o-t | ナノ

Don't cry baby



※卒業後の話です


―♪

ふと、ピアノの音が耳を擽った。
軽快なリズムと相まって流れるのは華やかなメロディだ。この感じは嫌いではない。それにこのピアノを弾いているのは七海くんであろう。
どれ、レコーディング室でも覗いてみましょうかと扉を開くとそこには七海くんと、もう一人制服の男がいた。背は私と同じぐらいで、黒髪の…。

「あっ一ノ瀬さん…?」

七海くんが振り向き、ピタリとピアノが止む。楽譜を持ったまま男は振り返らない。

「あ、もしかして次の時間予約してましたか?」
「いえ…君のピアノが聴こえたものでしたから…良い曲ですね」
「そっそんな!恐縮です!でもHAYATO様をイメージしてつくった曲なのでそう言って頂けると嬉しいです」
「HAYATO…?」

その名前に思わず眉をひそめてしまう。そこでやっと男が振り返った。

「え…」

その姿を見て驚愕した。そこにいたのは紛れもなく私と瓜二つの人物だったからだ。しかし雰囲気がまったく違う。これはまるで…。

「春歌ちゃんこの曲僕のイメージでつくってくれたんだ。なんだか照れるけど嬉しいにゃあ!」
「は、はい!HAYATO様のきらきらしてて元気になれるイメージをしてみました」
「ふーん。君には僕がこういう風に見えてるんだねっ」

顔を熟れた林檎のように紅潮させた七海くんは彼をHAYATOと呼ぶ。そんなことはありえない。なぜならHAYATOは私だからだ。目の前の早乙女学園の制服を着る男は何者だ?HAYATOの偽者か!

「あなた、何者ですか?」
「ん?」

つかつかと歩み寄ると、ますますその顔立ちが近づく。その顔はHAYATOでしかなく、背筋に冷たいものが走った。

「…っこんな学園の制服など着て、どういうつもりなんです?この偽者め」
「君こそそんな格好してどういうつもりなのかにゃ?」
「どういうつもりって…」
「よーく見てごらん。君の格好を」

至近距離で囁かれ、私は自分の格好を見下ろす。
思わず持っていた楽譜をバサバサと落としてしまった。
私は紫色のジャケットに白のフリルシャツとHAYATOの格好をしていたからだ。

「な…何で…何でこんな格好で学園に…」
「トキヤ。君はテレビの収録があるはずだよ」
「そんなものはありません!卒業オーディションが近いんです、番組収録は減らして…っ」
「一ノ瀬さん、卒業オーディションどなたとペアを組むんですか?」

七海くんの穏やかで小鳥のさえずりのような声が響く。その甘い声から紡ぎだされるセリフはえらく毒々しい。

「七海くん、何を言って…君は私とペアを…」
「え?私のペアはHAYATO様ですよ?私では、力不足かもしれませんが…」
「僕からお願いしたんだよ。どうしてもオーディション合格したくてね」

目の前で七海くんはHAYATO に肩を抱かれていた。愛しげに目を伏せるHAYATO、それに応える七海くんの瞳。この空間で私だけが異質だった。
冷たい汗がこめかみを濡らす。こんなふざけた衣装を着て私は何をやっているんだ。

「じゃあね、トキヤ。明日のおはやっほーニュースも楽しみにしているよ」
「ふざけないでください!こんなの…こんなのありえない…っHAYATOなんていないはずです!」
「一ノ瀬さんどうしてそんな悲しいこと言うんですか?」
「そうだよトキヤ。どうしてそんなことを言うの?僕がいなければ芸能界にいけなかったのに」
「違う!HAYATOさえいなければ、私はもっと自由に歌うことができた!HAYATOさえいなければ、HAYATOさえいなければ、」

HAYATOさえいなければ…!

