――いたい。 いたい、と小さくつぶやいたつもりだった。つもりだったが声は出ていなかった。喉がうまく機能していない訳なのだが、僕は認識できずに口をぱくぱくと動かした。 なにもいらないなんて思えなかった。 ファミリーのためになれればなんて思えなかった。僕は、たったいちどの命ならば僕のために、あるいは僕がこんなにいたい思いをするだけの存在に賭けてみたかった。 しかし「たったいちどの命」というその価値すら奪われた。 たったいちどだけ、誰かのためになんて思えなかった。次があるじゃないか。次がある。その次はまた次がある。ずっとずっとずっとずっとずっと続いていくだけ。やり直せます。人生はやり直せます。 「っ……」 ふいに頭に激痛が走った。 何十何百ものレコードを記憶しようとして記憶を持ちたての僕の頭のキャパシティが既に限界を迎えているのかもしれなかった。そうだったらどんなにいいのか。頭がこのまま割れて全て散ってしまえばいい! (そうすればこのままぼくでいられるのに) (残念だ、あなたがたの実験は失敗です) (実験の集大成とともに消えてやる) (消えてやりたい) (――――、) 口がまたぱくぱくと動いた。 消えてやると思いつつも、そうしないのは、消えたときに僕をこうした奴等が平気でいるとわかっているからだ。ならば、殺してやる。殺してやると言いながら痛い頭を必死でおさえている。生きる意志があるとすれば、それはその目的のみ。 (そうすればこのままのぼくではいられない) (残念だ、あなたがたの実験は成功です) (実験の集大成に殺されろ) (殺してやりたい) (――――、) どうか。どうか。どうか。 どうか叶うのならば、どちらにも、どちらにもなりたくない。誰か、誰か、いてください。ここに、記憶の中に、キャパシティを超えてもずっといてください。声が出なくてもどうか聞いてください。ずっと、ずっと。――ここに。 僕は痛む頭をおさえながら、意識を手放した。 (子犬の懇願) |