「…あのさ、トシ。こんなこと、俺が言うべきことじゃないとは思うんだけど」
「?どうした、近藤さん?」
「最近、ナマエちゃんに対して冷たいのは…なんでなの?」

…近藤さんに呼ばれる理由が何となく、こういう話じゃねーかってのには気付いてた。

それくらい俺がナマエに対してあからさまだったっつーことなのか…。

「…近藤さん。俺ァ、何か分かんなくなっちまった」
「トシ…?」

ナマエのことが嫌いになったわけじゃねェ。…むしろ大事だ。大事すぎるくらいなんだ。だけど…あいつにとって、俺は必要なのか?

「俺は、ナマエに何もしてやれねェ。アイツの抱えてるモンを半分持ってやることも、弱音を吐く場所にだってなってやれねェ。…んな人間と一緒にいても、辛いだけだ。ナマエが辛ェ思いするだけだ」
「トシ…お前、」
「…俺達が一緒にいる意味が、分からなくなっちまったよ」

面と向かって、俺はいるか?と聞けれたら。俺はお前にとって必要か?と聞けれたら…満足、するのかもしれない。

…だが、そうしたらきっとナマエは迷わずイエスと答えてくれんだろう。意味ねーよな、それじゃ。何の解決にもならねェよな。

だから…本当は、本当は凄く手放したくなんかねーのに。その選択をしようか迷ってる俺がいる。それがナマエのためだと、お互いのためだと言い聞かせて。

「…トシ、そんな悲しいこと言うなよ」

顔を上げれば辛そうに顔を歪める近藤さんが俺を見ている。その曇った表情にまるで、自分が責められているような気がしてきちまって。

「…近藤さん、俺は間違ってんのか?」

なんて、誰かに答えを求めんのは間違ってる。…分かってんだよ、んなことは。だが今は決めらんねェ。何も決めらんねェ。

あいつを手放す覚悟は勿論ねェ。…かといって、陰で一人で泣いてるあいつを黙って見続ける覚悟もねェ。…ダセェな俺。まさか女一人に、こうも悩む日が来るとは。

「…トシがさ、ナマエちゃんのこと凄く大事にしてるの…ナマエちゃん見てたら分かるよ。あの子いつだって幸せそうに笑ってるからさ」
「近藤さん?」
「最近も、だよ。トシがいくら冷たい態度取ってても、無理してでも笑ってる。周りの俺たちがいくら気にしても、きっとトシは機嫌が悪いだけだから心配しないでって」
「っ!」
「…なぁ、トシ。お前もナマエちゃんも、少し言葉が足りなかっただけじゃないか?お前たち、あんなに仲良かったじゃないか」

だから、そんな風に言わないでよ、と。今にも零れそうな涙を目に溜めて言う近藤さんに…危うく、吊られそうになったところで顔を逸らして。

…どうして、自分のことじゃねェのにそんなに必死なんだ。アンタはいつでも。

「…本当、アンタには敵わねェよ」
「トシ…」
「…ナマエと、ちゃんと話してくっから」

何だか少し、照れ臭くて。俯き加減にそう言えば。

「うん!頑張ってこい!」

その言葉と共にドン!と押された背中。痛ェよ…と小さくこぼした俺に近藤さんは、気合いを入れたのさ!なんて泣きながら笑っていて。

その笑顔が、似てるわけなんざねェのに…何故かナマエと被って見えちまうから。

…あぁ、俺もそろそろ重症なのかもしれないと一人自嘲気味に笑って襖に手を掛けたら。

「…っ十四郎さんっ!」
「お前、」

スパンッと開いた目の前の襖。泣き出しそうな顔で現れたその姿に危うくくわえていた煙草を落としそうになって。すぐ。

「っうお、…どうした?」

どん、と俺の体に抱き付いてきたナマエ。声をかけてみても何も言わない彼女の表情は今、俺の胸に埋められていて分からない。

どうしていいか分からずにさ迷う両手。…ここしばらく、まともに話なんざしていなかったせいか。何を言えばいいのか全く分からねェ。

とことんダセェな、俺。

もう一度、窺うように名前を呼んでみても彼女からの返事はない。…マジで。どうしたもんか、と頭を悩ませてすぐ。その体が、小刻みに震えているのに気が付いて。

「…ナマエ?おい、どうした?」

出来るだけ、優しく声を掛ければ堰を切ったように漏れる泣き声。ぎゅ、と先程よりも強くしがみついてきたナマエを抱き締め返せば、涙まじりの小さな声で俺の名前を呼んでから。

「…っわ、私の話、聞いてくれますか?」

そう言って、涙で濡れた目を細めて俺を見上げるから。

「…当たり前だろ」

その頭をそっと、胸の中に掻き抱いた。

(お前なら、何もかも受け止めてやるから)

end



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