おとき | ナノ


エデンの実


※アニメ設定を少しねつ造しています
※作品内には出てきませんが、春歌ちゃんちょっと絡みます
※音也さんがいつもより黒いです






「ねえ、トキヤは七海で抜いているの?」

音也の衝撃的な一言により、私は一度含んだブラックコーヒーを吹き出しそうになってしまった。
ぐっと堪えて、苦みと熱さをその舌で味わう。そしてゆっくりと喉に流し込んだ。
私たちの部屋の曖昧な境界線を簡単に踏み込んで、音也は一歩、また一歩と近づいていく。

「ねえってばあ」
「……あなたはいきなり何を」
「あっ意味わかんなかった?だから七海でオナ…」
「ああああ!意味は!わかります!でもどうしてそんなことをいきなり…」
「質問に質問で返すの?もうトキヤってば…」

音也の声色に徐々に甘いものが滲んでくる。いつもと少し雰囲気の違う彼に私は内心戸惑いが隠せないでいた。また一歩とフローリングを踏み鳴らし、近づいていく。後ろを振り向けない。私は彼に背を向けたまま椅子に座っていた。つつ、と彼が椅子の背骨をなぞる気配がした。

「俺は…そうだよ。雑誌を見ても、女優を眺めても、いつのまにか彼女の顔にすり替わっている」

音也の赤裸々な告白に私は、羞恥を煽られると共に、僅かな嫌悪を抱いてしまった。どう答えるべきなのだろうか。軽蔑するなどとはとても言えない。思春期の年ごろには当たり前のことだ。だからと言って良い返事ができるほど器用でもなかった。
言いよどんでいると、また一歩音也が踏み込んだ。そしてついに彼の手が私の肩口に触れる。その体温の高さに思わずびくりと体が揺れてしまった。

「でも、トキヤのことも時々考える」

はあ?どういう意味ですか。
口はそう言いかけて開いた。
しかし音也の指先が私のむき出しの腕をたどり、手の甲に到着し、そのまま指のまたをぎゅむ、と押し込んだ。一連の動きに固まってしまう。呆けていると隙ができたのか、私のうなじに吸い付いた。

「七海が手に入らないなら、俺は…」

耳元で低い声で囁かれ、私はぞくりとしてしまう。音也は声もなく笑い、そのまま後ろから手を伸ばし、私の胸を撫ぜた。インナーも何も着ていない部屋着では彼の体温をありありと感じてしまう。恥ずかしいところが形どってしまいそうで耐えられない。

「おっ…音也…!」
「………」
「どうしてこんなときばかり、だんまり…んんっ…!」

ぎ、ぎ、と椅子が鳴ったと同時に、音也がきゅっと布の上から胸の飾りを摘まんだ。じわじわと内部から浸食するような疼きと熱に私は湿った吐息をこぼす。

「あは…ぷっくりたってやらしいね。形が服の上からでもわかるよ」
「……っ」

私は椅子に座っていて、彼が立っているのだから高さの違いなど当たり前などだが、高い位置から彼に抱きしめられていると何だか倒錯してしまう。甘えた声を出してしまいそうで怖い。
けれど私は後ろを振り向けない。背後から彼に良いようにされるままだった。振り向いたら最後、もう戻れないからだ。

「そ、そこは…!嫌です音也!」
「ここをつかって、七海のこと考えてるの?」

音也の顔が見えないからか、より一層声が冷たく感じる。カチャカチャとバックルを外して、あろうことか彼は私のボトムの中に手を突っ込んだのだ。そのまま熱を持ったそれをすーっと撫でられ、一言低く呟いた。

「半勃ち」

直接的なセリフに、顔が熱くなっていくのを抑えられない。それが事実であることも恥ずかしくて仕方がなかった。

「ね…トキヤはどんな風に七海を想像してここをいじってるの?」
「やめてください…っ嫌です…」
「嘘ばっかり。どんどん硬くなっていくよ。やらしいね…先走りもほら」
「うあ…!」

