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君の瞳は宝石


※すっごーーーーく捏造パラレルです!トキヤと音也(音美)は女体化しています。ですがトキヤとハヤト双子設定で、ハヤトは男子です。トキヤはイチコちゃんではありませんので敬語キャラです。百合です。


 トキヤのきれいな瞳を見ていると、彼女にとって世界はどのように見えているのだろうと思う。きっと世界にひとりきりだと思っているに違いない。
 双子の兄は華々しく芸能界にデビュー。その妹は追いかけるようにこの学園に入った。目標を達成するためならば手段を選ばない彼女はひたすらストイックにアイドルの道を志した。年頃の彼らと言えば恋愛に一番関心の強い時期だ。けれどトキヤは必要以上に誰かと触れ合うことはしなかった。一十木音美を除いては。
 同室であるから仕方がない、と始めトキヤは割り切って接するようにしていた。けれど犬のように懐き、コロコロと表情豊かな彼女にほだされるのはあっという間であった。そもそもトキヤは涼しげな容貌と口数の少なさからクールな印象をもたらすが、本来は心優しい少女でもあった。それを知っているのは音美と彼女の双子の兄、ハヤトだ。
 夏休みに入る前、トキヤはハヤトに音美を紹介した。ハヤトは、彼女の存在に大喜びした。
 今まで劇団ではハヤトとトキヤはいつもべったりで友人らしい友人がいなかったのだ。ハヤトは持ち前の社交性と明るさでそれなりに友人と呼べるものもいたが、いつだって大人に囲まれていた。そんなときのハヤトは近寄りがたい雰囲気でトキヤは遠くから見ているだけだった。ハヤトはそんなトキヤが心配だった。早く彼女に女の子の友達ができればいいのに。いつだってそう思っていた。きっと女の子でしか解決できない悩みも出てくるし、兄妹では尚更相談しにくいこともあるだろう。そんなときトキヤが膝を抱えてしまわないか、本当に心配していたのだ。

 トキヤの友人というからには、思慮深く大人しそうなタイプだと思っていた。仲がいいのだと見せてもらった写真を見て、真っ先に黒髪のストレートの知的な少女を指すとトキヤはふふふと笑って「それは聖川さんですよ。音美はこっち」と赤髪のショートのボーイッシュな少女を指した。ハヤトは意外に思った。そして、聖川と言う少女は名字にさん付けで呼んでいるのに音美という少女には呼び捨てなのか、と思った。
 そして、音美とハヤトが顔を合わせたときなぜ二人がこんなにも仲が良いのか合点がいった。音美はハヤトに似ているのだ。明るく、おしゃべりで、甘え上手。トキヤも音美に何かと頼まれごとをされては断れないのだろう。ハヤトは満足げに息をついた。
「どうしたんです、そんなにニヤニヤして」
「えー?ニヤニヤしてるかなあ」
「だらしのない顔をしていますよ」
「…君に親友ができて僕は心から嬉しいんだ」
 ハヤトは柔らかく言ってみせたが、これは半分本当で半分嘘だった。
 もちろん彼女に親友ができたのも嬉しいが、その気持ちよりも勝ったのはトキヤがハヤトに似たタイプを友人に選んだと言うことだ。彼女がまだどこかで自分を求めているような気がしていた。
 ハヤトは自信満々にアイドルスマイルで音美にトキヤをよろしくねと手を差し出した。音美も負けないぐらいの笑顔で元気よく「ハイ!」と返事をした。トキヤはまったく調子が良いですと苦笑していたけれど、今までとはまるで温度の違う笑みだった。
「トキヤのお兄さん、やっぱり似てるね」
「え?」
「はい?」
 トキヤとハヤトがほぼ同時に返事をすると音美はほらやっぱりとケラケラ笑った。トキヤとハヤトは不思議そうに顔を見合わせる。音美はハヤトの手を握ったまま、人懐っこく笑いすらすらと言葉を並べた。
「トキヤのお兄さんって、確かに一見ほにゃほにゃしてるし、正反対だけど、本当は真面目って感じするもん。今だって妹、超大事にしてますオーラびんびん伝わるし。あとねえ、笑い方が似てると思う。あっつくったスマイルじゃなくってふとした瞬間の笑みっていうのかな?」
 唖然としているハヤトを後目にトキヤが口を開いた。
「ふふ…そう言ってくれたのはあなたぐらいのものですよ」
「ええ?うそお!」
「顔はそっくりでも雰囲気や性格は正反対だと言われ続けた私たちですから」
「俺には全部似ているように思えるけどなあ…ねえ?おにーさん?」
「えっ!ああ、そう、かな…」
「ハヤト?」
 いつもだったらすぐにぺらぺらと言葉が出るのにハヤトは上手な甘ったるいセリフがでてこなかった。
 ハヤトが一番ほしかった言葉を音美が簡単に、かつ初対面で言いのけたからだ。事実、彼女の言う通りハヤトは真面目な性格だと自負していた。そして、いくらまわりが正反対だと言っていてもハヤト自身はトキヤと似ていると思っていたし、言われたかった。
 やっと自分の理解者が現れたのだ。急に彼女と握手した手の体温が生々しく感じる。とんでもなくらしくなく、ありがとうにゃあとお礼を言った。
 ハヤトが音美に恋に落ちることはそう理解しがたいことでもなかった。



