あれから暫くして私の捜索に出てくれていたらしい隊士が全員屯所に戻って来た。そのタイミングで女中と隊士全員にご迷惑をお掛けした事を謝りに頭を下げて回ったが、心優しい皆はお菊さん同様「本当に無事で良かった」とその言葉だけで私を責めようともしなかった。罪悪感が半分、優しい人達に囲まれて幸せだという思い半分だった。

ただ、総悟くんにだけは「美月さんがよもや朝帰りたァ…やりやすね?」なんてニヤリとした笑顔と共に勝手に弱味を握られたわけだけど、別段怖いなんていう感情は湧かなかった。彼はいつもこんな感じだ。それよりも…私は今、猛烈に悩んでいる。

行き付けの定食屋にて。どんぶりに、ホカホカの白いご飯とチキン南蛮。その上に更にタルタルソースならぬ大盛マヨネーズが乗った、特別なチキン南蛮土方スペシャルを頼んだ彼。

そんな彼に非番だからとお昼に誘われた私は何故か当たり前のように隣に座って、目の前にある自分の料理(と果たして言えるのか)をただひたすら見つめていた。

「おい美月、遠慮せずに食え」
「いや、あの…うん、気持ちは嬉しいんだけど」
「なんだ、どうした?旨そうだろ?今日はいつもとは違うバージョンの土方スペシャルを親爺が考案したっつーから昼飯ここにしたんだけどよ。たまにはお前にもどうかと思ったんだが」
「う、うん本当その気持ちは嬉しいんだけど…」

何故、非番以外滅多にしない外食で、「美味いもん食わせてやるよ」というトシの言葉を信じて着いてきた私をこうも裏切るのか。何故自分の昼食まで既にコレステロールの神様で決定なのだろうか。…あれか、あの朝帰りを本当は許してないのか。そりゃそうだよね…あれだけ迷惑掛けたもの、簡単に許せるわけないそりゃそうだ。

なんて原点に立ち返り、あれやこれやと理由をつけてはみるものの全然覚悟は決まらない。これ…食べ物なの?いつもトシが食べてるのを見ることには慣れていても、いざ自分が食べるとなると別らしい。胃液が今にも競り上がってきそうだ。

いや…うん、分かってる。トシはただ単に自分のオススメを私に勧めているだけなのだ。それは分かる。うん、凄く分かるよ。きっと誰でも美味しいものを他人に勧めたい、自分と同じ気持ちを理解してほしい。というのは本当に、気持ちだけはほんっとーーーに理解出来るんだけど。

だらだらと冷や汗を浮かばせてみてもトシがそれに気付く気配はない。隣からの熱い視線が余計に食欲を減退させる。…いやあの、その期待の眼差しほんとやめて。

「俺は個人の趣味にケチつける程、自分の性癖を棚に上げるつもりはねーですが…食事中だけは目の前で気持ちの悪ィプレイすんのやめてもらえやせんか」
「気持ち悪ィプレイってなんだよ、俺はただこいつに新商品の土方スペシャルを勧めただけで…っておい、お前なんでここにいる?今日は非番じゃなかったろ、なに普通に飯食ってんだよ。見廻りはどうした見廻りは」

当たり前の顔をして隣に座る総悟くん。一体いつからそこにいたのか分からないが、なんと彼は実に美味しそうに生姜焼き定食を食べているではないか。ちょ、あの…一枚でいいんで分けてもらえないですかね?

「嫌がる自分の部下に、無理矢理白っぽいどろどろのもん食わそうとしてるなんざ何かのプレイかと思うでしょうよ。うっぷ…ただでさえ腐った犬の餌見続けたせいか胃液が競り上がってきてんのに…」
「その表現やめてェェ!マヨネーズだからこれ万国共通の調味料だからァ!てかおい、腐った犬の餌ってなんだ。俺の土方スペシャルを馬鹿にすんなよ親爺の傑作だぞ…ってあああああ!俺の飯に吐くなァァ!総悟ォォ!」

そんな叫びは届かず、トシの黄色い丼の上に飛び散る七色の吐瀉物。もれなく私の犬の餌(最低)にも飛び散りそれは残飯行きとなるのであった。内心飛び跳ねて喜んでいるというのは内緒である。

「総悟くん…大丈夫?」

笑ってしまいそうな顔を隠しながら踞っている救世主の背中をさすってやる。くぐもった声で、おえっ気持ち悪い…と漏らす彼に小さくお礼を言うとトシに見えないように親指が立てられた。なんだかんだ総悟くんは優しいな。そう思っていたらスッと伝票を渡される。え?何これ?もしかして私が払えってこと?

