肢体は走る。夢を見ながら、からだが走る。
けれども、自分はここにいる。ここにいる。
空も海も君も見えないここで、冷たくなっている身体。
(まるで、死んでいるみたい)
死んでいるのかもしれない。
僕の名、それこそが死。
もう既に居ない者なのだ。僕、犬、千種。名前のない三人のこどもは小さく痩せっぽっちのからだを震わせながら、あの頃なんとか生きていたように思う。きみ、あなた、ぼく、おまえ、その不明瞭な呼び名はひどく不便なものだった。
「ぼく」は名前をつけた。
名というものがあることはわかっていた。しかし、僕らはずっと紙であり番号だった。だから、名前を持つという発想がなかった。僕は、彼らに名前を呼ばれた。
それは、死そのものである。
それまでの「ぼく」は死んだ。僕は「骸」になった。
それまでの部屋の隅で膝を抱えて、声もろくに出さずにいるぼくではなかった。みな、僕の名前を呼んだ。そのたびに、過去の自分がどこかへ流れていくような気がしていた。それは弔いなのだった。
――だが、今。僕の身体はここにある。死んでいるように生きてる。
それでも、憑依によって僕のこころは何処へでもいけるのだった。そして、それならばもしかすると身体なんていらないのかもしれなかった。身体のない状態はひどく疲弊するので、僕はやはりこの死んでいる身体と切り離せないのだろう。
鎖に繋がれたこの身体。僕の自由にはできない。動かない。自分の身体を使って走れない。僕は死んでいる。
この死んだ身体で動くこともできず、水に身を沈めている。身体など、僕にはないのだ。あるのは動かない死体のみ。
ここは寒くて、とても暗い。
僕の死んだ名前を、君が呼んだ気がしていた。
――死体は、走る。


(目もない、脚もない、腕もない、君がいない)

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