***

「うっ…くっ、…HAYATOなんて消えればいい…っ」
「…っトキヤ、大丈夫!?」

はっと目が覚めると、そこはいつもの自室の天井であって。腕をくんと動かそうとすると音也が心配そうに手を握ってくれていた。暗がりでもわかるほどに彼の目は涙目であった。

「ゆ…夢…」
「トキヤうなされていたよ?大丈夫?寝言にしては尋常じゃないから心配になっちゃって…」
「私は何か言っていましたが?」

ベッドの傍らに座り込む音也が息の飲んだのがわかった。そして悲しそうに眼を伏せながら重々しく口を開く。

「HAYATOなんて、消えればいいって…」
「………」
「それがトキヤの本心?」

壊れ物に触れるかのような音也が私の頬に触れる。ギターの練習するあまり硬くなった指先が私の、眉、目元、鼻、頬、唇とパーツを確かめるようにたどった。

「わ…わからない…けれど、夢を見て…っ」
「うん」
「卒業オーディションで、私とペアを組むはずだった七海くんがHAYATOと組んでいて…私がHAYATOになっていて…私はHAYATOになんかなりたくなくって…」
「うん」
「もうHAYATOなんてなりたくない…私はトキヤなのに…」
「HAYATOはトキヤを苦しめるんだね?」

音也の掌は首筋をなぞり、鎖骨、最後に左胸に触れた。緊張して胸の鼓動が早くなる。音也に聞こえたら少し恥ずかしいなと見当違いなことを一瞬考えた。
HAYATOからトキヤになりたいがために私は早乙女学園に来た。自分が歌いたい歌を歌いたくて、これ以上偽りたくなどなかったからだ。
結果、私はオーディション優勝はできなかった。それでも合格範囲には入り、デビューはできた。
優勝できなかった私を襲う日々は思いのほか過酷であった。すぐにはHAYATOを引退させることはできないと言われたのだ。それでもオーディションにはトキヤとして出演している。トキヤとしてのオファーも来るようになった。HAYATOとして番組出演をして、時にはトキヤとしても仕事をこなす。もはや自分が誰なのかわからなくなってきていた。音也は着々と一十木音也として仕事をもらっている。それに比べて私はHAYATOとしてもトキヤとしても中途半端だ。

「トキヤはHAYATOが嫌い?もうHAYATOなんて捨てたい?」
「……っ私は…もうっ…」
「うん…」

音也がそっと背中を撫でてくれる。その温かさにつられて私はその言葉を口にしてしまった。

「限界です…逃げ出したい…」

夢を叶えるまでは絶対に弱音は吐かないと決めていたのに、私はついにそれをしてしまった。音也は咎める視線を送ることなく私に優しく微笑む。栓が外れたように、私はぼろりと大粒の涙を流してしまった。喉が熱く焼けるような痛みもなく、静かに私は泣いた。粒となってそれは私の頬を濡らす。音也はずっと背中を撫でてくれていた。

「じゃあ、逃げようか?」
「…っえ?」
「俺と一緒に逃げよう。全部捨てちゃおうよ」

甘く低く囁いて、音也は無骨な指先で私の涙を拭う。いつもと何ら変わらない表情と体温と声色だった。

「うーん…夜中の二時まわってるね。ぎりぎり間に合うかな。始発でいこう。社長やみんなにばれるとまずいし」
「音也…?」
「あートキヤは顔洗ってからでいいし…落ち着いてからゆっくり準備して」

愛しげに髪を撫でられ、心地よさに瞼を閉じてしまいそうになる。ふっと笑って音也は私の頬に軽く口づけた。流されそうになるが、今がどういう状況なのかまったくわからない。急にせわしない雰囲気になった。

「どこかへ出かけるんですか…?」
「うん。HAYTOも何もないところへ行こう。俺、トキヤと一緒ならどこだって平気だから」
「どこへ…」
「どこでもないよ。俺たちのこと知らないところならどこへだって。あっ貯金なら少しあるし…もしものときは路上で歌えばいいよ。俺昔やってたことあるんだ。案外いけるよ。それにトキヤの歌唱力ならすぐに貯まる」

