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イカロスの翼

※なんとなくアニメ軸
※なんとなく音トキっぽいですが前半はわりとトキ音です


俺のこと、どう思っているの?
そう聞くと、トキヤはじわじわと頬を紅潮させ、ふーっと長い息を吐いた。視線をぐるりめぐらせ、一巡したら俺の瞳を覗き込む。
好きですよ。
トキヤの声色はとても甘く優しい。始めの口数を交わした頃に比べれば、愛しさで溢れているのがよくわかる。
そっと指先で胸を撫で、そそり立つそれを孔に宛がう。いつだってこの瞬間は息が止まるし、緊張する。

「ん…トキヤ…」
「はあっ…音也…いれますよ…」
「あっ、待って、もう少しゆっくり…うああ…!」

じくじくと疼くような痛みと、甘美な悦楽が複雑に混ざり合って俺の中をトキヤが押し進む。セックスのときのトキヤはいつものクールさはどこへやら、意外にもがっつく。丁寧に扱ってくれているのはわかるのだが、挿入したらもうトキヤは野獣になるのみだ。
それもまた、愛されている感覚があって俺は嬉しいのだけれどね。

「呆けている余裕があるんですか?音也」
「えっ…うわ!そこ弄るのはずるいよ…っん、んあ」
「真っ赤に腫らせて…本当にいやらしい」

そうかな。トキヤが弄るから結構黒いと思うよ。トキヤはうっとりと俺の乳首を眺め、べろりと舐めた。ぞくぞくしたものが首筋を過ぎ去り、胸から妙な感覚が走る。俺の体はトキヤに愛されすぎて開発されてしまった。
けれど、快楽に没頭するトキヤはきれいだと思う。ストイックな雰囲気を封印し、端正な顔が歪む。そんな彼が見たくて、無心に揺さぶられている。

「はあ、はあっ、音也…音也、音也…!」

女の子がキャーキャー騒ぐ美声を響かせて、俺の名前を呼んでくれる姿が愛しくて腕を伸ばす。抱きかかえるようにするとトキヤが一瞬ふんわりと笑うのがかわいい。

「ふふ、トキヤかわいいね」
「な、何ですか急に…」
「俺が背中に手をまわすとき、にこって笑うのがかわいい。そんなに嬉しいんだ?」
「…嬉しいと言うか、安心するんですよ。あなたは繋がっていないとどこかに行ってしまいそうで」
「あはは!じゃあずっとセックスしてないと不安だね」
「そういう言い方は好きではありません」
「拗ねないでよ…わっ!」

どこにも行かないよ、とは約束できないと思いながら、俺は殊更に腕に力を込めた。温かい。
彼は少しサドっ気があるみたいで、あれやこれやとしたがる。何よりも俺を支配したがるのだ。

***

朝目が覚めて、シャワーを浴びたとき愕然とする。トキヤはキスマークをやたらつけるのだ。胸元に花びらが散ったみたいに広がっている。きっと背中にもそれは咲いているのだろう。こんなところにもトキヤの支配欲が見え隠れするようで俺は内心少しうんざりする。
浴室から出た後は、もうすでに立派な朝食が用意されている。トキヤは俺が席に座るまで朝食を食べない。まったく待ちくたびれましたよと憎まれ口を叩いても、俺がわあおいしそう!と言うだけでトキヤは照れた表情を見せる。そういうところ素直にかわいいと思う。いや普段からかわいいんだけどね。

「目玉焼き半熟だ!やりい!」
「音也、醤油かけすぎです」

醤油がびしゃりと黄身にかかってしまっている。箸でそれをぷつりと割った。たちまち濃い黄色が醤油と混ざり合う。それをすくうようにして口にいれた。しょっぱい。

「トキヤしょっぱいよお」
「自業自得です…あ、音也」
「なあに」
「今日も…遅くなると思います」
「またバイト?」
「ええ…すみません」
「謝ることなんてないのに…」