それで手を打つ…みたいな顔してんじゃないよやっぱりさっきの取り消します。

「面倒かけてすまねえな親爺、今日は帰るわ。大した額じゃねーが受け取ってくれ。また来るわ。…ったく、テメーのお陰でせっかくの非番が台無しだ」

吐瀉物の後片付けを親爺さんと一緒にし終えたトシが会計まで済ませて戻って来た。大きな溜め息と共に吐き出されたその言葉に少なからずこの状況にホッとしていた自分の胸が罪悪感で痛む。なんか喜んでごめんなさい…。

「まぁそう言わんでくだせーよ。せっかくのデートを邪魔したことは謝りますって」
「だっ!ど、どこがデートだ!飯食いに来ただけだろが!」
「まーまー照れなさんな」
「うるせーな、いいからテメーは仕事に戻れっつの」

ブツブツと文句を言い始めたトシが鬱陶しかったのか、総悟くんは呆気なくお店から出ていった。本当、吐くだけ吐いて帰ったよあの子…何がしたかったんだろ。

呆然とその場に立ち尽くしたのも数秒。私は手の中にあるものを思い出して再びカウンターに近付いた。財布を取りだし「これのお会計も…」お願いします、そう言い切る前に目の前にトンッと置かれた3枚の英世さん。

「釣りはいらねーよ。…行くぞ」
「えっ?あ、ちょっ…ご迷惑お掛けしてすみませんでした!また来ます!」

なんともスマートにお会計を済ませ、私の手を引いて出入口に向かうトシを振り返りながら私も頭を下げて後に続く。

先を歩くトシの手が私の手を握っている。こうして彼に手を引かれるのは2回目だ。あの時はふわふわした気持ちになったそれも、今は何故か心苦しい。トシにはちゃんとした相手がいるのに、どうして私なんかと出掛けるんだろう。わざわざ非番の日にお昼を一緒にするのは何も私じゃなくてもいいはずだ。

そう思うのに、期待するべきじゃないって分かってるのに。どうしてもその手を自分から離すことが出来なくてされるがままについていく。

だけどこのまま人通りの多い外を歩くわけにもいかない。そう、このドアを潜ったら、手を離そう。自分の中で決めたそのルールを守るため私はそっとトシの右手に自分の手を添える。何も知らないトシが店の引き戸を開けるのと、私がその手を離すのと。それから、開いたドアの目の前に突っ立ってたその人の顔が一瞬の内に歪んだのも、ほぼ同時だった。

「…またテメーかよ」
「ああん?そりゃこっちのセリフだっつの」

また、会った。顔を合わせるなり険悪な雰囲気になる二人を見て私はぼんやりとそんなことを考えていた。あれきり全く出会うこともなかったけれど…どうやらそれなりに元気そうだ。相変わらずやる気のないその目がトシから私にシフトチェンジしたのを見てドキリとする。

「…よォ、もう腫れてねーじゃん、目」
「な、いつまでも腫れてるわけないでしょ」

前回と差して変わらないやり取りをした後で、お互いに逸らした目。トシはトシでずっと銀さんを睨み付けてるし…なんだろう…銀さんともだけど、この場の空気がなんだか重くて、気まずい。

「…ッチ、行くぞ美月」
「あ、うん」

ドン、わざと肩をぶつけて通り過ぎてくトシの背中と「イッテェェ!肩これ骨折した絶対」なんて宣いながら壁に身体を預けた銀さんとを交互に見ながらも後に続けば。

「またな」

ヒラヒラと手を振りながらそんな言葉を投げ掛けられるから、思わず「あ、うん」なんて普通に返事をしてしまって後でトシにぐちぐちぐちぐちと長ったらしい説教を受ける嵌めになるのだけど。

