近藤さんから貰った、ナマエの職場の住所と電話番号が書かれているメモ。
目的地が書かれている重要なはずのそれを握りしめようとしていた自分に気が付いたのは、そういやアイツの職場どこだったっけ?と頭を悩ませた時で。
…危うくクシャクシャになりかけたそれを頼りに辿り着いた彼女の職場。ガラス張りのその中をチラリ、と覗いてみれば忙しなく動き回るナマエがいて。
何も考えずに電話を掛けようとして取り出した携帯を見てハッとした。
…いやいや、仕事中に出れねェし、と。
とりあえず逸る気持ちを抑えて、仕事終わりのナマエを待つことにして数十分。
カラン、と音を立てて扉から出てきた見知った姿に重たい腰を上げて近付いて。
「ナマエ」
俯きながら歩く彼女の名前を呼べば、反射的に顔を上げる。俺を見た途端、訳が分からないといったように首を傾げて。
そんな彼女に一歩ずつ近付いていけば、目の前にいるのが俺だと理解したのか急に目を見開いてアタフタしだす。かと思えば一瞬、泣きそうに歪んだその表情に…やっぱり何かあるんだと悟って。
その何かが、一体なんなのか。…俺にも教えちゃくれねェか?
「…十四郎さん?」
「おう。遅くまでご苦労さん」
そんな思いを抱えながら、俺を見上げるナマエの頭に手を乗せる。仕事終わりのせいか疲れ切った表情と、汗で額に張り付いた前髪。それをとかすように、わしゃわしゃと緩く撫でれば。
「っうお!なんだいきなり!お前いつも突然…おい、どうした?何かあったのか?」
どん!と。俺の手をすり抜けて勢い良く胸の中に飛びこんできたナマエ。いつも突然やって来るスキンシップに反射的に彼女の肩を押しかけて、気付いた。
…背中に回る細い腕が、小さく震えていることに。
「…何でも、ないですよ?」
気丈に振る舞っているつもりなのか。おどけたようなその声はどう聞いても涙まじりで。
「嘘つけ…泣いてんじゃねーか」
何があった?と出来るだけ優しく声をかけて背中をさすって。そしたら一際、震えだしたナマエの体。
何度抱き締めても慣れないその小ささに胸が締め付けられるのは何故なのか。
…もしかしたら、言ってくれんじゃねーか?とか。
言ってくれりゃ、何だって力になってやんのに、とか。
泣いてるナマエを見てそんな風に思うのはきっと彼女のことが大事すぎるからで。
そっとその頭に頬を寄せて見えない表情を伺うように見下ろせば、目にゴミが入っただけ、なんて震える声で無理に笑ってみせるから。
…もうこれ以上、なんも言えるわけねェよ。
「私が泣くわけないじゃないですか!」
「…そうか」
「アハハ!変な十四郎さん!」
「あぁ、悪ィな」
まぁ、そんなとこも好きですけど!…なんて、おちゃらけて笑うナマエが痛々しい。笑ってるのに泣いてんのはどうしてだ。
お前が抱えてるもんは…なんだってんだ?
俺の胸に顔を押し当てたまま喋り続ける彼女の背中を擦りながら、何故か自分も泣きそうになった…ある夜のこと。
(…お前にとって、俺の存在って何だ?)
end
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