俺を気遣うように見上げるその目がどうして重なるのか。

一緒だったからだ。十四郎さん、と名前を呼んでいつだって笑ってたアイツと。…もうこの世にはいない、惚れてた女。

重ねている自分に気付いた瞬間、まともに顔を見れなくて逸らした目。そんなつもりじゃなかった。だが…多分、傷付けた。

ザーザーと音を立てて降りだした雨に気付きながらも、部屋の窓を開け放っていた。ポタリ、ポタリと落ちてくる雫なんて気にならないくらい俺はアイツの事を考えていて。

…随分と前に玄関が閉まる音が聞こえたから、きっと今頃家に着いてるとは思う。

いつの間にか近藤さんや総悟と仲良くなっていたアイツ。趣味が合うのか、はたまた二人の策略なのか。知らぬ間に屯所に上がり込んでるなんて日常茶飯事で。

だから俺が屯所を空けている時はどちらかと部屋の中で茶でも飲んでやがんのかと思えば、門の前で当たり前の顔して俺を待っていたり。

『十四郎さんがいない時にお邪魔しませんよ!』

胸を張って偉そうに。そう言って笑うアイツを見て何度呆れ笑いで返したか。図々しい奴だと思ったり、変なところで気を遣う奴だと思ったり。アイツに対する印象は会う度にコロコロ変わる。

…だが、今までずっと。帰る時だけは笑顔を残して行く奴だったから。

「…気にしてんのか、俺」

何も言わずに帰ったアイツのこと。

窓から覗く青いはずの空はどんよりと灰色。どんどん強まっていく雨をぼんやり見ていたら聞こえてきたのは慌ただしい大きな足音。

「トシッ!大変だ!大変なんだよっ!」
「オイ、近藤さん。どうしたそれ…」

襖を開けて飛び込んで来たのは全身ずぶ濡れで肩で息をする近藤さんだった。その姿に一瞬何事かと身構えた俺は次の言葉に唖然、として。

「それよりも大変なんだ!連絡がないんだよナマエちゃんから!一時間も前に帰ってったのに!」

…まさか。え?つーか…え?それと、全身ずぶ濡れの関係はなんだ?訳が分からず、ただその勢いに圧されていたら近藤さんが焦れったそうに声を荒げるから。

「っあの子はね!帰ったら絶対連絡してくるんだ!いつも!トシによろしくって絶対付け加えてね!それがないの!今日は!」
「…それが」

何だよ、と言う前に目の前の男が辛そうに顔を歪めるから言葉に詰まる。…なんでだよ。どうしてそんな顔をするんだよ、近藤さん。

「…どうでも、いいの?トシにとって」

あの子は。

「…っ、」

そう続いた問いに答えられないのは何故なのか。

…どうでもいい、とそう言ってしまえばいい。しつこい位、俺に付きまとうあの女の事が正直鬱陶しかったはずだ。

「…アイツが住んでる場所はどこだ?よく通る道は?」
「え、確か、かぶき町って…ってトシ!お前…」
「今から探しに行ってくる」
「えっ!?」

近藤さんは複雑そうな顔で俺を見る。そんな目で見られたくなくて、逃れるように隊服に手を伸ばせば背中に掛けられる声。

…分かんねェ。自分でも分かんねーんだよ。どうしてこんな気持ちになるのか。

「ていうか、トシお前体調が悪いんじゃ」
「…もう大丈夫だ」
「なら、いいけど…」
「?何だ、どうした?」

言葉を濁す近藤さんが何だか不自然で。踏み出そうとしていた足を引いて向き直る。するとみるみる内に悪くなる顔色。…アンタこそ、そんなずぶ濡れになって体調悪くすんじゃねーか?と思っていたら。

「…いや、その、ごめん!ナマエちゃんにミツバ殿のこと話しちゃったんだ。そしたら彼女、急に帰るって出ていっちゃって…ごめん!余計なこと言っちまった!」
「…な、」

…まさか、それが原因だなんて思いもしなかったんだ。

どしゃ降りの雨の中を目を凝らしながらひたすら走る。ただでさえ、雨のせいで視界は悪い。傘を差してもびしょ濡れになってしまうのはもうこの際気にしてる場合じゃない。

…ミツバのことを聞いて、アイツは何を思ったのか。いつもヘラヘラ笑ってるアイツが。どんなに突き放しても、冷たくしても、笑顔を絶やさないアイツが。

泣きそうな顔してたんだよ、と。屯所を出る前にそれこそ泣きそうな顔した近藤さんが言うから。

「…っどこだ!」

行き交う人の波を掻き分けて。らしくもなく取り乱して。探すのは、いつだって笑ってたアイツの姿。

(…どうでもよくなんか、ねーんだな)

気付いたのは、その気持ち。

end



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