「十四郎さん!こんにちは!」
「…あぁ、どうした?」
「近藤さんが話があるんですって!私が呼びに来ました!」
「…そうか、分かった。ありがとうよ」
「あ…はい」
スッと、私の隣を通り過ぎていった十四郎さん。声は優しいはずなのに冷たく感じてしまうのはきっと、一度も私の目を見てくれないから。
廊下を足早に歩いてくその背中を振り返り見て、漏れるのは小さな溜め息で。
最近、十四郎さんはどこかよそよそしい。目が合うと不自然に逸らされる事はしばしば。差し入れを持って部屋を訪れると遠回しに出てけと言われることもしばしば。
…そう、私は完全に彼に避けられてる。
避けられてるっていうか、何だか嫌われてるような気さえしてくる。…だってここ最近、まともに会話してないもの。
いつからだろう?いつから私たち、こうなっちゃったの?
…ああ、そうだ。あの夜、だ。仕事帰りに迎えに来てくれた十四郎さんに泣きついたあの日。心配してくれた彼に、嘘をついた日。
確かに、あの後から十四郎さんの様子がおかしかったような気もする。
…もし、あの時。嘘なんかつかないで。どうした?と優しく声をかけてくれた十四郎さんに思ってること、不安も、全部…全部言えてたら。
こんなことに、ならなかったのかな。
「…っ、」
…ねぇ、十四郎さん。私たち、もうダメなの?もう私のこと、嫌いになっちゃった?嘘つきで自分勝手で、貴方を振り回してばかりの私なんて…もういらない?
ポタリ、ポタリと零れ落ちていく涙。ゆらゆらと目の前が揺れて、激しくなる嗚咽に真っ直ぐ立っていられなくてヘタリ、と床に座り込んだ。
だからって簡単に、本音を言えるわけないじゃない。…こんな汚い私を見たらきっと十四郎さんの心が離れていくに決まってる。嫌われちゃうに決まってる。
…そんなの耐えられるわけがない。
全部さらけだして、嫌われてしまうくらいなら…このままでもいいんじゃないの?
十四郎さんのことを好きでさえいられれば、このままずっと私の目を見てくれなくても。笑いかけてくれなくても。それで、お互い傷付かずに済む。ならいいじゃない。このままでも、って。
…頭では、そう思うのに。
「っと、しろさ…」
…心の中ではね。それで良いなんて、微塵も思えていない。欲張りなの。言いたくないけど、嫌われたくないけど…そんな思いとは裏腹に、どんな私も受け入れて欲しいって。受け止めて欲しいって思ってる。
欲張りだよね。自分勝手、だよね。
「…ナマエ?んなとこに座り込んでどうした?調子でも悪…」
「っ!…そう、ちゃん?」
「お前…なんで泣いてんでィ」
がし、掴まれた肩に振り返れば怪訝な顔で私を見ている総ちゃんと目が合って。どんな顔すればいいか分からなくて困ったように笑えば彼は途端にムッとした表情に変わる。
土方コノヤローか、と言いながらゴシゴシと制服の袖口で私の涙を拭くその仕草が総ちゃんらしくなくて少し笑えたけれど
「…ごめ、ごめんね」
やっぱり、ちょっとだけ涙が溢れてしまうから。
ポロリ、一粒溢れた涙を拭おうと慌てて顔に手を伸ばせばふわっと頭に総ちゃんの手が乗せられる。そんな彼を涙目で見上げれば、見たこともないような困った顔で笑うから。
…気付いたら、言いずらいことも言葉にしちゃって。
「…総ちゃん、あのね。わ、私たち…もうダメかもしんないの」
「は?なんでまた急に…ナマエ、土方のヤローに何かされたのかィ?」
「ちが、違う!十四郎さんは関係ないの!ぜ、全部ね、私が悪いの!…私が十四郎さんに酷いことしたから」
「酷ェこと?一体何したってんでィ」
「…バレバレの嘘、ついちゃったの」
泣いてるのに、泣いてないって。心配してくれたのに、笑って誤魔化したの私。最低だよね…。そう言えば総ちゃんは呆れたように溜め息を吐いて。お前ェらバカか?と私の髪の毛をくしゃくしゃと掻き回す。
「そ、総ちゃ…」
「ナマエ。今のそれ、土方に言いな。自分の気持ちも言わねェで、ダメになるだァなんだと…んなの、初めから何も始まってねーのと同じじゃねーか」
「…うん。そう、だね」
「真正面からぶつかってきやがれ。お前相手だったら何だって受け止めてくれんだろ?あんちくしょーは」
そう言って私に背中を向けて。しっかりやんなと去っていった総ちゃんを見送ってから踵を返して走り出す。目指す先は、局長室。
…十四郎さん、あのね。随分待たせてしまったけれど…私の話、聞いてくれますか?
(矛盾してるような想いと裏腹に)
end