズする感じ。なんか違う気がするの。夜兎の本能とか、血見たさとか。殺戮衝動とか。そんな感情とは、また。

鋭い目を更に細めて私を見ている高杉はどうやら相当不機嫌らしい。…いつもならその彼の目を見るだけで変にイラつくはずなのに、今日は…

「…変、なの」
「あァ?」
「私、アンタと普通に喋ってる」

そっちの方が重要すぎて、イライラするのも忘れてた。

「…何を、」

言ってんだテメェは、と。眉間に皺を寄せながら顔を逸らした高杉を見て漏れた笑い声。居心地悪そうに横目で私を見る彼に、また浮かぶ笑みはもう隠しきれないくらい顔全体に広がっていて。

…だっておかしいもの。高杉がそんな顔するなんて。だっていつも涼しげな顔してるじゃない?

「ずっとね、普通に話したかったの私」

そう言えば、鋭い目をまん丸にして私を見る高杉と目が合った。…あれ?何か変なこと言ったっけ?

「っ…本当に、ムカつく女」
「え?ちょ、何で…あっ!痛ァァア!」

がしり、頭を掴まれたかと思うとギリギリと脳まで響く位の力で締め付けられる。

…おかしい!私夜兎だよね!?宇宙一の戦闘民族だよね!?今負けてんだけど!人間の男に負けてんだけどォ!ちょっ、マジで痛いって!やめて高杉!いた…痛ァァア!!

「割れるゥ!頭が割れるゥ!」
「…これに懲りたらつまんねェ事言うんじゃねェぞ」
「はぁ?今つまんねェこと言ったか私…っだぁあ!分かった!言わないから!絶対言わないからァ!」

半ば泣きそうになりながらそう言えばフッと離れた手。長い間締め付けられていたせいかズキズキ痛む頭に少し涙が浮かんできて。

最後の抵抗にと出来る限りの睨みを利かせても、余裕だとばかりに鼻で笑う。…やっぱり!この男キライ!

「アンタなんか、いつか…っ!」

殺してやる!と、言いかけた時だ。目の前の男に腕を引かれたのは。

突然の事にバランスなんて取れなくて、思いきりよろめいた体。

高杉が部屋に入って来たときから纏っていた煙管の香りが口から鼻を通って抜けていく。

…いや、ちょっと待ってください。

「…っな!?に、を」
「…クク。これで今回の事、全部水に流してやらァ」

有り難く思えクソ女、と。それだけ残して部屋から出ていった高杉。唇に残ったその香りとぬるい感触に震える体を抑えもせずに奴の背中を見送って。

「…っふざけんなクソ男ォォオ!!私のファーストキスぅぅう!!うえっ!苦いよォォオ!!」

気付いたら頭の痛みなんて吹っ飛んでいたのにも関わらず涙が溢れて止まらない。ウワァァアン!最悪だァァア!!お嫁に行けないよォォオ!!

わんわん、大声で泣いていたら万斉が慌ててやって来た。私を見て何事かと首を捻る彼に泣きながら宣言。

「アイツ、いつか絶対殺してやるぅぅう!!」

…とりあえず高杉はいつか本気(マジ)で殺します。

(少しずつ、何かが動き始める…)

end

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