自分は、もしかすると孤独でありたいのかもしれない。

ふと、思う。
私は、手元にあった蜜柑を弄んだ。
正月も過ぎ、かといって仕事のひとつもない退屈な午後。
更に細君である雪絵は千鶴子さんと浅草に出かけているのだ。少し遅い御詣りですよ、なんて言っていた。
正月過ぎにゆっくりと初詣に出かけるのも最近ではあるらしい。
浅草、か。浅草寺の仲見世には甘酒の屋台やら、田楽の売っている仮設の食事処が出ていた記憶があった。子供は華やかな仲見世に心が踊るのであろうが、私はどうにも、人ごみに恐縮するばかりである。
いつもあまり出掛けて初詣、というよりは近所の土地神を詣るのは、何も土地神への感謝ではなく、きっとこみあう参道が苦手だからだろう。

「関口くん、一体何時まで不景気な顔をして黙りこんでいるつもりだい」

不景気な顔、とは、君には言われたくない。
その言葉を飲み込んで私は友人の顔を見た。
つまりは家にいるのもどうにも手持ち無沙汰であるし、京極堂に来ている私である。毎度のことながら、結局この友人を頼る私も私だ。

「君にそんな風に扱われて蜜柑もさぞかし気の毒だ」
「僕は蜜柑以下か」
「ああ、蜜柑は僕の家の炬燵を湿っぽい空気になどしないし、食べれば有益だろう」
「君が本をずっと読んでいるから話しようがなかったんじゃないか」
「話しかけられれば、話したさ」

大概天邪鬼なのだ、この男は。
いつもどこか詭弁じみている。そしていつも、真実しか話したがらない。

「それより君、どうにも話さないと持病が出るな。風通しが悪いみたいじゃないか」

本を閉じながら友人は呆れたように言う。

「何がだ?」
「大方自分は孤独だとかそんな文豪ぶってみたのだろう、細君が出かけたくらいで、君も大概雪絵さんに依存しているね」

京極堂は、小さく笑う。
意地が、悪い。

「…君は本当に霊能力でもあるのではないかと思うときがあるよ」
「僕は君の普段の陰気臭い考えから思い至っただけさ、どうだい、当たるだろう」

―そうだ。
たまに忘れかけるが、京極堂は精神分析をかじったことがない訳ではないのだ。
私も少しばかりの知識はあるが、この男は多少でもあれば十を見るような、気がしてならない。

「ああ。すごく癪だけどね」
「そうかい。まあ、要するに君は孤独を演じているんだ、真に文豪はもっと細かい感性をしているぜ」
「…なんとでも言えば良いよ、僕はカストリに懇願するような作家さ」
「拗ねることはないだろう、文豪と呼ばれる彼らは感性が細い故に思い悩んだ訳でもあるんだよ。芥川なんかを見たまえ」
「ああ、」

芥川、か。
それは君だ、と言いかけてやめた。
骨ばった痩せ方など、よく似ている。
何より不健康そうな青白い顔なのだ。
何も芥川も京極堂も、人が悪そうな訳でもなく、別段顔が良くないというわけでもないのだろうが。
しかめっ面が、どうにもいけない。

「また余計なことを考えているね、関口くん。聞けば君は鳥口くんに僕を芥川の幽霊だとか言ったそうじゃないか」
「あれは弾みでだよ、君は幽霊というよりも怨霊の類いかもしれないけどね」
「馬鹿言うもんじゃない、僕は憑き物落としが副業だ」

そんなことを言っていると、がらりと扉が開いて、見知った顔が覗く。

「あら、あら。関口さん、いらしてたんですか」

京極堂の細君が帰ってきたのだ。

「ど、どうも…」
「ああ、千鶴子、関口くんは用もないのに蜜柑を家で食べるわ、やりたい放題だ。構うもんじゃない」

京極堂は千鶴子さんに目をくれながら相変わらずの調子だ。

「あら貴方。私が雪絵さんと御詣りに行ったから関口さんも退屈だったのでしょう?申し訳ないですよ」

「はは、関口くん聞いたか。君はすっかりわかりやすい、千鶴子にも見抜かれている」
「いちいちからかうなよ、京極堂―、」
「さあ、もう雪絵さんも帰っているだろう。君も帰りたまえ」
「つくづく酷いなあ、君は」

私が腰をあげると、千鶴子さんはああ、石榴に餌を、なんて言って小走りで駆けていく。

すっかり、日常に包まれて京極堂の言うところの文豪気分はどこへやら。
帰りたまえ、か。
そうだ、私は。
雪絵が、待っている。

「邪魔したね」

「本当だよ、」

本当に面倒そうに、友人は眉を寄せる。
そして、私が歩き出そうとしたときに、丁度

「ああ、そうだ。関口くん」

京極堂は本から目を離さず見向きもせずに言う。

「また、来たまえ」

私は面喰らう。
そういえば、先ほどまで孤独だの何だの、ほざいていた自分が馬鹿らしい。
結局、この友人に頼ってしまう私も私だ。

すっかり、抜けきっている。
もしかすると、この男に憑き物を落とされたのかもしれない。

孤独を気取った、文豪の幽霊という名の憑き物を。


(依存)

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