そう言うと音也はおもむろにバタバタと準備しだした。大きなカバンを取り出し、そこには楽譜やら何やら入れている。冷蔵庫からペットボトルを詰め込み、お菓子もいれていた。いまだパジャマの私はそれをぼうっとしたまま見ていた。

「トキヤちょっとは落ち着いた?ほら始発乗るんだから準備しないと!パジャマも脱いで。脱げないなら俺が…」
「じっ、自分でできます!」

ボタンを二つ外そうとしたところで、慌てて制すると音也がニコリと笑って、やっと大きな声聞けたと言った。すぐさま顔が熱くなる。彼のはつらつとした笑顔も魅力的だが、二人きりのときにしか見せない甘ったるい笑顔に私はからきし弱かった。少年と青年の境目の色のある表情だ。

「とりあえずシャワー浴びてきます…」
「うん、すっきりさせておいで」

音也は私に逃げようと言った。HAYATOも何もない世界に行こうと言ってくれた。音也がいて、HAYATOも何もない、好きなだけ歌っていられる世界。それは私の求める理想郷であった。



浴室からあがると、大きな荷物とギターが置いてあった。音也はパラパラと教科書を見ている。

「一番早いので五時前があるよ。それに乗っていこう」
「ええ…。本気なんですか、音也」
「ん?」
「本当に私と、HAYATOのいない世界へ行ってくれるんですか…だってこんなことただじゃ済まされない…」

ぼたぼたと私の髪が濡れて、床を濡らす。音也が近づく気配がして、視線をあげると、わしゃわしゃとタオルで拭いてくれた。

「俺ねえ、案外簡単に捨てられるんだよ。色んなもの。小さいころから共同生活で、俺だけのものっていうのが人より少なかったから」

タオル越しに音也の声が聞こえ、音也の掌の体温が頭を撫でる。私は黙って彼の話を聞いていた。

「執着できないんだきっと。だからどこへだって行ける。トキヤが一緒なら、トキヤとならどこへだって…」
「…それは私には執着してくれているということですか」
「そうだね。トキヤだけは絶対に捨てられないなあ…」
「そうですか…」

音也のこの言葉に参ってしまったのか、私は髪を乾かした後、すぐさま用意した。必要最低限のものだけ鞄に詰めて、HAYATOの衣装は置いて行った。
夜明けと共に私はこの部屋を出る。妙な解放感に包まれていた。早朝だから誰もいないだろうと音也が私の手を繋いだ。それだけで世界に二人しかいないような感覚に捕えられた。



ここの電車はこんなにも広かったのかと、まず思った。薄暗い社内には朝焼けの光が射している。もぬけのからといったように何もなく、閑散としていた。
ガタンガタンと揺れながら、私たちは隣の席に並ぶ。独特のリズムに眠気が誘われる。私が眠そうにまばたきをしていたことに気付いたのか音也は私の頭をそっと抱いた。

「眠い?俺によっかかっていいよ」
「……でも」
「誰もいないから大丈夫。トキヤ、夢見悪かったんだし、寝てていいよ。起こすから」
「はい…すみません…」

音也の声は私を眠りに誘う。甘く甘く、引きずり込む。私は音也の声がとても好きだった。彼のの笑顔や性格、すべて好きだったけれど、やっぱり歌が好きだった。

「おやすみトキヤ」

そう囁かれ、髪にキスされた。それがおやすみのキスのように私は眠りについた。

***

「ん…」

目が覚めても、まだ電車に揺られていた。朝焼けから、早朝になっている。空がずいぶん明るくなり、人はまばらと言えども増えていた。

「今…どこですか」
「あ、トキヤおはよー」
「ここは…」

次は○○…○○…。

聞いたことのない駅の名前がアナウンスされた。私は少しだけ胸が不安に鼓動を打つ。そういえば今日の収録は、スケジュールは何だったか。マネージャーに連絡はしたほうがいいのだろうか。段々と頭が覚醒していくようだった。

