自分にはしっかり両目がある。五体満足で地に立っている。紛れもない事実だ。
しかし、時に私は思う。――私は自分のいる世界を片面からしか見詰めることはできない。
私は関口巽という人間でしか世界を認識できていないのである。
片方をなくした靴下のようにどこかはっきりとしない世界の中でぼんやりとして生きている。なんとも腑に落ちないのだろうか。自分が他人様から見た自分のイメエジを想像できないのも、私という世界の片方から、まるでマジックミラーを見ているような感覚で自分を見詰めているからなのだ。
――私はぼんやりと相も変わらずにそんなことを考えた。
「――関口くん」
「は……、何だ、京極堂」
顔を上げると仏頂面の古本屋店主が私を見ていた。
「君、僕にこんな陰鬱な小説を見せておいて何だい。その上そんな暗い顔をして店先にいられたんじゃあ、客も来ない」
ぴらぴらと京極堂が手に持つのは私の未完成の原稿である。
未完成とは言うものの、最後まで書き上がってはいるのだ。しかし、何か自分で読み返していて、どうにも未完成な気がするのだ。――それが、わからない。
京極堂に見せてもそれは馬鹿にされること請け合いだったが、本に関しては異常なまでに詳しい友人くらいしかまともに小説に意見を貰える知り合いを私は持っていなかった。
「君が僕の原稿を読んでいる間に店に盗人が入りやしないかと座っていたのさ。第一この本屋に客がいるのを僕は見たことがないね」
「客が来ればいいというものではないよ。それに君みたいな店番じゃうちの猫のほうがましだ」
さっきと言っていることが違う気がする、と言っても何か言い返されそうなので私は話を早々と切り替えることにした。
「それで、何かあったかい」
「何かっていうのはなんだ」
「――原稿」
そう言うと、京極堂は、ああ、と呆れたように言う。
「こりゃあ駄目だ。君の小説は元から壊れた文体だが……ああ、それを技法だとか君は言うのだろうね、しかしこれはあまりにも視点がバラついちゃいないか」
「視点が?いいや、一人称で統一しているはずだ」
「いや、そうじゃなくて。君は私小説のようなものを書くから一人称はいつものことだが、この主人公はすぐに心情が変化しすぎる。多重人格でなければこれは有り得ない。最も君がそういう前提の話をつくっているなら別だがね」
「――ああ」
それは、先ほどの思考が原因だ。離れないのだ。不完全な視界を満たそうとあちらこちらに視点をつくる、その安息。
「関口くん、君も全く懲りないね」
「――何がだよ?」
「僕はつい先日に言っただろう、観測されなければ物は存在しないと言った学者がいる、とね」
「なんだい、そりゃあ」
「だから君は懲りないと言うんだ。鬱ぐのは僕の知ったこっちゃないがね、君のことは僕が観測しているよ。なあ、関口くん」

君が存在しているんだから、両側から見られているのだ、そう言われた気がする。
全く、これは。

――意地悪く、友人は笑った。

(迷子の隻眼)

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