「…ごめ、なさい。とう、しろさ…」
「待ってろ、すぐ医者が来る」

ナマエを布団の上に下ろして、押し入れから取り出した毛布をかけてやる。するとずっと閉じられていた重そうな瞼を僅かに開けて。

大丈夫か、と声をかけて見下ろせば彼女は何かを言いかけて、やめる。その代わり涙で濡れた目を俺に向けて悲しそうに笑うから。…気付いたら、手が伸びていて。

「…そんな顔してんじゃねーよ」

汗で張り付く前髪を指で掻き分けて、くしゃりと撫ぜて。すると面食らったような顔で俺を見るナマエにハッと我に帰る。何してんだ俺は…!

「…氷枕遅ェな。ちょっくら取ってくる」
「…ま、」

ふい、とその視線から逃れるように膝をつけば伸びてきた手。見れば今にも零れそうな涙を浮かべた彼女の手が俺の隊服の裾を握っていて。

「…行か、ないでくださ」

…そんな顔で、そんなことを言われちまったら。もうどこにも行けねーだろうが。

「…どこにも行かねーよ」

だから手ェ離せ、と。心とは裏腹にぶっきらぼうな言葉しか吐けない自分に嫌気がさす。それでもコイツは安心したようにふにゃりと笑うから。

ドス、と布団の隣に腰を下ろして、はだけた毛布をかけ直してやる。小さく聞こえたありがとう、がくすぐったくてたまらないのは滅多に礼なんて言われないからで。

しばらくするとウトウトし始めたナマエ。そんな彼女から規則的な寝息が聞こえてくるまでそんなに時間は掛からなかった。

初めて見る、彼女の寝顔に伸びかけていた手を引っ込める。…あんなに鬱陶しくてたまらなかったはずなのに、何故だ?

好きだの、付き合ってくれだの。どうせすぐに飽きて離れていく。人間の心なんて簡単に変わっちまうのに、とそう思っていた。

…ここ最近、俺は明らかに避けられていて。

待ち伏せされるのが当たり前の毎日。ある意味日課になりつつあったそれが一切無くなったのはここ1週間のこと。…俺が、ミツバの話をしてからで。

最初は気になっていた。泣きそうな顔して笑うナマエの表情が頭から離れなくて。…だがその内、屯所内で近藤さんや総悟とは普通に笑い合う姿を見て悟った。あァ…なんだ、そういうことかって。

ただ、飽きただけ。今までの女と同じ。靡かねェヤローなんて眼中にない。…そういうことだろ?

そう思うのに、同じ屋敷内にいれば嫌でも彼女は目に入る。何度か合った目を、ナマエは気まずそうに逸らすから。…そんなに、俺と出会うのが嫌なのか?

気付いたら避けるようになっていた。必要以上に近付かず、話しかけず視界に入れず。…そうすれば傷付かずにすむって。そう、思っていたのに…なんだ、この気持ちは。

引っ込めていたはずの手は、いつの間にか赤く火照った頬に触れていた。じんわりと伝わってくるその熱に手を滑らせれば冷を求めて摺り寄っくる。無意識なはずのその仕草が、どうしてこんなにも…

「…変わってんな、俺」

毛布から覗く白くて小さい手。頬と同じく熱いその手を握れば段々と睡魔が襲ってくる。力を入れているのかいないのか、そっと握り返される感覚を感じながら俺の意識は飛んでった。


近藤side

「…こっちです!早く!早く来て!トシィ!ごめんお待たせ!雨のせいで遅くなっ…」
「あ、局長ォ!スイマセン!氷枕冷えてなくて使えないからコレ氷買って…えええ!?」
「ザキ、静かに」

ようやく医者が到着して、大急ぎで向かったトシの部屋。後から追いかけてくる老年の医者を差し置いて襖を開ければ、目の前に広がる光景に目が点になる。するといつの間にか背後に現れたザキも俺と同じらしい。悲鳴が屋敷中に響きそうだったから。

「…今は寝かせといてあげようか」
「え、ナマエちゃんの診察はいいんですか?」
「目が覚めてからでいいんじゃない?」

あんな穏やかな顔して寝てる人を起こせないだろう、と。苦笑まじりで言う俺にザキも苦笑しながら頷いた。

…全く見せつけてくれるじゃないか。ナマエちゃんも、トシもね。

手を繋いで寝息を立てる二人を温かい気持ちで見ながら襖を閉めて。ようやく追い付いた老年の医者に頭を下げた、そんなある日の事。

(きっと二人なら大丈夫)

end



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