初めて会ったのはよく晴れた日で
「っちくしょぉぉお!私のどこがいけなかったって言うのよぉぉお!」
馴染みの店にて。ガンガン、カウンターテーブルを叩きながら大号泣している見知らぬ女。
相当酒を飲んでいるらしい彼女と彼女を宥める朗らかなマスターとを横目で見やって俺はガタ、と席を立つ。
困っているらしいマスターの肩を叩けば後は任せたとばかりに親指を立てられた。…いや、別に任せろなんて一言も言ってねーんだが。
だがしかし、この店のマスターにはいつも世話になっている。未成年の自分にも内緒で酒を出してくれるし、何より愛想が良い。
しょうがねェ、ここはひとつ。マスターのために人肌脱いでやりますか。
「ハァ…ちょいと、そこでテーブル叩いてるオネーサン?」
「なぁに…それ、私のこと?」
「アンタしかいねーだろィ。周りの客が迷惑してんだ、静かにしちゃくれませんかねェ?」
「…なによ、なによぉ!だったらアンタ!私の話聞きなさいよぉ!」
自分の中で最高に気を使って話かけたつもりだった。のだが、注意した途端にウワァァアン!と一際大きな声を上げて泣きじゃくり出した女。
マスターが困り顔をして目で合図を送ってくる。…分かったよ。分かりましたよ。相手にすりゃいいんだろィ?
渋々、隣の椅子に腰かければ嗚咽を漏らしながらも呆気に取られた顔で俺を見上げた酔っぱらい女。
どうやら本当に相手にしてもらえるとは思ってもみなかったらしい。
「で?」
「え、」
「積もる話があるんじゃないんですかィ?」
仕方なしに。本当に仕方なしにそう言って、気だるげに頬杖をついて女を見れば泣き顔から一転、みるみるうちに笑顔になって。
「キミ、いい男だね!」
なんて、嬉しそうに言うもんだから。
「…現金な女」
プイ、そっぽを向けば照れちゃってぇ!なんて隣でケラケラ笑う声。…その、笑顔に。一瞬ドキリとした気がして。
…いや、違ェ。そんなわけない。ありえない。
チラ、隣で笑う女を盗み見ればバチリと合ったその視線。半ば勢いで逸らしかけた視線は一瞬覗かせた辛そうな顔に動かせなくなる。
…何が、あったのか。それを聞いてみたくなって。
「…自殺なんざ図られちゃ迷惑なんで話ぐらい聞いてやりまさァ。手短にな」
「…変な男だね、キミも。じゃあ、聞いてもらおうかな」
そう言って一口、酒を煽ってから身の上話を始めた女。
女曰く。近頃まで恋仲だった男と別れたんだそうだ。その男とは6年、一緒にいて。結婚の約束まで交わしてたんだとか。
「…なのに、さぁ。他に好きな女が出来たって、あっさりポイよ?信じられる?」
「…なんつーか、壮絶な修羅場が浮かぶねィ」
「そらもう修羅場も修羅場。その時は悲しみよりも先に怒りが溢れちゃって、そいつん家にあった酒やら皿やらぶつけてやったわ。床一面ガラスの破片だらけよ。ざまあみろってんだ!」
ガハハハ!と無理して笑う女を見ていられずにそーかい、なんて適当な相槌を打って流す。するとその内、大きな笑い声が小さな啜り泣きに変わっていって。
「…っ私は、好きだったのにさ」
酷いよ、と。頬を伝って落ちていくその雫が女が持つコップの中で波紋を作る。ポタポタと。汐らしく涙を流す姿を見たら、どうしてかほっとけなくて。
「…男運わりーなァ」
「っ分かってるわよ!」
「6年も、つまんねー奴に引っ掛かってたもんでさァ」
「…何よ、バカにしてんの?」
「別に?ただ、」
「?ただ?」
「次は俺みたいな男にしといたらいいんじゃないですかィ?」
って、話。そう言ってニヤリ、笑ってみせればパチクリと目を見開いて俺を見て。
「…それも、いいかもね」
くしゃり、顔を歪めて満更でもなさそうに笑うから。
「…そんじゃ、つーわけで」
友達から初めてみますか。と、その肩に腕を回して彼女の涙入りの酒を一気に煽った、ある日の出来事。
(…既に堕ちてるだなんて、今はまだ認めねー)
end
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