 真夏の昼下がりのことだった。
 夏休みに入ったからとトキヤが実家に音美を連れてきた。聞けば彼女は施設育ちで夏も寮で過ごすつもりだったと言う。
 ハヤトはと言うともちろんアイドルに夏季休暇などないが、夕方からの収録のみで昼はのんびりする予定だったのだ。
 音美は突然すみませんと申し訳なさそうにしていたがハヤトは歓迎した。夕方からはこの家にトキヤを置いてしまうことになっていたのだ。母親は実家へ帰省していたし、せっかく帰ってきてくれたトキヤをこの家でひとりぼっちにさせるのは気がひけていた。
 どうぞどうぞと音美にスリッパを渡し、おみやげだと言うケーキも頂いた(このケーキも彼女自身の気遣いと言うよりはトキヤの気遣いのように感じた)。
 健康的にすらりと伸びた脚がありがとうございますうと言ってスリッパに差し込まれる。そういえば彼女だってアイドル志望なのだ。トキヤとはまた違った魅力に包まれている。ボーイッシュなのに時折やけに色めいた視線を散らばしているのだ。
「ねえ、おれトキヤの部屋見たいなあ」
 ぴたっとトキヤの腕に絡みついて、甘ったるい声をだした。豊満な胸がむぎゅむぎゅとトキヤに押し付けられている。もちろん彼女は女性なので音美のそんな仕草にも気にすることはない。
「別にかまいませんが…何もありませんよ?」
「トキヤが寝たり起きたり過ごした部屋が気になるんだよ!ねえ、いいでしょ?」
「あなたは…何を…っ」
 突然カ、とトキヤが頬を赤らめた。親友にしてはやたらと温度の高い空間だ。それにハヤトは居心地の悪さを感じた。
 音美はアイドルであるハヤトに特に興味があるようには見えなかった。けれどハヤトは、音美は芸能人、一般人と括りをつけない平等な人物なのだと好意的解釈をし、ますます惹かれてしまった。
「部屋いってきたらどうかにゃ?トキヤの部屋そのままにしてあるよ」
「今日仕事は…?」
「夕方からだよ」
「ああ…そうなんですか。でしたら体休めた方がいいですよね…最近すごく忙しいですし、顔色も悪い…」
 するっとトキヤがハヤトの頬に触れる。夏なのに冷たい彼女の指先がとても心地良い。久々の距離だと思った。
「大丈夫。ありがとう」
「働きづめですし、あまり無理はしないでくださいね」
「うん!あっほら、せっかく音美ちゃんがきているんだし部屋にいっておいで」
「…はい」
 学園に入学する前に比べたら本当にトキヤは柔らかく笑うようになった。それもすべて音美という少女のおかげなのだろう。ハヤトは少し悔しい気もしたが、彼女にならまかせられると思った。いつか三人で遊べたりしたら楽しいだろうなあともぼんやり思った。
 では、と二人は二階へ階段をのぼってしまった。ケーキを冷蔵庫に入れようと足を進めるとふと階段で揺れるスカートに目がいってしまった。
 トキヤは今日、ブラックの細身のスキニーパンツを履いていたはずだ。と、いうことはあの短いスカートの中身の持ち主は…。
 そこまで考えてハヤトはぶんぶんと頭をふった。
「白かあ…」
 予想通りと言えば予想通りであった。ハヤトは音美のことを考えない日々などなかった。
「お茶でもいれよう」
 ハヤトはごまかすようにやけに大きなひとりごとを呟いた。