先端を指の腹で擦られると、どうにも弱い。音也の息も切れていく。

「トキヤが七海をどういう風に妄想しているのか気になるなあ。ほらトキヤって超クールでストイックじゃん。猥談にも参加しないし。でも男でしょ?今、すっごい喘いでいるけど、男なんだよ。男が女の裸を求めることは罪悪なんかじゃない」
「あっあっあっ、」

音也の手が大胆に蠢く。いつの間にかボトムも下着もずりおろされていた。私はそれに気づかなかった。それほどまでに彼の手淫に夢中になって喘いでいたからだ。
それは他でもない彼の手だからだ。

「俺は七海のつくる曲が好きだ。彼女しかいないとずっと思っていたんだよ。彼女の温かさも優しさも才能も好きだと思う」
「んん―…っ、はあっはあっ…あっ、出そう…ですっ…」
「でも七海はトキヤの歌が好きなんだよ。顔見たらわかる。トキヤの声、俺も好きだけどね」
「ああっ…!」

ぱたた、と私は射精してしまった。白濁した液体がフローリングを汚す。あちゃーキャッチ間に合わなかったね、と軽口を叩かれた。
そこで初めて私は彼の顔を見上げた。犬のような、学生らしい表情は失われ、そこには男の顔でしかなった。

「だらしない顔…トキヤってこういう顔するんだ。本当にやらしい…」
「ん…」

そのまま唇が降った。ぬめった舌が咥内を動き回る。荒々しい口づけに私は頭が霞んでいく。

「妄想が現実になっちゃった。ここでカミングアウトー」
「……ん」
「俺、七海よりもトキヤで抜くほうが興奮するんだ」

至近距離で囁かれ、そのまま大きな瞳で貫かれる。私は息もできない。

「七海は好きだよ。大切にしたいし、優しくしたい。でもトキヤに恥ずかしい格好させるのが一番いけるんだ」
「変態ですね…」
「そう?でもこんな俺に後ろから襲われて、いっちゃうトキヤも結構アレだと思うけどなあ。見てよこの汚れたフローリング」

言われるがままに私は視線をフローリングに落とす。浅ましい液体でそこは汚れていた。音也の手によって吐き出された私の体液だと思うこと恍惚とした感情を抱きそうになる。

「はは…何を嬉しそうな顔してるの」

音也が汚れた手で私の頬をすりすりと撫でる。音也の大きな瞳から目を離せない。

「そんな顔をしていますか?」
「うん…緩んでる。でもそういう乱れたトキヤも俺は好きだな」
「だって、私の懸想が現実になったんです。顔が緩まないわけないじゃないですか」


私が心の中で思ったことをそのまま口にすると、音也は呆気にとられたような顔をした。

七海くんのことは好きだ。
彼女は私の中でとても大きく愛しい存在になている。彼女の曲なら私は歌いたい曲を歌うことができるのだろう。
けれど、七海君は私にとって汚せない位置にいた。彼女を情欲の対象にしては絶対自己嫌悪に苛まれるからだ。
私は、彼女で懸想したことは一度もない。
私の欲望を掻き立てるのはいつだって音也だ。境界線を無断で荒らす彼にいつしか恍惚した感情を抱くようになっていたのはいつからだろうか。もっとかき乱されたいと、好き勝手されたいと、私のパンドラの箱がそう囁く。
こんな恥ずかしい思い知られたくない。だからいつだって背を向けて、この椅子を回転しないようにしていたのに。

「先に境界線を破ったのはあなたですよ」
「トキヤ」
「私たちがこういった性の話題を避けていたのは、互いにこういうことがわかっていたからでは?」
「…破りたかったから俺は破ったんだよ」

音也が、私の椅子を回転させる。ギギギと鳴って、下半身丸出しのまま、私は音也の前に座ることになってしまった。まともに顔を見たのは久々な気がする。やはりいつもと大して変わらない爽やかな顔立ちだ。それなのに話し方には妙な色気がある。

「だって、七海がトキヤを選ぶから。俺はもうトキヤしかいない」
「音也…」
「環境を変えるにはぶち破らないとね」

そう言った音也に微塵にも毒々しさなど感じない。けれど、私と音也は以前とはまったく違う関係になっていた。互いに認め合ってしまったのだ。これにて生ぬるい楽園追放である。