れんとき | ナノ

My little garden.




※音←トキ前提です
※レントキではありますが、性描写があるのはレンマサです


 汗水垂らして必死になって造り上げ、整備した花壇を音也は踏み荒らす。土足で入り込んでは花弁を踏み潰す。私が今まで必死に水をあげ土を植え肥料を与えてきたものを奪い去る。
 こんなものは意味がないと破壊してしまうのだ。
 レンは、私の花壇に水や肥料を分け与えくれる。たちまちそれは潤いを帯びるが、与えすぎてどろどろになってしまう。
 そんな甘さは私には必要ないのだ。HAYATOと言う名の花壇を壊すために私はこの学園に来たのだから。

***

 何とも暑い日だ…。
 廊下に射す太陽の光がまぶしくて、思わず目を細めてしまう。今日は体調が少し悪い。朝食もあまり胃に入らなかった。そんな私を音也が心配してくれたのが嬉しかった。それだけで私の中で何かが花開く。
 だが、それで体調が良くなるはずもなかった。連日のハードな収録、ダイエット、睡眠不足…思い当たる節はいくつもある。
 何よりも、HAYATOでいることのプレッシャーが一番大きいのだろう。今まで事務所に言われるがまま演じてきたが、音也を見ると、その存在意義が揺らぐ。自然体でHAYATOのように振る舞える彼がいるのだ。
 羨望と嫉妬、そして彼にどうしようもなく惹かれている。
 トーストにバターを塗るその指先にさえ、情欲にも似たものが下腹部に巡るのだから自分が仕方がない。そのせいかあまり眠れない。
 それに、夢見が実に悪い。
 夢で私は音也に女のように抱かれているのだ。
女のように体をしならせ、喘ぎ、彼に貫かれて喜んでいる。目覚めたときの後味の悪さったらない。自分の性の感覚があやふやになる。
 ただでさえ、HAYATOとの人格が日に日に曖昧になっていくような気がするのに。

 しかし、体調が優れない。
 思わずハンカチで口元を覆う。こめかみからサーと血のひく感覚がする。胃の奥から何かが苦く、熱いものが出てしまいそうな吐き気がする。
「う…」
 すると、ついに立っていられなくなってしまった。貧血だ。
 心臓の鼓動がいやに早い。ばたりと壁際に体を寄りかかせると少し楽な気がする。そのままへたりと腰をおろしてしまった。
 教室に帰れば冷房がかかっているのだが、足が進まなかった。帰る場所がAクラスだからだ。
 昼休憩が終了までにはまだ少し時間がある。何もAクラスに帰るのが嫌だとかそんなわけではない。やるべきことはこなすだけだ。
「…イッチー?」
 項垂れていると、ずいぶんと高い位置から声が降ってきた。呼ばれるままに視線をあげると、そこにはレンがいたのだ。
「…どうしてここにいるんですか。Aクラスの近くですよ」
「今日はAクラスのレディたちとランチをしていたのさ」
「そうですか…」
「…顔面蒼白って顔しているね」
「……」
 レンが長い脚を折り畳んで、目の前に腰を下ろした。私の黒髪をそっと撫でる。
「保健室に行こうか。連れて行くよ」
「結構です」
「そんなに体調の悪そうな顔して何を…」
「…私に気をつかわないでください」
「いいや。かまってくださいって顔しているからね」
「……っ」
 かっとなって睨むとレンが不敵に笑う。すると無理やり腕を掴まれ、そのまま引っ張られてしまった。
「な…だってあなた、授業が…」
「リューヤさんにはあとで説明するから平気さ」
 ずるずると引きずられるように腕をひかれる。その痩身にどんな力があるのだ。
「イッチーはさ、もっと自分を大切にしてよ。俺もオチビちゃんもすごく心配してる」
「だから、私に気をつかって頂かなくとも…っ!」
「そういうヒステリーは、まるでレディのようだよ」
 そのレンの言葉が私の心を深く抉った。今朝の夢が蘇る。今朝だけではなく何度だって見た。音也に抱かれる自分を。
「………私は」
「えっ!?イッチー!?」
 気づけばジワリと瞳に涙がたまっていた。視界が一気に揺らぐ。ツンと喉の奥が痛くなる。レンは慌てた声を出したものの、すぐに落ち着いた声色になった。
「やっぱり保健室、行こうか」
「…どこか休めるところがあれば、そこで」
 そう、とレンは優しく笑った。