 氷のいれたグラスに冷たいアイスティーをいれるとカラカラと涼しげな音を鳴らした。宝石のようにそれはきらきらと輝いている。
 パカリとケーキの小箱を開くと、そこにはチョコレートケーキとショートケーキが二つずつ。どちらがどちらを選ぶのが明白でハヤトは小さく笑った。
 トレイにケーキの乗ったお皿二枚とグラスを二つ用意し、トキヤの部屋へ向かう。可愛らしい二人は何をして遊んでいるのだろう。
 少女たちはとても華やかで柔らかい。いるだけで雰囲気が明るくなる。本来、アイドルはそういったものを求めているのだ。今の自分はアイドルとは離れてきている。そのことについて考えると答えは尽きないし見えない。
 暗くなりそうな自分を慌ててふりきって、彼女たちの部屋へ向かった。
「あっ…」
 高い女の声が聞こえた。その声はどちらとも言えぬ声のように思えた。
「あっ、待って、待ってくださ…っ」
 その声は妹のものだとすぐにわかった。だが、様子が少し変だ。ハヤトは慎重に音をたてぬように階段を一段一段踏んでいく。こめかみに汗が一筋流れた。じめじめと暑く、湿った空間だ。
「あのっ…音美…下には兄もいますし、こんなところではちょっと…」
「んー…でも我慢できない」
「…やんっ!だめっ!だめです!やだ、脱がしちゃ嫌です…」
「本当に嫌だったらちゃんと抵抗できるよ…ほら、脱げちゃった……」
 ぴしりと体が凍りついた。あの一瞬聞こえた艶めかしい声は妹のものだと言うのか。カタカタとトレイを持つ手が震える。
「トキヤ、かわいい…好き、好きだよ…」
「んっ…私もです…」
 はっとしてハヤトが顔をあげると、扉の隙間から彼女の黒いパンツが身をのばしているのが見えた。脱いでいるのか。そもそも扉は開いているのか。もはやここまでくるとわざととしか思えなかった。
 ハヤトはまた音をたてぬように階段を降りた。本当は急いで駆け下りたかった。けれど冷静な自分がそうしなかった。
 ダイニングに戻ると、冷房がやけに効いていると思った。そっと首筋に触れると汗ばんでいる。氷をいれたアイスティーはもう溶けている。ケーキはそのままラップをかけて冷蔵庫にいれたが、薄くなったアイスティーはびしゃりと流し場に捨てた。
 一十木音美は親友なんかではなかったのだ。
 先ほどまで恋焦がれていた彼女の姿はどこへやら、ハヤトは憤りのようなものさえ感じていた。世界で一番大切な妹が汚されたも同然ではないか。トキヤは騙されているに違いない。あの過剰な触れ合いも友人の延長線だと思っているのだ。
 けれども音美のトキヤに対する感情、触れ方は同性愛のそれである。もっとよく考えればよかった。あの二人に感じた怪しい雰囲気も。
 ハヤトはただただ後悔した。結局、ハヤトにとってトキヤはそれほどまでに大切だったのだ。何よりも大切な宝石だ。
 物悲しい気持ちでふて寝を決め込んだハヤトはソファでそのまま少し眠りについた。


「時間だ…」
  携帯のけたたましいアラームが鳴り響く。17時だ。そろそろ用意しなければと思い、肩をコキコキしていると、どたどた階段を降りる音が響いた。
「お邪魔しましたー!」
 やけに元気のいい少女の声が響く。恐る恐る玄関を覗くとやはり音美がいた。トキヤもいる。トキヤは黒いパンツをちゃんと履いていた。
「あっ、もう帰っちゃうの?」
 非常に曖昧な笑みを浮かべてハヤトは言った。いつものアイドルスマイルを浮かべられるほど余裕はなかった。音美のほうはと言うと、現役アイドルのように笑っている。
「はい、あまり長くお邪魔すると迷惑だから…」
「そう…」
 内心、彼女が泊まらなくてよかったとハヤトは思っていた。泊まられたら今度こそどうなるかわからない。いやむしろすでに一線越えているのか?それともやはり過剰なスキンシップなだけなのか。いずれにせよ弄ばれているトキヤが心配だ。
「トキヤはどうするの?」
「私は…今日は家に泊まりますよ。ハヤトとも話したいし」
 トキヤにはにかみながら言われて、胸がきゅうんとしてしまった。かわいい。ふと音美の顔を見ると不機嫌そうな顔をしていた。なにその顔。するとトキヤが気づいたのか、音美の頬に触れる。
「明日には帰りますから、そんな顔しないでください」
「うん…だってハヤトは家族だもん。色々話したいことあるよね」
 そのままトキヤの手の上に手を乗せ、上目使いでそんなことを言う。一瞬、僕にもそんな顔してくれないかなあ、とハヤトは思った。
 まだ、惹かれる節がないとは言えない。二人がそんな関係だと信じたくない。だって女と女なのに。
「じゃあね、トキヤ…ハヤトさん」
 寂しそうに笑って手をふる彼女はパタンと扉の向こうに消えた。その寂しげな顔に胸がざわつかせる。何よりも初めて僕の名前を呼んだのではないか。心臓がバクバクとしている。かーっと全身が熱くなった。
「あっ、ハヤト。私、音美を駅まで送っていきますね。仕事の時間大丈夫ですか?」
「えっ、あっ、うん」
「私が時間までに戻らなかったらちゃんと戸締りしてくださいね。私も鍵持って出ていくので…ったく、あのひとは…」
 トキヤが勇ましくバタン!と扉を閉じて、またもや彼女も消えてしまった。
 もう二人はこの扉の向こうから帰ってこないのではないのかと、らしくもないことを思った。
「仕事…いかなきゃにゃあ…」
 どんな複雑な気持ちを持ったままでも、今日はケーキでもゆっくり食べたいと思っていても、仕事にはいかなければならない。アイドルとはそういうものである。


音美ちゃん編へ続く