青い空、白い雲。そして立派な門構えをくぐり抜け、私はいつもの日常へと溶けていく。

…そう、実に3日ぶりの真選組屯所。重苦しい看板と打って変わって温かなここが私の日常だと思ってる。うん、勝手に。

「あ!ナマエちゃんいらっしゃい!よかったァ!もう全快なの?」
「近藤さんこんにちは!ご心配おかけしました!」

屋敷の前で素振りをしていた近藤さんに一礼すればとびきりの笑顔が返ってきた。本当に心配したんだよ!と乱雑に頭を撫でつけられるから私はひたすら謝って。すると豪快な笑い声を上げながら近藤さんに腕を引かれる。

「入って!昨日お客さんに良いお菓子貰ったんだ!」
「っわ!近藤さん!転けますっ!」

ぐいぐいと屋敷の中へと誘われながら思い出すのは三日前。目が覚めたら、私は我が家の布団の中にいた。

…アレ?なんで布団の中に?ん?そういえば屯所にいたような…んん?どうやって帰ったんだっけ?そう頭を捻っていたら妹が、真選組の人がパトカーで送ってくれたんだよ覚えてないの?と呆れながら教えてくれて。

…実は近藤さんに十四郎さんの話をした事しか覚えてない。泣きながら話して、それからどうしたか全く記憶になくて。

…でもね、確かに聞こえたんだ。十四郎さんの優しい声が。

「…早く治せよ」

ふわり、鼻をすり抜けていく煙草の匂いと一緒に。

…あれは、夢だったのかな。

屋敷の中では沢山の隊士たちが忙しなく動いている。任務に就く者、稽古をしている者。いつも通りの光景。

だけどその中に彼の姿は見当たらない。

いつも通り客間に通された私は、お菓子取ってくるね〜、と出ていった近藤さんを待っていた。二人分のお茶を入れ、することもなく座椅子に凭れて座ると襲ってくるのは睡魔。

ぼう、と彼の帰りを待っていれば聞こえてきた静かな足音にハッとして。

「…おう」

止まった足音に視線を向けると、スッと開いた襖から十四郎さんが現れた。

「…え、ええ?」

まさか…十四郎さんがここに来るなんてこと滅多になくて。あるとすれば近藤さんに用があるときだけ。近藤さんはお菓子を取りに行っていないことを伝えると、彼は私に用があると言う。…一体全体これはどういうことなのか。

戸惑いから何も言えない私。そんな私をじっと見て彼はあーだの、うーだの悩まし気な声で唸った後、具合はどうだ?と気遣った言葉を掛けてくれて。

「…あ、大丈夫です。ご迷惑、お掛けして…」
「いや…」
「……」

気まずい雰囲気が漂う中で、続かない会話にお互いが黙りこむ。何だか急にいたたまれなくなって目を逸らせば、すっと立ち塞がる影が目の前に出来て。

驚いて見上げれば十四郎さんが眉間に思い切り皺を寄せて私を見ているから。

「あの、私、何かしました?」
「…アレだ。あの話は、もう無効か?」
「え?」
「っお前と付き合うってヤツだよ!言わせんな!」

上手く噛み合わない会話に頭を捻っていたら、信じられない一言が飛び出してきて。一気に捲し立てて肩で息をする十四郎さん。そんな彼を見る私の顔はさぞ滑稽なんだろう。

ポカン、と大口を開けて見上げた先。みるみるうちに耳まで真っ赤に染め上げて、見たこともない表情で見下ろすその鋭い目が…いつもよりも。柔らかいような気がして。

…そんな、まさか。だってまさか、そんなはず。

「…夢?」
「…おい、ナマエ」
「あ、そっか。夢見てるんだ。これは都合の良い夢…」
「…あァ?なに言ってんだお前、」
「ちょっと待って、目を覚ますからちょっとま…っ痛ァ!夢なのに痛い!」
「ナマエ」

頬を思い切り引っ張るというベタな展開を繰り出して、痛みに悶えていたらぐい、と引かれた腕。見上げれば目の前には真剣な顔の彼がいて。あまりの近さに驚いて、離れようと手を伸ばせばその手さえも掴まれる。

「と、十四郎さん?急にどうし…」

至近距離に耐え兼ねて、顔を逸らそうとしたらそれを遮るかのように頬に添えられた手。…大きくて温かいこの手を、知ってるような気がするのはなんでだろう。

揺れる瞳で見上げれば、刹那。唇に落ちてきた柔らかい感触。突然の感覚に反射的に後ろに体を引こうとすれば十四郎さんの腕が腰に回される。…なんなの?これなんなの!?

「十四郎さ…なんで、」

腰に回るその腕がどう足掻いてもびくともしないと悟ったのか、一気に抜けた全身の力。いろいろ信じられなくて困惑している私を彼は切なそうな目で見つめる。

…もしかして。私にミツバさんを、重ねて見てる?

って…まさか、そんな。そう頭では理解してるのに、ドロドロと溢れてくるのは黒くて汚い感情ばかり。

だって貴方のそんな顔、見たことない。

「…私は、ミツバさんじゃないですよ?」

それが酷い言葉だって分かってるのに。一度心を支配した黒いモノはなかなか払拭されない。十四郎さんは苦しそうな顔で私を見る。今にも泣き出してしまいそうな、そんな顔で。

「…分かってんだよ、んなこたァ」
「だったら、どうして…」
「っ…それ、は」

ごめんなさい。本当は、そんな顔させたいわけじゃないの。

「…ごめんなさい。最低ですね、私」
「ナマエ?」
「本当にごめんなさい」

スル、とその腕から抜け出して。十四郎さんに背中を向ければ慌てたように声を掛けられる。…それに何も返せなかったのは、きっと溢れる涙のせい。

開け放たれた襖から走り出て、すぐ。

「っ俺は!お前が好きなんだよ!ナマエ!」

先程よりも強く、引かれた腕。振り返る余裕もなく閉じ込められたのは広くて温かな腕の中。鼻を抜けていくのは染み付いた煙草の匂いと、僅かに香るせっけんの匂い。

…これは、私にとって都合の良い夢でしょうか。

背中に回る腕に、込み上げてくるのは。

(涙だけじゃないはず)

end



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