 レンに連れて行かれたところは、知る人ぞ知るであろう、裏庭のような場所であった。立ち入りが許されているかはどうかわからない。けれど穏やかな場所であった。
いつもここで女性と語らいをしているのかと下世話なことを一瞬考えた。ベンチに座ると、目の前に花壇が広がっている。一応整備はされているのか、色とりどりに花が咲いていた。
「はい、水買ってきたよ。一応スポーツドリンクも買ってきたんだけど…どっちが良いかな」
「あ…水で平気です」
「そう?」
 はい、とボトルを渡される前に、キャップを開けてくれた。女のような扱いだ。
「ありがとうございます。冷たい…」
 光にあたってボトルがキラキラしている。ごくりと飲み込むと、大分楽になってきた気がする。
 口元を拭おうとすると、レンがハンカチで押さえてくれた。まさに至れり尽くせりである。それが私には複雑だった。
「私に女性のような扱いしないでください」
「女性扱いなんてしていないよ。病人扱いさ」
「…体調は大分良くなりました」
「それはよかった」
 飄々とした声で答えると、レンは缶コーヒーをやっと開けた。私が飲むまで口を開けないつもりだったのだろうか。
 さわさわと風が頬を撫でる。花壇の近くで猫が二匹寄り添っていた。彼らも暑そうだ。暑いのになぜわざわざくっついているのだろう。
 それでもあの廊下よりもここは居心地が良い。私はまた一口水を飲んだ。
「貧血?」
「ええ…最近寝不足で…」
「どうして?もしかして練習のし過ぎ…」
「忙しいのもありますけど、体調管理はしているつもりです。睡眠をとらなければ翌日に響きますから。ただ、あまり良い夢を見られなくて…」
「悪夢か…」
「ええ…」
 思い出すだけでおぞましい。あんな欲望が自分の底に眠っているのかと思うと。絶対に掘り起こしたくない事実だ。
「俺も小さいときはよく悪夢に悩まされていたよ。金縛りなんて頻繁でさ…そのうち眠るのが怖くなる。今でも見るしね」
「そうですね…眠るのが怖くなる…」
 ぐび、とまた一口水を飲む。レンも釣られるようにコーヒーを飲んだ。
「で?どんな夢を見るんだい」
「………恐ろしい夢ですね。思い出したくもない。でもあれが私の中にある欲望なら、自分自身が嫌で仕方がない…」
 掌で顔を覆うと、一気に視界が暗くなった。今の私の精神状態はとても不安定だ。レンにすべてを話してしまいたくなる。音也には絶対に言えないのに。
「レン」
「ん?」
「私は女のようですか」
 顔を覆っているからレンの表情は読み取れない。声を籠らせたまま聞いた。
「…前とはずいぶん違う表情しているよ。とても女性的だ」
「…そうですか」
「男でも好きになった?」
 レンの言葉に私はびくりと体を震わせる。彼の声色は変わらない。
「男に、抱かれる夢を見るんです」
 自分の声が涙声になっていくのがわかる。今とんでもなく恥ずかしい。でも誰かに聞いてもらいたい。自分でもどうかしている。
「抱かれてみたい?イッチー」
 ぐっと肩を力強く抱かれた。そしてそっと顔を覆っていた手をほどかれてしまった。
「レ…レン」
「俺は男を抱けるよ。イッチーのことも抱ける。それで悩みを解決できるかもしれないし、深く眠れるかもしれない」
「……でも」
「本当にレディのような顔をするね。君は変わったよ…」
 苦しげにレンが瞳を細める。そのまま顔が近づき、唇が触れるのかと思い切り目をつむった。
「なあ、イッチー男同士のセックスなんてとても非生産的なんだよ」
 しかし唇は触れることがなかった。至近距離で彼はそのまま囁く。
「愛し合うことはすばらしいことさ。でも情欲は時として関係や心を歪ませる」
「レンは男ともそういう関係をしたことがあるんですか」
 声もなくレンは笑った。
「試してみる?痛くなったり、嫌になったらやめるよ。もちろん誰にも言わない」
「……」
「一度体験すれば、わかるよ」
 すり、と指先で頬を撫でられる。私はどうすればいいのかわからなかった。そうこうしているとレンは私の額にちゅ、と口づけた。
「レ…」
「ん…」
 次は両頬、首筋、私の体温は口づけられる度に上昇していく。しかし何とも言えない罪悪感が私を追い詰める。呆けているとついに唇に触れた。
「んん……!」
 長く口づかれていたと思うと、にゅるりと舌が入り込んできた。息苦しさに口を僅かに開けるとその隙を見つけて更に深く口づけられてしまう。
「はあっ、はあ…レン、ちょっと待ってくださ…っ」
「…苦しい?」
「こんなにされたら…っ」
「たっちゃう?」
「!」
 すり、とレンの掌が私の下腹部に触れた。
 その瞬間、冷たいものが背筋を走った。恐ろしくなって、私はレンを突き飛ばした。
心臓がばくばくしている。穏やかな昼下がりのはずが、まったく穏やかではない。自分が自分でなくなる感覚が心底恐ろしかった。
恐 々とレンを見やると彼は一切表情を変えず…むしろ不敵に笑っている。
「す、すみません…でも私は…」
「それでいい」
「は…?」
 わけもわからないまま、レンが立ち上がる。よく手入れされた髪が光に透けてきれいだ。
「男同士だなんて、非生産的だよ」
「……そうですね」
 諭すような言い方にも聞こえるが、それには否定も含まれていた。さてと、とレンが踵を返す。
「俺はもう授業に帰るよ。途中からでも参加する。イッチーはもう少し休むと良い」
「そうするとします」
 今レンと一緒に帰らないほうがいいのだろうと私は思った。そのまま、レンの背中をベンチに座りながら見ていた。ようやく扉の向こうに消えるのを確認した。ふと花壇を見やると、もう二匹の猫はいなかった。