なんとなく予想ついていたからね。ふふ。
トキヤが激しく俺を抱くときは大抵、翌日バイトで部屋に帰ってこれなくなる時だ。俺は何のバイトをやっているかは彼に聞かない。一度聞いたとき、拒絶されたことがよくわかったからだ。トキヤは無表情なようでとてもわかりやすい。それがまた愛しいとも思える。かわいい。

「今回は月曜まで帰ってこれません」
「授業は?」
「今日の授業を受けて、そのまま夕方から新幹線乗ります」
「土日泊まりがけなんだ」
「ええ…」

こういうことは初めてじゃない。じゃあ、離れてる間電話するね、だなんて甘い言葉を交わしたこともない。俺とトキヤは無意識に境界線を張っている気がする。それでもトキヤは俺のこと好きだってわかる。その瞳が捨てないで、と言っているのだ。

「…行きたくないの?」
「なぜです」
「ユーウツで仕方がないって顔してる」

眉間をぴょこんと指でさしてあげると、ますます皺が寄った。思わず声をあげて笑ってしまう。

「ハア…私もまだまだですね。あなたの前だとどうにも緊張が緩んでしまう」
「俺の前ぐらい緩ませたほうがいいって」
「それもそうですね…恋人の前ぐらいでは」

よいしょっとトキヤが席をたち、食器を片づけ始めた。ずるずると流し台にそれらを置いていく動作をするトキヤは俺から見ても、足取りが重そうに見えた。

「バイト…きついの?」
「そうですね。色々と」
「やめちゃえばいいのに」
「そうもいかないんですよ。夢があるので」
「トキヤの夢って歌うことでしょ?」
「一応今のバイトも、それに近いことは近いです。限りなく遠いと言えば遠い」
「えー?もっとわかるように説明してよ」
「蝋の翼で飛んでいるようなものです」
「もっと意味がわからないってばあ!」
「ああ、もう…早く食べた皿持ってきなさい!洗ってあげますから」
「えいっ」

ガミガミ怒るトキヤに後ろからそっと抱きついたら、面白いほどに静かになった。黒髪から除く耳が赤くなっている。あー本当にかわいい。俺はもう笑みがとまらなかった。

「音也。私は太陽を目指してイカロスの翼で飛んでいるのですよ。いつ落ちてもおかしくはない」

トキヤは俺に振り返らずにそう言った。相変わらずかっこつけて言うなあ。



朝方まで激しくトキヤと求め合っていたのに、教室につくとそこは日常でしかない。マサがいて、那月がいて、挨拶をしてくれる。学生の俺だ。
時折、非日常的なシーンと日常的なシーンの境界線が曖昧になる。トキヤに抱かれている俺が、当たり前のように席に座って勉強しているという事実がなんだか倒錯的だ。しかしその感覚も、高い声によって呼び戻される。

「音也くん!」

パタパタと俺の机に駆け寄る女の子は七海だ。彼女の柔らかな表情、雰囲気はいつも憧れそのもで、彼女とパートナーであることを誇りに思う。

「曲のイメージ大まかなんですけれどできたので聞いていただけますか?」
「やったあ!楽しみだよ。午後レコーディング室に向かおうか」
「はい!音也くんをイメージしてみたんですけれど、うまく表現できてるか…」
「俺のイメージ!へえ〜!どんな感じなの?」
「えっと…」

頬を僅かに染めて、もじもじと小さくかわいらしい唇を開く。七海の唇は赤く濡れていておいしそう。

「音也くんはいつもまわりを明るく元気づけてくれる太陽のイメージでつくりました」
「太陽…?」

そのとき、今朝トキヤに言われたことを思い出した。イカロスの翼の話だ。

「ねえ、七海。イカロスの翼の話知ってる?」
「はい。歌にもなっていましたし有名ですね。少し悲しい話ですけれど…」
「俺、あんまり覚えてなくって…教えてくれる?

