想いが通じ合って、私達の関係はガラッと変わる…のかと思いきや、そんなことは断じてなく。いつもの毎日が今日もやって来ます。はい、私、公認ストーカーになりました!ッアイタタタ!スイマセン嘘です!

「オイコラナマエ。俺の枕をどうするつもりだ」
「イタタッ!頭が、頭が割れるぅ!」

ぐり、と掴まれた頭が悲鳴を上げている。太陽の下に照らされていた、十四郎さんの真っ白い枕。

何十個と干されていたその中から唯一のそれを見付けた時に嬉しくて溢れそうだった涙は今、痛みにより溢れだしそうだった。

やめてぇ!と痛みを訴える私を見てか、パッと離されたその手。うう、頭破裂しそう。涙目で見上げてみれば、そこには呆れ果てた顔の十四郎さんがいて。…あ、困らせちゃったかな。

「十四郎さん、違うんです。これは、あの…ほんの出来心で」
「…ハァ、しょーがねェ奴」

ふわふわ、と。今度は優しく頭を撫でられる。この柔らかい十四郎さんの撫で方が好き。おまけにこの腕の中にある彼の枕に顔を埋めたら完璧。ああ、幸せ。

「そんなモンのどこがいいんだか」
「十四郎さんの匂いがします!」
「…変態か」

そう言って呆れたように笑うけど、決して十四郎さんは無理矢理取り上げたりしない。嫌な顔一つせずに、後で押し入れにしまっとけよ?とそう残して仕事に戻っていく。…それが少しだけ、ね。寂しくもある。

この前もそうだった。それこそ出来心で、十四郎さんの布団に勝手に潜り込んだ時。最初は驚きはしたものの、どんなに布団の中でゴロゴロしても、十四郎さんにくっついてみても…全くお前は、って。今みたいに呆れたように笑うだけで。

…ねぇ、どうして?

私のこと、女として見てる?

…ねぇ、十四郎さん気付いてる?あの日から私たち、キスどころか触れ合ってもないよ。手だって、一度も繋いだことないよ。

もしかして私、意識されてない?

「…それ、悲しすぎるなぁ」

だったら、十四郎さんにとっての私って何なんだろう。好きって、あの時そう言ってくれたのは何?

そんなことを思い出せば出すほど、嫌な女になっていく気がするの。私って、こんなんだっけ?こんなに、ドロドロしてたっけ?

…でも止まらない。だってこんなにも好きなんだもの。

ぶっきらぼうな態度で、だけどいざとなると優しくて。

ぎゅう、と腕の中の枕を抱き締めて再びそこへ顔を埋める。十四郎さんの匂いにまるで包まれているような…そんな気になるから。

「ナマエちゃん、どうしたの。枕なんか抱いちゃって」
「…近藤さん」
「アレ?もしかしてそれトシの枕?干してあったやつでしょ、よく見つけたね」
「…ハイ。今から押し入れに向かうところです」
「アラ、元気ないね…どうしたの?」

話くらい聞くよ、と近藤さんの大きな手が頭に乗る。くしゃり、髪の毛を弄ぶように撫でるその温かな手が、まるで十四郎さんとは真逆で。

ぶわ、堪えていたものが一気に溢れ出したらもうどうしようもない。十四郎さん、十四郎さん…十四郎さん!のバカァ!!

「うわぁぁん!近藤さぁん!」
「うおっ!?どうしたの!?何があったの!?」

その広い胸へ、枕ごとダイブする。彼は戸惑いながらもしっかりと受け止めてくれるから、私は思い切りしがみつく。すると、マズイって!トシにこんなところ見られたら!と慌てて私の肩を押して。

涙でボロボロの顔で見上げれば、そこには青い顔をした近藤さん。私をやんわりと引き剥がすと、お茶でも飲む?と枕ごと私を客間まで連れてってくれた。

「…どう?落ち着いた?」
「…はい、スイマセン」

客間にて、随分前に出された冷たくなったお茶を啜っていた。…近藤さんは私が泣き止むまでずっと、頭を撫でたり背中を撫でたり。ひたすら落ち着くまでそうしてくれた。

彼のそんな優しさに甘えている内に、自分の涙も感情もやっと落ち着いてきて。啜っていたお茶をテーブルに置いて、ハァ…と吐いた溜め息はすぐに自分の声に掻き消された。

「…私って、魅力ないですか?」
「魅力ってそんな…急にどうしたの?トシと何かあった?」
「十四郎さん…私の身体に興味ないみたいなんです」
「ブブーッ!!ちょっと!イキナリ何言い出すのこの子は!」

同じく、冷めたお茶を飲んでいた近藤さんが勢いよくお茶をリバース。噎せこみながら、真っ赤な顔で私を見て。そんなこと相談されても答えらんないよォ!?と何故か大事なところを隠すから。

「…私、女として見られてないのかなぁって」

十四郎さんは、凄く大人だと思う。考え方も、行動も。仕事とプライベートのメリハリだって完璧で、仕事中はあんまり構ってくれない。…それに比べて私は考えてることも、行動だって子供。

「そんな事ないと思うけどなァ…トシ、ナマエちゃんには優しいじゃない。滅多に見ないよ?あんな穏やかな顔のトシは」
「…そう、なのかな」
「そうだよ?分かりづらいんだよね、トシは。器用だけど、不器用だから」

器用だけど、不器用。まるで矛盾したその言葉の意味を考えていたら、近藤さんの手が頭に触れて。

「深く考えなくてもいいんじゃない?ナマエちゃんの良さは、きっとトシが一番分かってるよ」

だから、ね?行っておいで、と。近藤さんが指差した先には。

「…十四郎さん?」

ずんずん、庭を突っ切って。こちらに向かって来るのは今まで話の中心にいた十四郎さん。何処か複雑そうな顔で私を見ている彼とバッチリ、目が合ったのはその顔が目の前まで来た時で。

「…泣いたのか?目ェ腫れてんぞ」
「あ、これは…その」
「悪ィ、近藤さん。ナマエ借りるわ」
「ハイハイ。新しいお茶入れとくから早くね」

ぐい、引かれた手に見上げれば十四郎さんは既に背中を向けていて。彼の意図は掴めない…けれど、私の手を包む骨ばった手にドキリと胸が高鳴った。

初めて、だ。こうして十四郎さんの手に触れるのは。

ぎゅう、と力が篭ったその手を握り返せば伝わってくる彼の熱。それが、凄く心地好くて。

「…おい、ナマエ」
「え、あ、はい」

繋がれたその手に気を取られて、一瞬反応が遅れた私。十四郎さんは歩みを止めないまま目だけこちらに向けた後、スッと前を向いて。

「…気安く触らせてんじゃねーよ」

近藤さんも男だって事忘れんな、と。耳まで真っ赤にしてそう呟くから。…いつの間にか、さっきまでの色んな思いは消えていた。

変わりに、心の中で回るのは。

「…十四郎さん、大好きです」
「…知ってるっつーの」

彼に対する、溢れて止まないこの気持ち。

(絡めた指が、熱くなる)

end



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