 汗水垂らして必死になって造り上げ、整備した花壇を音也は踏み荒らす。土足で入り込んでは花弁を踏み潰す。私が今まで必死に水をあげ土を植え肥料を与えてきたものを奪い去る。
 レンは、私の花壇に水や肥料を分け与えくれる。たちまちそれは潤いを帯びるが、与えすぎてどろどろになってしまう。
 柔らかくなりすぎた土に苗など植えられない。だからこれでいいのだ。
「でも私は音也に抱かれたい…」
それでも心の奥底では願っている。音也にすべて破壊され、めちゃくちゃにされたいのだと。

***

 敵にバックをとられることは男ならば屈辱的な行為である。ましてや局部を弄られ性的快感に陥るなど、降伏したも同然だ。
 俺は今、聖川をそんな目にあわせている。白い裸体をベッドに縫い付け、彼の性器をいいように扱い、繋がっている。聖川はうう、と喘ぐばかりで明瞭な言葉も出ない。
「なあ、どんな気分なんだ聖川」
「はあっ、はあっ気持ち良い…っもっと、先っぽ、ああ…っ」
「はいはい、ここね…」
 ぬるりとしたそこに触れてやると聖川はますます声をあげた。聖人のような顔を崩し、あられもない姿で聖川は喘ぐ。普段の精悍な顔つきの欠片もない。
 奥ついて、とか先っぽ、とか、入ってるとか、そんなことしか言わない。

 獣のような体制で腰を打ち付けていると、ふと冷静になることがある。
 俺は本当にこれでよかったのだろうか。手に入れたかったのはこんな形の、こいつとの決着ではなかったはずだ。
「うっ…んん、出そうだ、はあ…出る…」
「ああ…いっていいよ」
 膨張しきったそこに触れれば、聖川はあっけなく果てる。その姿を見て俺は気持ちが落ち込んでいった。
 俺がほしかったのはこんなものではない。誰か俺の花壇をめちゃくちゃに破壊してくれ!
「なんと非生産的な…」
 俺の呟きは、射精してぐったりとしてしまった聖川には聞こえていないようだった。