「音也、ここはどこですか」
「え?俺もわかんないよ。知らない駅の名前だったね」
「あなたの今日のスケジュールは…」
「…どうしてそんなことを気にするの?」

音也の瞳も表情も声色も何も変わらない。まるでスケジュールを気にしている私のほうがおかしいのではないかと錯覚するぐらいだった。

「全部捨てなきゃ。俺はもうあんな風に泣くトキヤ見たくない」
「私なら…」
「全然平気って?そんなことないよ!ああやって夜中に泣くの、あれが初めてじゃないでしょ…俺知ってるんだよ、トキヤがうなされているの…」

音也の真摯な目に打ち抜かれそうだ。私はイエスと言ってしまいたくなる、HAYATOとして積み上げてきた努力の結晶も、プライドもキャリアも、この人の前ならすべて捨ててしまるような気がするのだ。この人は絶対に私を捨てない。アイドルではない一ノ瀬トキヤとして私を必要としてくれている。

「あ…見てよ、トキヤ。海が見えたよ。ここらへん海が近いのかなあ」

電車の窓からは海が広がっていた。早朝からサーフィンを楽しんでいる人もいる。ふと窓にうつる音也の顔が私を見つめていることに気付いた。恥ずかしくて俯いてしまう。どうしたのお、と音也が笑う。ますます顔があげられなくなった。

「降りてみようか。朝ごはんも食べよう」

音也の熱い手が私の手をぎゅっと握る。普段だったら人前でこんなことをするなと睨みつけているところであろう。けれど私は無抵抗だった。その体温が心地良いとさえ思ったからだ。
このままずっとHAYATOのことも芸能界のこともすべて忘れて音也とずっといるのも悪くない。いいや悪くないどころか、幸福で死んでしまいそうだ。ずっと音也といれば、それでいい。何も私を縛るものはないのだ。

「あっ次の駅○○だって。やっぱり海が近いんだ。トキヤ降りよう」

よっこいしょと音也がギターを担ぐ。ギターは持ってきたのかと思って内心少し安心している自分がいた。電車を降りるときはもう手は繋がれてなかった。その体温が少し寂しかった。

駅から少し歩けば、浜辺にすぐたどり着けそうだった。海を目指して私たちは歩道を歩く。
人はやはり少なく、犬の散歩をしている人や、ジョギングをしている人ぐらいしかいなかった。それと穏やかな雰囲気を持った老人夫婦だ。ここは本当に何もない。白いガードレールがすーっと伸びている。とても静かだ。
そういえば今何時だろうと思って腕時計を確認しようとも、手首には何もなかった。時計は忘れてしまったようだ。そうだ携帯…。
カバンから携帯をとりだし、電源をつけても電池切れだった。こんなに計画性のない外出は私にとっては初めてだ。

「音也、今何時かわかります?」
「あー…ごめん、俺も携帯電池切れちゃって…」
「時計は」
「俺元々腕時計つけなくって…」
「呆れましたね…」
「でも携帯電池切れのほうがかえって良いと思うよ」
「なぜです?」
「きっといろんな人から電話、いっぱいきてるから」

私は思わず携帯をもう一度見た。真っ黒な画面は何も答えない。
ふと、レンや翔、他のみんなはどうしているだろうかと思った。マネージャーも、社長も。

「みんなのこと気になる?」
「黙ってきてしまったから…」
「そうだね…心配はかけちゃうと思う。でも俺トキヤと一緒ならどこへだっていけるよ」
「音也」
「怖くない」

音也の大きな瞳が私を覗き込む。私はコクリと頷いてしまった。

「海、見てこうよ。せっかくだし」
「そうですね…」



「俺、朝の海って好きなんだよ。静かだし」
「騒がしいあなたが意外ですね」
「そう?なんかずっと見てても飽きないんだよね海。不思議だなあ…」

石階段に私と音也は座り込み、海を眺めた。朝からサーフィンをしているひとが遠くに見えた。
今までに比べれば、湿度は下がり、カラリとした空気だ。秋か近づいてきている。
海がいったりきたりするのをずっと眺めていた。寄り添うこともなく、手を繋ぐこともなく二人で見つめていた。見ているだけで気分が落ち着いてくる気がする。