「ひゃっ!」

するりと思わず毛先に触れてしまった。七海が突然顔を赤くさせる。俺も触れた後に、そんな動作をしてしまったことにかあっとなってしまった。

「う、うわ!ごめん!」
「だ、だだ大丈夫です。このぐらいで驚いて恥ずかしいぐらいです…」
「あ、いや…あのそれでイカロスは…」
「そ、そうですね。えっと…イカロスは塔に閉じ込められてしまったので翼をつくって脱出しようとするんです。けれどその翼はろうそくでつくった翼だったんです。お父様に高く飛びすぎてはいけないよ、と言われたのにイカロスはもっと高くもっと高くと飛び続けました。すると太陽に近づきすぎてしまい、みるみるうちにろうそくでつくられた翼は溶けてしまったのです」
「つまり…やりすぎちゃったんだ?それでどうなったの?」
「翼を失ったので海に落ちてしまいました」
「へえ…太陽に近づいて、ろうそくの翼は溶けてしまったんだね」
「でも空を飛んでみたら気持ちがよかったんですよ、きっと」

あーふんわり笑う七海はかわいいなあ。
でもトキヤの言っていたイカロスの翼ってこの話が元でいいのだろうか。


***

俺は数か月前のことを思い出していた。あのころは何もわからなかったが、確かに、トキヤはイカロスの翼で飛んでいたのだ。そして太陽に近づきすぎて、翼は溶けた。結果海に落ちてしまった。

トキヤはハヤトだった。その告白によって、自分の中ですべて合点がいったような気がした。
歌を歌いたいと言ったトキヤは涙ものだったし、みんな笑っていた。俺だってその場では笑った。けれど部屋に戻ると、複雑な心に支配される。友人としての音也と恋人としての音也がいるのだ。後者は妙な気持になっていた。
しかし俺の今まで見てきたトキヤは一体何だったのだろう。俺は何を思って彼に抱かれてきた?俺はハヤトに抱かれていたのか?

項垂れるようにベッドに座るトキヤにはかつての精悍さが薄れている。格好いいトキヤはどこへいっちゃったのかなあ。妙にしんとした空間が気まずくて、テレビをつけた。

―おはやっほー!全国のハヤトファンのみんなあ!元気かにゃあ!

「……っ!」

トキヤは乱暴にリモコンをテレビに投げつけてしまった。ガシャンと大きな音が鳴る。俺は慌てて、そのリモコンを拾いテレビを消す。真っ黒の画面に俺とトキヤがうつった。

「軽蔑しますか?今まで黙っていたこと」
「混乱は、してるけど。軽蔑だなんてそんな」
「あなたとは同室なのに隠し事をしていて、本当に申し訳ないと…」
「同室だけじゃないでしょ、恋人だよね」

ギ、とスプリングを軋ませてトキヤの隣に座った。トキヤの目つきはどこか虚ろだ。

「ねえ、トキヤやっとわかったよ。イカロスの翼。七海に教えてもらったんだ」
「……何の話ですか」
「トキヤはイカロスの翼でずっと飛んでいたんだね。でもろうそくでつくった翼だから溶けちゃったんだ」

少しずつ距離をつめるとトキヤが逃げ腰になる。それを遮るように俺は彼の腕を掴んだ。怯えた視線が逃げ惑う。

「高く高く飛びすぎちゃったから、溶けちゃったんだね」
「…っ私が、理想を高く求めすぎたと言いたいのですか!?」
「違うよ。俺が溶かしちゃったんだトキヤの翼」
「お、音也…」

ぬるぬると音をたててトキヤとの距離を詰めていく。彼をそっとベッドに押し倒し、頬に唇を押し付け、首にも吸い付いた。震える息がかわいい。

「俺は、トキヤの太陽だからね」

トキヤの唇にキスをした。なぜだか以前よりも、もっともっとトキヤを愛しいと思えるようになっていた。