「…テメー、そりゃどういう意味だ?」
「さァ?どういう意味かなァ?」

そんな会話が頭上で聞こえるのに目の前は真っ暗。ずっと私の目を覆う銀さんの手は依然としてそこにある。「ちょっと、あの…銀さん?」ピリピリとした雰囲気の中、それでも遠慮がちに声を掛ければ背後の身体が震えた。…そういえば面と向かって(顔は見えてないけども)名前を呼んだのは初めてかもしれない。

「…っおい、美月。お前こいつとどんな関係だ」
「え、いやあの…」
「オイオイ、そんな怖ェ顔して聞かれちゃ答えられるもんも答えられなくなっちまうんじゃねーの?なァ?美月」
「いやそれよりもこの手を…ていうか地味に重たいんで体重かけないで…」
「あん?かけてねーよ別に」
「よォーし分かった、とりあえずテメーはその汚ねー手を今すぐどけろ。それからすぐに離れろ半径一メートル以内に近寄んな変な病気移されんぞ美月」
「はああ?テメェこそくっっさい身体でこっちに寄ってくんじゃねーよ。何本吸ったらそんなニオイになんだもう骨にまでニコチンこびりついてんじゃねーの?とりあえず息すんのやめてもらっていい?」
「そりゃ遠回しに俺に死ねって言ってんのか?そういうことなのか?」
「そうなんじゃね?後言っとくけど銀さん生まれてこの方性ピー以外病気っつー病気に掛かったことねーんだわ健康体だから」
「どこが健康体ィィ!!??それ一番やばいやつだろうが!!!もういい埒が明かねェ!俺が聞いてんのはテメーじゃねーんだよ関係ない奴はすっこんでろ」
「あれ?そうだったの?俺に向かって言うもんだからてっきり。こりゃどーも!関係ない奴がしゃしゃり出ちゃってスイマッセンでしたァ〜!」
「…テメェ、なめてんのか」
「ハァ?誰がテメーみたいなマヨ臭ェ奴舐めっかよ気持ち悪ィ!おえっ!」
「上等だコラ表出ろやァァ!!」

額同士を突き付けてガンを飛ばし合う大の男二人。

いつの間にやら解放されたらしい私は、今にも掴み合いの喧嘩が始まりそうな雰囲気の二人を呆然と見上げていた。なんだろう…本当は仲が良いのかもしれない。そう思わせる程この二人のやり取り(内容はほぼ罵り合い)はリズム良く繰り広げられていた。

しかし、いつどちらの手が出てもおかしくない雰囲気と状況に私は一人ハラハラしていた。…仲良さそうだなんて一瞬思ったけどやっぱりめちゃくちゃ仲悪そうだわ。だってあの、下手したらキスだって出来るくらいの至近距離間でとんでもない罵詈雑言が飛びかっているもの。そして二人とも顔がマジすぎるもの怖い。

そんな時、心底呆れたような顔をした新八くんからコソッと耳打ちが。

「すみません、あの二人いつもあんな感じなんで…」
「え?いつも?何なの本当にあの人達どういう関係なの怖いんだけど私」
「大丈夫、いつも気付いたら終わってるネ。それより美月、私これも食べたいアル頼んでもいい?」
「あ、うんいいよ」
「すいまっせーん店員さーん!追加で注文したいんですけどォ!」
「…神楽ちゃん、まだ食べるんだね。既に皿の山が形成されてるような気がするんだけど、私の気のせいなの?」
「すみません…まだまだ序の口なんですコレ」
「何それマジで言ってる新八くん?」

そうこうしている内にも神楽ちゃんの注文の品が届く届く。ファミリーサイズのテーブル上に敷き詰められたみたいに所狭しと並ぶ料理の品々を見てもう言葉は出なかった。ただただ吐き気が襲うだけ。

慣れてるらしい新八くんはテーブルの料理を一気に消費していく神楽ちゃんを視界に入れないようにして、全然関係のない話を振ってくれる。「見なければ割と大丈夫ですよ」ってそれは君にしか出来ないことだと思うけど。

「しっかし、こんな真っ昼間っからファミレスで休憩たァいいご身分だこと!なに?暇なの?いいのそんなんで公務員が」
「うるっせえよ、お巡りさんはいつでも忙しんだよ暇なわけあるか!…そいつが、美月が、朝になっても帰って来ねーからただ探してただけだ」

向こうの会話(ほぼ罵声)を完全にシャットアウトしていた筈が、何故かその言葉だけがこの場に響き、そして凍りついた。

「帰ってこなかったって…あの、そういえば美月さんと土方さんって…?」

その中でいち早く反応した新八くんが私と彼とを交互に見つめてくる。訝しげに私を見ているだろう銀さんの視線が上から痛いほどに突き刺さっていた。

「…同僚だ。こいつは真選組で住み込みで働いてる、女中だよ」
「えっ!?美月さん、真選組だったんですか!?」
「あーうん…実はそうなの」

前職の花屋がオーナーの借金で潰れて路頭に迷ってる時に、たまたま貼ってあったポスターを見て真選組に…とまでは言えずに。どうにかして銀さんのことを視界に入れないよう愛想笑いを浮かべる。

そしてふと、おかしな点に気が付く。どうして私は、銀さんのことを気にしているんだろう?確かに嘘を吐いたことに対して罪悪感はあるかもしれないけど…

「…で、美月。お前どこで何してた?」
「え"…?」
「外出届も出てねーし、誰にも行き先告げねーで…何してた?」
「えっとォ〜…そのォ〜…」

まさかそこにいる銀髪と酔ってちちくりあってたみたいです、なんて口が裂けても言えない。トシから目を逸らせば間を開けて降ってきた大きな溜め息。彼はどこか、呆れたように次の言葉を口にする。