「ねえ、トシ」
「ん?」
「…ごめん、やっぱなんでもない」

適当な食堂でお昼を済ませ、屯所への帰り道。声を掛けた私を訝しげに見ながら煙草に火を点けたトシに曖昧に笑って見せる。

…このままで、いいのだろうか。ふと頭に浮かんだのは私と銀さんとの関係だった。始まりこそ最悪だったかもしれないけど、話を聞いてくれたり庇ってくれたり、なんだかんだ優しい彼に私は嘘をついたままだ。けれどそれをトシは知らない。そして一生知ることもないだろう。

「なんだよ?」

言いかけてやめんのか?と意地悪な顔で覗き込んできたトシに「なんでもないんだってば」…やっぱり私は取り繕ったように笑うことしか出来なかった。だけど頭の中で再生される映像は、私達と入れ違いにお店の中に入っていった銀さんの寂しそうな背中だった。



銀時side

今日は全然ついてない。

ついさっき、朝一番でパチンコに向かう途中の出来事だ。気分良く歩いていた俺の目の前を黒猫が横切った。…なんだよ幸先不吉だなコノヤロー程度にしか捉えていなかったのが悪かったのか。道端のバケツには躓いて転けるわ、パチンコには負けるわ。オマケにたった一時の通り雨に降られて全身びしょ濡れになるわで本当に最悪。パンツにまで染みたせいで歩く度に不快感が下半身に襲う。いや、別に下ネタではない。

まーそんなわけで、あまりにも不幸が重なったせいで俺はかなりムカムカしていたわけだが。まさかここで今一番見たくもない顔を見ちまうなんざ思っていなかった。

馴染みの店の扉に手を掛けた瞬間、別の誰かの引力で開かれたその向こうに見知った顔。それも会うだけでテンションが下がる方の顔だ。そいつも俺と同じく最高に不快を露にしたような、歪な表情を繰り出して盛大な舌打ちをしてみせる。

「…またテメーかよ」
「ああん?そりゃこっちのセリフだっつの」

世の中に本気で馬が合わない人間がどれほどいるのか知らねーが、今まで出会った人間の中で1、2を争うぐらいにはこいつのことが嫌いだ。断言出来る。ただし、多分、その理由を聞かれてもこれだ!と答えられる気はしない。なんとなく。その一言に尽きる。

終わりそうになかったこのくだらない言い合い(理解はしているが止まりそうにない)に終止符を打ったのは、瞳孔野郎の後ろに間抜けな顔で俺達を見上げる女がいることに気付いたからだった。

「…よォ、もう腫れてねーじゃん、目」

つい零れたその言葉の中に自分に対する嫌味が含まれているなんてこと、この男は気付かないんだろう。威嚇するように俺を睨み付け、後ろの女を隠そうと立ち塞がる。ある意味動物的本能が働いたのかもしれない。ただ、言われた方の女はそんな男の行動には全く気付かず、むしろ違うことを気にしたようだった。慌てたように否定の言葉を紡ぎ一瞬男の顔色を伺って、そしてその視線の先にいるのが自分じゃないことに落胆した。

きっと無意識の内に、もしかしたら自分でも気付いていないだろう感情を持て余したような表情で俺からそっと目を逸らした瞬間。面白くねえ、そう思った。けれど、同時にそんな感情を抱いた自分に戸惑った。

けれどその戸惑いも、嫌いな奴が絡んだせいで癪に触っただけだろうと自分に言い聞かせることで落ち着いた。気持ちに余裕も出た。だからかもしれない。最初にもう二度と会わねえなんて言っておいて。最後に手を引かれて去ってく背中を遠くから眺めて、もう二度と会うこともねーだろうと視界から外して。なのに、「またな」だなんて。

そういや始まりからどうかしてたんだった。美月との出会いを思い出し、自嘲の笑みを浮かべたところで何かが変わるわけではない。店の暖簾をくぐりながらも遠ざかってく小さい方の背中を盗み見ていたら自然と漏れた溜め息は落胆によるものなんかじゃあないのだ。決して。


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