b | ナノ


音美ちゃん編


 夜はトキヤと音美にとって秘密の時間だった。
 校内ではただの友人として過ごしているのに、就寝前の彼女たちは濃密な時を過ごす。
 
 恋人がするような濃厚なキスを浴びせると、トキヤはもうだめって言っているみたいに体を震わせる。それが可愛くって可愛くって、色んな所に唇を落としてしまう。
「ん…待って、ください…」
「トキヤそればっかり…んっ」
「ふ、あ…」
 トキヤの白いシャツをプチプチと開き、白くて小ぶりな胸を露にさせる。トキヤのブラはまた黒だった。けれど今日のはちょっとかわいい。上辺カップを縁どるコーラルのレースはセンターにちょこんとつけられているリボンと同じ色だ。いつもはきれいめの大人っぽい黒いブラなのに、同じ黒でもかわいい。
「トキヤ今日のはかわいいね?」
「ん…いつもと同じ黒ですよ…」
「同じ黒でも違うんだってばあ」
 ふにふにと白い胸を揉んでると、トキヤも音美も体温が徐々にあがっていくのがわかる。心臓もどきどきしているし、息も短くなる。
「あ、あなたも脱いでください」
「はいはい」
 トキヤに馬乗りになったまま、音美も制服を脱ぐ。彼女の豊満な乳房が零れ落ちそうだった。その大きさにトキヤの視線は釘づけだ。
「お…大きいですね、相変わらず」
「トキヤはちっちゃくてかわいいよ!」
「…ケンカ売ってるんですか?」
「あはは!褒めてるんだけどなあ」
 音美の下着はパステルカラーが多かった。薄い水色やピンクは、健康的な肌を持つ彼女の肌にはとてもいやらしく映える。トキヤは特に彼女がまっ白い下着に身を包んだ姿を見たときが一番どきどきしたのを覚えている。何もかも自分の体つきとは正反対だと思った。
 そして今日も定例にそぐわずミルキーピンクと、チョコレート色の花柄のレースであった。
「トキヤ、顔真っ赤…」
「し、仕方ないでしょう」
「うん、そうだね。しょうがないよね」
 目の前で音美がブラを取り外すと、トキヤも上体を起こしてホックを外す。その動作が和解している上での行為だと思えて音美にはやたらと嬉しかった。トキヤも始めの頃に比べれば、なんと羞恥心が剥がれ落ちたことだろうか。
ついにトキヤは黒いショーツのみになってしまった。たまらなくなって音美は彼女の胸を揉みしだき、頂きに吸い付く。あっとトキヤが声をあげた。
「ん…ふ、あ…」
「ん…ちゅ…」
 むくむくと硬くなっていくそれを音をたてながらしゃぶる。その声を聞くだけで自分自身も濡れてしまいそうだった。
「んんっ…あ、あっ…!」
「トキヤぁ…」
 指先を伸ばし、すりすりとトキヤのショーツのクロッチを撫でると、じんわりと濡れているように感じた。嬉しくなってゴクリと唾を飲み込む。
「脱がすね」
「あっ、まっ、待ってください…っあっ」
「もートキヤうるさい!えいっ」
 ゆっくりとそこを脱がすと、ショーツと陰部が糸を紡いでいた。しっとりとそこは濡れている。茂みをかき分け、指先を埋めると少し驚くぐらいぬるぬるしていた。
「まだチューして、おっぱい舐めただけなのにこんなに濡れて…」
「〜〜〜〜!あっあなたは!恥じらいと言うものを!」
「トキヤって濡れやすい?」
「………っ」
 トキヤの白い頬はリンゴのように真っ赤になっていく。幼く見えてかわいかった。
「あなたが…」
「ん?」
「音美が、触るから、私はこんな風に…」
 トキヤの消え入りそうな告白に、こちらまで顔をぼんっと赤くしてしまった。そして音美もショーツを脱ぎ捨て、ぐいっとトキヤの手を握り、自身の下腹部へ導いた。
「ひっ!?お、音美…」
「おれも、おれもトキヤに触ってたら、トキヤのやらしー顔見てたらこんなに濡れちゃった」
 トキヤの指先が自身の肉の狭間に埋められていく。その感覚に身悶えた。
「は、は、ふは…っトキヤぁ…」
「音美…」
「んあっ、こんなに感じちゃうのはトキヤの指だからだよ…ああっ!」
 トキヤの指がふいに陰核に触れると、びくびくと全身に痺れが走った。
「そこもっと、いじって、摘まんで」
 普段見せない音美の表情にトキヤは心臓が壊れそうなほどにどきどきしてしまう。自身の些細な動きでこの少女を翻弄をしているのだ。
 初めて彼女の愛撫で絶頂に達したとき、トキヤはもう元には戻れないような気がした。
 けれど後悔はしなかった。心から音美が好きだったからだ。そしてこの感情にも間違いはないと思っていた。
 それは音美とて同じ事であった。けれど意外なことに音美はトキヤよりもこの関係性に不安を抱いていた。