「…こっちは昨日から一睡もせずにお前のことを探してた。もしかしたら真選組に恨みを持った連中に拐われたんじゃねーか、って…みんな血眼になって今も何班かに分かれて捜索してる。俺らだけじゃねえ、女中達も心配して朝まで一睡も出来てねーんだ」

近くで見ると確かに、トシの目の下には隈があった。いつも開いてる瞳孔は更に開いていて、寝ていない為か血走ってもいた。一体何十本煙草を吸ったんだろう、隊服に染み込んだそのニオイはなんというか…銀さんの言うとおり正直一瞬鼻を疑ってしまうような今まで嗅いだことのないキツい臭いだった。

どうやら一睡もせずに、というのは事実のようだ。

「…テメーは、事の大きさを分かってんのか」

大変なことをしてしまった。無責任な行動を取ってしまったが故に、沢山の人に迷惑をかけてしまった。頭の中はそんな後悔でいっぱいな筈なのに、こんな時にも私という人間はどこまでも浅ましい。

真剣な目で私を射ぬくトシの顔には、突き放すような言葉とは裏腹に安堵が見え隠れしていた。まるで"心配した"、"無事でよかった"とでも言いたげに。それがトシだ。厳しいように見えて、一度懐に入れた仲間には限りなく甘い。それが彼の優しさだってそんなことは分かってるのに。

この優しさが、自分だけに向けられているのかもしれないと。そう錯覚してしまうなんて本当…馬鹿だなあ。

「ごめ、なさ…」
「!?っおい、」

一粒、大きな滴が落ちたと思ったら。それは次から次へと、止まることなく私の頬を滑り落ちていく。何が悲しいのか虚しいのか、よく分からない。

「あーあ、ったく何回泣かしゃ気が済むんだか…土方くんよォ、お前らの苦労は分かったけどそいつ既に目パンパンなの。それ以上パンパンになったらどーすんだ本当に爆発しちゃうよ?」

違うんだよ銀さん。別にトシが悪いわけじゃないんだよ。あと爆発だけはしねえから。そう言いたいのに、どうしてうまく言葉に出来ないんだろう。ただ首を横に振るだけの私を見兼ねたように、銀さんのであろう手が頭に乗せられた。大きくて穏やかな、とにかく無性に安心する手だった。

「つーかさ、実は昨日こいつ俺といたんだわ」
「は?テメェと?…一体どういうことだ」

一体なにを言うつもりなのか。一瞬びくっと肩を揺らした私に構わず銀さんは、昨日の"一夜の過ち"についてこう語る。

「たまたまよォ、行きつけの居酒屋でバッタリ出くわしたんだよ。で、なんか知んねーうちに意気投合しちゃって。そしたらさァ、ストレス溜まってたんだろうなァ、すげーハイペースで飲んだかと思ったら愚痴る愚痴る。主に職場の愚痴だなありゃ。しかも瞳孔かっ開き上司の陰険さにほとほと疲れきってたみたいだぜ。ま、おかげで俺は出来上がってるソイツに飲み代全部奢ってもらったけど。代わりに朝までなっげー愚痴聞いてやったんだから感謝こそされ責められる覚えはねーよなあ。なっ美月ちゃん」

一言で言うならば、唖然、だった。するすると口から出る嘘のオンパレードに。いや正直後半については記憶が曖昧でどこまでが嘘なのか判別出来ないけど…でも嘘だ。嘘だと言って欲しい。

「そうか、陰険上司に疲れきっての朝帰りだったんだなそりゃ仕方ねーわ…帰る」
「待ってェェェ!!!違うって多分そこはちょっとほら、銀さんが盛っただけだって。私別にトシのこと陰険上司だなんて思ってないから」
「え?誰も自分のことだなんて言ってないんだけど俺……帰る」
「待ってェェェ!!!見捨てないでェェェ!!!」

とんだ茶番だな、背後で聞こえたその言葉に返す余裕は今はない。疲れたようにふうと吐き出された煙草の煙が目に染みる。なんか知らないけど私が悪いんだ…ごめんなさい、こんな不出来な女でごめんなさい。だけど本当に記憶がないんです記憶喪失なんです私。

「…陰険だぞ俺は、おまけに心が狭い」
「うん、うんうん知ってる」
「それでも帰ってくるんだな?それでいいんだな?」
「うん、いい、いいから連れて帰って下さいお願いします」

おかしい。何かがおかしい。それは分かってるのにトシのその言葉に逆らえない。それが正しいんだって思わされる。…もしやこれがあの有名なモラハラというやつだろうか?

私の見ていない頭上で銀さんに向けてニヤァと勝ち誇った笑みを浮かべていたらしいトシは、次の瞬間顔面に潰れたソーセージをくっつけていた。どうやら銀さんにすぱーきん!!されたらしい。するとガタガタとテーブルの下から這い出て来た山崎さん。あんたいつからそこにいたんですか。

「あああ!俺の真選組ソーセージが…!」
「…山崎ィ、テメー覚悟は出来てんだろうなアア!?」
「ふ、副長違うんですこれはっ…あああああああ!!!」

別に山崎さんは悪くないのだけど、なんていうか…まあタイミングは悪かったのかもしれない。思いきりトシから足蹴にされ、ストレス発散マシーンと化している山崎さんから目を逸らし、私も小さくため息を吐いた。銀さん達はいつの間にかその場から姿を消していてホッとしたような残念なような。

…ん?残念ってなんだ、残念って。んなわけない。

頭を振り、未だに山崎さんを蹴り続けるトシを止めるべく動き出す。知らない内に自らに芽生え始めたこの気持ちの名前を私はまだ知らないままでいたいのだ。


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