前へ前へと腕を引かれる。私は何が何だか分からないまま、目の前の男の後に続いていた。さっきまで簡易電灯しかない厠の中に引きこもって泣いていたせいか、明るすぎる店内の照明が少々目に染みる。

…それにしても、まさかこんな所でまた会うなんて思ってもみなかった。同じファミレスとはいえ、今朝別れたはずの店とは随分と距離がある筈だ。

あーあ…もう二度と、関わらないつもりだったのになぁ。

そう思っている癖に、やんわりと掴まれたその腕を振り払わないのは何故なのか。そんなこと、自分にだって分からない。

「あ、やっと帰って来たネ!遅いから勝手に銀ちゃんの分頼んどいた…って、アレ?銀ちゃん、その後ろの誰アルか?」

連れて来られた先は既に先客が二人いる四人掛けのテーブル席だった。私たちを見るなり首を傾げた可愛らしい女の子に続くように、隣に座る眼鏡を掛けた男の子が「銀さんの知り合いの方ですか?」と問う。

ちらりと一瞬こちらを伺うように見てから「まあな」と曖昧に答えた"銀さん"は、とりあえず座ろうぜと私をソファーの奥へと追いやった。


「…それで、えっと。美月さん?でしたよね。こんな事聞くのも失礼なんですけど、その…どうして泣いてたんですか?」

私が加わったファミレスの食卓に一通り頼んだものが並んだのを見計らって"新八くん"が口を開いた。気まずそうな顔の彼に対して隣で不思議そうにこちらを見ていた神楽ちゃんが「めっちゃ目ェ腫れてるアル…これで冷やすヨロシ」と袋に入った紙おしぼりを手渡してくれる。

とりあえずそれを受け取ってから、こんな純粋そうな子達に話すべきことなのか…と暫し考え口をつぐむも「俺ら万事屋やってっからさァ、気軽に話せば?」なんていの一番に自分の料理に手をつけ咀嚼しだすモジャモジャ男に言われたら何だか複雑な気分になる。

そもそもこれ以上この男と関わることが果たして得策なのか…

じっと見ていれば何を勘違いしたのか、「銀さんのデラックスパフェはやんねーよ?」とキメ顔で言われた。いらねーよ!!!

「まあなんていうか、好きだった人には他に付き合ってた人がいたっていう…うん、よくあるベタな失恋をしただけなんだけどね?」
「あの、なんかすみません…デリケートなこと聞いちゃって」
「う"う"ん…い"い"の"…大したことじゃ、ない、から…」
「いやあの…本当、なんかすみません」
「…おいおい、その目それ以上泣いたら腫れるどころじゃなくなんぞ。両目爆発すんぞ」
「爆発するアルか!?銀ちゃん目って腫れたら爆発するアルか!?」
「そうだよ〜?神楽お前も気を付けろよ?この姉ちゃんみてーに男にフラれたからってやけ酒して、ウレッシハズカッシ朝帰りするような大人にはなるんじゃないぞ?目には見えねーけどな、確かに失っちまう大切なモンもあるんだぜ…」
「神楽ちゃん、私みたいな駄目な大人が言うのもアレだけどね?こんな頭の中までパーな大人にだけは絶対になっちゃダメ。特にコウカイシカナイ朝帰りのとこ強調しとく。よく覚えておきなさい」
「ウレ…コウカイ?銀ちゃんそのウレなんとか朝帰りって何アルか?」
「ねェェェ!!銀子ォ、チョー気になるんだけどォ!美月の好きだった人ってどういう感じの人ォ!?イケメン好きそうだよねアンタァ!!」

テメェェェ!!何さり気なくバラしてんだァァ!!せっかくどっかで聞いたことある歌に準えて上手く誤魔化したっつーのに後悔しかない朝帰りってそのまんまじゃねーかァァ!!こいつらに勘付かれたらどうしてくれんの!?

アンタこそ何勝手に私の黒歴史を堂々と子供に語ってんのよ!!今ここで本当に銀子にしてやろうかァ!!私の大切なモンを奪ってくれたその股にぶら下がる汚いモン今すぐもいでやろうかァ!!!

思いきり私の胸ぐらを掴みながら血走った目でそう訴える銀子に、同じく胸ぐらを掴み返しながら訴える。端から見ればどこぞのヤンキー映画だと言わんばかりの雰囲気の中、慌てて間に入ってくれた新八くんのお陰でとりあえず一時休戦ということになったのだが。

「…それで、その、いいんですか?そういうのって、他人に話したくないことなんじゃ」
「ううん、少し吐き出したらちょっとスッキリした。誰にも相談出来ない恋だったからさ…ねえ、つまらない話だけど聞いてくれる?」

もう3年かな…今の職場で働きだして、実はめちゃくちゃ苦手な人がいたの。

上司は上司なんだけど、結構上の人でね。自分にも他人にも厳しかったのよね。もちろん新人に対しても容赦なくって、毎日毎日キツい言葉と態度に最初はすぐやめてやる!って思ってた。

それがいつからか…何のきっかけだったか。その人と急に仲良くなり始めて、休みの度に誘ったり誘われたり。私が思ってるだけかもしれないけど、結構良い雰囲気だったんだ。最近は職場内で姿を見かける度に必ず言葉を交わしてたし、二人で出掛けることも増えて。

だけど、それが急によそよそしく変わったことに気付いた時には…もう手遅れだったんだろうね。

見ちゃったんだよね…綺麗な女の人と楽しそうに笑いながら並んで歩いてるの。

凄くお似合いだなって思ってさ。その瞬間に悟っちゃった。ああ彼の隣に私は相応しくなかったんだなって。


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