 夜はあんなに乱れていたのに、校内でのトキヤは優等生そのものだ。けれど以前よりずっと柔らかい雰囲気を持つようになっていた。音美と付き合うようになってからだ。
 それからのトキヤはよく人に囲まれるようになった。それを遠目で見ては切ない気持ちに襲われていた。
 トキヤは誰が見ても美しい少女だ。まさに高嶺の花と言った表現がぴったりと当て嵌まる。彼女に恋焦がれる男子生徒は相当な数だろう。それなのに女の自分と毎晩あんなことをしている。それに背徳的なものを感じずにはいられなかった。けれどトキヤが好きでたまらなかった。彷徨う熱をうまく消化できなかった。
 暴挙に走ったこともある。あの夏の日、音美は兄のハヤトにわざと見せつけるように彼女の部屋で不埒な行為に至った。誰かに見せたかったのだ。こんなきれいな彼女は自分のものですよ、と。
「今日はギターでもひとりで練習しようかな…」



「音美ちゃん」
 放課後、ふいに呼ばれて振り返ると、意外な人物がいた。トップアイドルであり、トキヤの双子の兄であるハヤトだ。
「えっ…なんでこんなとこに」
「ちょっとこっちの社長さんに用事があってね。もう帰るところだったんだけど君がいたから」
 ほわほわと笑って話す姿は愛らしい。しかも、どこから手に入れたかは不明だが、なぜか彼はこの学園の制服を着ていた。だからなのか、まわりの生徒もハヤトだと気付く者は少ないようだった。そもそもこの渡り廊下は人が少ない。時間も中途半端な昼下がりだ。まるでトキヤが男になったみたいだなあ、とぼんやりと彼を見つめた。
 だが正直、音美はハヤトに良い感情は抱いてなかった。この兄妹はどちらも依存心が一般的な兄妹に比べて強すぎると思っていたからだ。
 ハヤトは簡単にトキヤを奪っていける。いつだってそんな不安を抱いていた。
「ちょっとトキヤのことで相談があるんだけど、いいかな?」
「…どうして、おれ?」
「君しか思いつかなかったんだよ」
 ニッコリとハヤトが笑う。トキヤそっくりの笑顔で、悔しいけれどドキリとしてしまった。
「うーん…じゃあ、音楽室つかう?おれちょうど自主練しようと思っていたから」
「君と話せるならどこでもいいよ」
 何か嫌な予感がする。なんとなくハヤトの笑みにそんなものを感じさせた。


 ハヤトはグランドピアノの椅子に座り、音美はアコースティックギターのチューニングを始めた。どことなく気まずい空間であった。始めは世間話などしていたが、音美はなんとなくハヤトの聞きたいことを察していた。
 あの夏の日、音美がトキヤを襲ったとき、ドアが開いていたのも覚えているし、そのとき階段がギシギシ鳴っていたのも覚えている。あのときハヤトはきっと垣間見たのだ。音美とトキヤの情事を。
 空間を切り裂くようにハヤトがついに口を開いた。
「君とトキヤはただの友人じゃないでしょ」
「…うん、恋人だよ。あっ早乙女学園恋愛禁止だからこれ内緒ね?」
 ふふふと笑ってみせると、トキヤの表情から笑顔が消えた。
「女同士なのに、こんなの変だよ…おかしい」
 ハヤトのあからさまな言い方にむっとしてしまう。ただでさえハヤトに嫉妬しているのに、自分たちの恋愛の形まで否定されて、ますます頭に血がのぼっていくようであった。
 その感情が隠し切れずにやや乱暴にギターのストラップを外し、ケースにしまう。バチンバチンと音が大きく鳴った。
「女同士だから、何もできないって思ってる?」
「は…?」
「これで、トキヤは十分」
 音美はすくっと立ち上がり、その手をひらひらとさせた。ハヤトは心底不思議そうな顔をした。
「トキヤってね、浅いところで抜き差ししながらキスするとすぐに濡れちゃうんだよ。小さなあそこはぷっくりと膨らんでいくの。触っていくうちに硬くなっていくのがわかって、おれすっごい興奮しちゃうんだよ」
「…っ君は…!」
 だん!とハヤトは音美を壁際に追い詰めた。ハヤトは細身であるが身長は高い。細い手首を締め付ける力は男のものでしかなく、音美は小さな恐怖を胸に抱いた。
「人の妹に何を…」
「だって好きなんだよ!好きな人にいやらしいことをしたいって思うのはいけないこと?」
「君たちは間違ってる!トキヤは、今まで友達がいなかったから、勘違いしているんだ…!」
「…っ前から思ってたけど、ハヤトとトキヤって双子だからってべったりしすぎじゃない?いくら双子って言っても、それこそ限度が…」
「君に何がわかるんだ」
「…痛…っ」
 ぎり、と力が強まる。音美が顔を歪ませるとハヤトはすぐに緩めた。けれど彼女と彼の距離はますます近づいていく。ハヤトがぐん、と彼女の脚の間に膝を割りいれたのだ。短いスカートがわずかにまくり上げられ、健康的な太股がますます露わになる。
「ひっ…や、いやだ…」
「僕とトキヤは他人には理解されない絆で繋がっているんだよ」
 ハヤトは表情も変えずに淡々と言葉を紡いだ。温度の無い表情と声色だった。音美の心臓は不安定に鳴っていく。唇がいつ触れ合ってもおかしくない距離だった。
「…キンシンソーカンとレズ、どっちがタブーだと思う?」
「は、離れて…」
「君は男がだめなの?」
「……やっ」
 耳元で囁かれ、顔に一気に熱が集まった。ハヤトの声はとても優しいけれど温度がない。それがますますぞくぞくさせてしまう気がした。
「兄妹のいない君には、一生わからないものだと思うよ」
「―!」
 ドンっと力いっぱいハヤトの胸を押し出すと、思いのほか薄い体は簡単に離れた。いまだに音美の胸はばくばくと嫌な心臓の音で響いている。もはや、目元に涙をいっぱい溜めていた。ハヤトはゆったりと笑みを浮かべたが、目だけは笑っていなかった。
「ずるい…ハヤトはずるい…」
「………」
「家族の絆なんてなくっても、ハヤトは男だから…簡単にトキヤと繋がれるのに…ずるいよ…」
 ボロボロと音美は涙を流した。するとハヤトが頬にそっと触れた。けれど彼の顔を見る余裕などない。俯いたままであった。
「おれは…トキヤが好きなだけなのに…っおれは…」
「うん、僕もトキヤが大好きだよ」
「…っ」
 キッと音美が上目遣いにハヤトを睨みあげると彼はおかしそうに笑った。
「はは、なにその顔。かわいい」
 そのまま涙をすくいあげ、ハヤトは音美の額にちゅっと音をたてて唇を落とした。
「かわいいんだから、おれって言うのやめればいいのに」
 ハヤトの行動に、開いた口が塞がらない。ハヤトはもう仕事だからいかなくちゃ、と言って、離れた。
「それじゃバイバイにゃあ」
 バタン、と扉が閉められる。もう音美の頭の中はぐしゃぐしゃだ。声もなく泣いた。
 ハヤトとトキヤは同じ顔だ。だからこそどうしても拒みきれないし、どきどきしてしまう。そんな自分に一度自己嫌悪するととまらなかった。



