唐突に、そのひとことは降ってきた。
「邪魔」
「――邪魔でしたか、すみません」
そう言うと、雲雀くんは不思議そうな顔をした。どうやら怒ってはいないようだ。
「なんで謝るの。意味わかんない」
意味がわからないのは此方だ、と言いたいところだが、僕は考える。雲雀くんは言葉が少ない。時に齟齬が生じることもある。だから今回もそんなところだろう。
「邪魔じゃないの」
指をさされた先には僕の顔――ではなくて。
「前髪」
「君も大概長いじゃないですか」
そういうと雲雀くんは少しむっとした。
「君ほどじゃない」
それもそうか。
僕は自分の前髪をつまむと、改めて確かにそこら辺の男よりかは長いことを認識する。
「切ってあげようか」
「なんで笑ってるんですかね」
「前々からそれ、鬱陶しかったんだよ」
どうでもいいことではあるけど、せめて手に携えるのは髪を切るための鋏にして欲しい。――裁ち鋏はおかしいだろう。
「その、遠慮します」
大体人の髪の毛なんだから放っておいて欲しい。
伸ばしているのに今となっては理由がある訳でもないが、前髪はわりと伸ばしっぱなしで、かといって全く手入れなしにぼさぼさに伸ばしている訳ではなかったのだ。
何かというときに、自らの目が隠れるのはなにかと便利ではあったが。目の色が違うのはときに畏怖される。オッドアイ、ヘテロクロミア、バイアイ――言い方は様々なれど、今も不気味がる人間がいるのは事実だ。
「これはこれで便利なんです」
「ふうん――」
雲雀くんは僕の前髪を掴んだ。
「なにするんです」
「――別に。ただ、君のことだからまた馬鹿なこと考えてるんでしょ」
失礼な、と言おうとすると雲雀くんは髪を離すと同時に僕のほうを真っ直ぐに見た。
「隠しておくの勿体無いから」
にやり、と雲雀くんは笑う。
ああ、いつもいつも、彼には見抜かれている。それは杞憂なのかもしれない。
「お見通しという訳ですか」
「さあね」
僕は小さく笑った。
不特定多数にどう思われようと、彼がそう言うならば、きっとそれが答えだ。



(前髪が瞳を隠したのは何時ぐらいだろう)

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