「人も少ないし、ちょっとだけいいかな…」

パチンパチンと音也はハードケースを開き、アコースティックギターを取り出した。新しい型でも、高価そうな型でもない。それでもそれがとても大切に扱われていることはよくわかった。

「へへ、トキヤだけに送る一十木音也の生ライブしてあげる」

音也は咥えていたピックを手に取り、ギターを弾きだした。いつもだったら近所迷惑になるからやめなさいと騒いでいることだろう。それでも音也の好きにさせておいた。
アコースティックギターの柔らかく暖かな音が流れる。彼はいつもエレキギターを使用していたから、弾き語りをする姿は見慣れなかった。

前奏が終わり、一息ついて音也が歌いだす。
爽やかなメロディが彼の声に乗り、彩り、さらに引き延ばす。決してとてもうまいとも言えない。だけど彼の歌声は人を惹きつける。人柄自体が歌に染み込んでいて、華やかな音となって散らばるのだ。

「音也…」

私の声など聞こえていない。彼は真剣に歌っていた。心をこめて、歌うとはこういうことなのだと伝えるように歌う。
私は気づいたら目頭が熱くなっていた。この男はテレビにでるべき男だ。私なんかのために捨ててはいけない。こんなにも人を惹きつける歌をもっともっと世界中に広めるべきだ。
ジャンッと最後に決めて、音也がどうだったかなとへにゃりと笑った。私はうまく表情がつくれなかった。

「どうだった?俺の生の演奏トキヤ聴くの久々でしょ」
「…音也、帰りましょう」
「え?」
「私のために歌まで、あなたの才能まで捨てることはないんです。あなたの歌は人を惹きつける」
「トキヤ…」
「社長には一緒に怒られましょう」
「でもトキヤ泣いてる」
「泣いてなどいません」

涙目にはなっていただろう。でも涙を流すことはなかった。もう泣いてなどいられないと強く思ったからだ。

「HAYATOは引退します。事務所にも伝えます」
「一人で大丈夫?俺ついていこうか?」
「まったく…子供じゃないんですから」
「毎晩うなされてますって証言してあげるよ!」
「もう同室ではないんですから、そんな証言したらどうなると思ってるんです!」
「あはは!平気だよー。もうトキヤって意識しすぎなんだから」
「ただでさえアイドルの自覚があなたは足りないんですから…まったく」
「ふふっ」
「何を笑っているんですか」
「いつものトキヤだなって思って嬉しくなったんだよ」

音也が大切そうにギターをハードケースにしまった。がさつな音也がそのギターに触れるときだけは繊細な手つきをしている。

「そのギター…」
「あっこれは学園のものじゃないんだ。だから持ってきちゃった」
「私物ですか?」
「うん…俺の唯一の、かな。施設出るとき先生がくれたんだ。安物だけどね」
「けれど大切にしているのでしょう。見ていればわかります」
「えっわかるかな」
「わかりますよ。あなたは私の恋人なのですから」
「トキッ…」
「ちゃんと大切にできてるじゃないですか。私以外のものも。そう簡単に捨てられないものばかりでしょう」

今度は音也が涙目になっていて、私は吹き出してしまった。笑うなよお!と音也が騒いでいる。妙な幸福感であった。

「帰りましょう音也。…それに、ありがとうございます」
「うん…。トキヤ、好きだよ…」
「お、音也…っん、」

先ほどまでの子供らしい音也の表情はどこへやら、甘ったるい顔になって私に唇をねだった。私は彼に大層弱いのでされるがままになってしまう。啄むような口づけに溶かされそうだ。
本当にこのまま、どこかへ行ってしまってもいいかなと思えるほどに、私は音也へ堕ちていく。
さざ波の音だけが妙に遠くに聞こえていた。