「ただいま帰りました!あれ?」
 トキヤが部屋に戻ると、そこは真っ暗だった。不思議に思っていると、音美のベッドが膨らんでいる。
「音美?具合でも悪いのですか?」
「んん〜…」
「音美…?」
 むくりとこちらに向いたは良い物の、暗がりでは彼女の表情はイマイチ読めない。
「ねえトキヤ、キスして」
「なっ!何を言っているのですか!あなたはまったく…!」
「はは!超慌ててる」
「からかっているのですか!?」
「ふふっ、そんな声裏返さないでよお…んっ」
 ちゅっと頬にトキヤがキスをすると、やたらと大きくびくんと音美の体が揺れた。
「…何かあったのですか?」
 すり、と彼女の手を握ってやると、請うような目でトキヤを見つめてくる。そして、たどたどしく口を開いた。
「トキヤは、自分の価値全然わかってない」
「はあ?なんで私の話になるんです」
「自分が宝石だって気づいてない。たくさんの人に愛されているのに、大事にされているのに…」
「…音美?」
「トキヤのこと、こんなに好きなのに……」
 握り返され、熱い手がトキヤの白い手を包む。それは予想以上に強い力であった。
「私だって音美のこと好きですよ」
「ホント?」
 もそもそと彼女が起き上がる。トキヤはベッドサイドの明かりを灯してやると、オレンジの光に彼女の顔が浮かび上がった。目元が腫れている。涙のあとが残っているではないか。
「本当に…何があったんです」
「トキヤのこと好きすぎて、不安になった」
「…おばかさんですね」
「どうせ!おれはばかだよ!女なのにこんな言葉遣いだし…っ」
「ああもう!泣かないでください!この私がこんなに好きだと言っているのにまったくあなたは!」
「んむっ!」
 ぶちゅっとこちらから唇を押し付けても音美は泣きやまなかった。それどころかボロボロと涙を流し続けるだけだ。大粒の涙が頬を滑っていく。それが妙に艶かしく、美しく見えた。
「あなたの涙のほうが、宝石みたい…」
 気づけばそんな言葉を流していた。何を言ってるんだ自分はと後から恥ずかしくなってしまったが、音美は笑ったりしなかった。
「こんなおれにも、宝石のような価値があると思う?」
「ええ、ありますよ。私にとっても…世界にとっても」
「何で世界?」
「あなたはアイドルの原石ですから」
 音美は一瞬面食らったような顔をした。そんな表情がめずらしくてクスクス笑ってしまうと彼女も釣られたように笑った。
「ねえ、今日は一緒に寝よう?えっちなことしないから」
「本当ですか?約束ですよ」
「でも、手は繋ごうね」
 トキヤは制服を脱ぎ捨て、下着のまま彼女の布団に潜り込む。きゅっと手を繋がれ、そのまま一つのベッドで眠りについた。