沖田ミツバさん。…その人が十四郎さんの想い人。綺麗で優しくて、総ちゃんの自慢のお姉さんで。…今はもう、いない人。

ポツリポツリと降りだした雨の中を歩いていた。しばらくすると一気に強く降り出した雨。頭から爪先までびしょ濡れなっていく中で、私はただ何処へ行くでもなく歩いていた。

頭の中を回るのはさっきの近藤さんの言葉。…ミツバさんは。彼女は、少し前に患っていた肺の病気で亡くなった、と。そして十四郎さんとミツバさんは…二人の関係は。長い長い片想いの、両想いだったとそう言って。

私の顔色を窺いながら、言い辛そうに言葉を連ねる近藤さんを見て理解した。…あぁ、なんだ。そういうことか、って。十四郎さんにとってミツバさんは、今も変わらず大切な人。

「…敵わないなぁ」

亡くなっても尚、十四郎さんの心の中にはミツバさんがいる。…彼は、十四郎さんは。彼女が亡くなってからどんな思いでいたんだろう。ずっと一人で、耐えていたのかな。ずっと彼女を想い続けて。それで…

彼のそんな姿を想像するだけで痛む胸。苦しい、よね。辛いよね。きっと泣きたくてたまらないに決まってる。だって愛しい人にはもう二度と会えない。

「私、なんなの…」

私は、自分のことばかりだ。好きだ好きだと自分の気持ちを押し付けて、十四郎さんの気持ちなんて…考えたことなくて。彼にとって辛い言葉だったはずだ。

好きだ、と。

もう、伝えたい相手はいないのだから。

「…ご、めんなさっ」

…十四郎さん、ごめんなさい。きっと沢山傷付けた。私は自分の事ばかりで、貴方の気持ちなんて考えてもいなくて。だからこれはそんな私への罰なんだ。

散々してきた事を思い知れ、って。

「…っおい!ナマエ!」
「!」

ぐい、引かれた腕と聞こえた声にゆるり、と振り向けばそこには全身びしょ濡れの十四郎さん。何でここに?とか、どうして傘を持っているのに濡れてるの?とか。矢継ぎ早に言葉が浮かんでは消える中、肩で息をする十四郎さんに言葉が出なくて。

「おま…っ、傘くらい、持ち歩け。風邪引くぞ」

何かを言いかけて、目を逸らして。掴まれたままの腕はそのままに歩き出す。既にお互いびしょ濡れ。だけど十四郎さんは持っていた傘を私に傾けてひたすら前へと進んでく。

腕を掴んでいた彼の手はいつの間にか私の左手を握っていて。一方的なその温もりに涙が溢れて止まらない。だけど初めて感じるその温もりが胸をぎゅうぎゅうと締め付けるから。

降りやまない雨の中、来た道を歩き続ける。ザーザーという音だけが二人を包む中、時折、十四郎さんは寒くないか、と気遣うように声をかけてくれる。返事をする代わりにその大きな手を握れば、彼も握り返してくれるから。

…ズルいよ、十四郎さん。

(初めて名前を呼んでくれた)

end



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