毎日毎日、しつこいくらいやってくる女がいる。俺の言うことなんか聞きもしねェで好きだの、付き合ってくれだの。…よくもまァそこまで口が回るな、と。

…あの夜、柄の悪い男に絡まれていた女に気付いたのは夜更けにしちゃ割と人通りの多い街中だった。

攘夷浪士の検挙も一段落し、屯所に帰ろうとしていた時だ。俺の耳に入ってきたのは小さく震えた女の声。見れば反対側、裏路地の入り口だろう近くで浮いている男女がいた。…明らかに、そういう関係じゃないだろうと。

都合良く俺は制服を着ている。近付いてみればやっぱり、男は無理矢理女に迫っているようだった。女は震えながら目に涙を溜めていて。…胸糞悪ィな、オイ。

ぐい、とその女の肩を引けば男の腕は簡単に離れる。一瞬唖然とした男は俺に難癖をつけようとしたらしい。ギッと細められる目に、同じようにやり返すと何か言いかけて…止めた。どうやら俺の格好に気付き、理解した様子。

さっと身を翻して去っていく男。その男の背中をしばらく見つめていた、ら目の前の女もそのようで。俺を振り返ることもなく不思議そうな顔で男の背中を見続けている。…なんつー隙だらけな。

女が、こんな夜更けに一人で出歩くなんざどうかしてる。まァ俺には関係ねーかもしれないが。とりあえず真選組として一言告げてその場を離れたらすぐ、聞こえた大きなその声に。

「ありがとう!ございます!」

一瞬驚いたものの、変わった礼の言い方に込み上げてくるもの。上がりそうになる口角を必死で抑える。…なんだそりゃ。振り返れば笑顔の女がそこにいる。漏れだす店の光に照らされた笑顔が妙に印象的だった。

…そう。それが第一印象。えらく綺麗に笑う奴だと。まァでも、もう二度と会うことはねェだろうから。手を上げればまた笑った女は次の瞬間とんでもないことを言い出して。

「好きになっちゃいました!」

…まさかこんなことになるとは思わないじゃない。

***

「…ハァ、」

あの女を置き去りに屯所を出てしばらく。…もう帰っただろう。そう思う自分に首を傾げながら歩く。すると隣をノロノロ歩いていた総悟が変な声を出して。

「へーえ?土方さんでも溜め息吐くんですねィ。あの鬼の副長が」
「…うるせェな。誰かさんのおかげでこっちはただでさえ疲れてるってーのによォ」
「だからこうして付いて回ってるじゃねーですか謝罪。粗品と共に」

…そう。近頃の攘夷浪士の検挙に総悟があっちこっちでバズーカをぶっ放し、店を破壊すること数十件。

俺たちは最近その後処理に追われている。

謝罪と粗品を持って店を周り、後程修繕費を振り込む。それに次いで上への報告書が何十枚。…それから始末書を纏めて。

…もう何が何だか。もう一度深く溜め息を吐けば隣の男がせせら笑う。だから原因お前だって!分かってる!?

「嫌いですかィ?ナマエのこと」
「…あ?なんだそりゃ」

急に真面目な顔でそう言う総悟から視線を外す。何を言い出すかと思えば。

「別に…好きでも嫌いでもねェよ」
「…ふーん、」

聞いといてそれか。興味無さげに相槌を打って先を歩いていく総悟の後を徐に着いていく。

…好きでも、嫌いでもない。俺はウソは吐いてない。…ただ、真っ直ぐ見れないだけだ。

俺の名前を呼んで向けるその笑顔や、好きだと告げるその言葉。それを、上手く飲み込めずにいるだけだ。

…総ちゃん、と。奴を呼ぶその呼び方が。

懐かしい、その呼び声が誰かと重なるから。

(今はもういない、その面影を探す)

end



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