れ | ナノ

ワッツイズラブ


※レン←春要素含みます




俺が誘えば拒む女はいない。だから何人もの女とベッドに沈んでいった。レディと俺は彼女たちを淑女のように扱っているが、獣のように求める姿には恐れを抱いたこともある。しかし俺は求められれば、それだけ愛情を注ぐ。
体温だけが俺を満たす。人恋しくなって今夜も、誰かと沈む。

「レン、やりすぎです」

教室に入ると、イッチーにいきなりそんなことを言われてしまった。
ああ、おはようと的の外れたことを言うとイッチーはとぼけないでください、とさらに眼光を鋭くした。

「学園長の耳にでも入ったらどうするんです」
「何のことかな。罪を犯したつもりはないんだけど」
「やりすぎだと言っているんです。何人の女性と遊べば気が済むんですか。噂になっていますよ」
「ああ…そういえば目が覚めたら二人のレディに囲まれていたな」

もちろん一糸纏わぬ姿でね、と付け加えると「レン!」と罵声が飛んできた。

「こんな話…翔に聞かせられませんよ…!」
「でも恋愛禁止の規則を破っているわけじゃない」
「…だからこそです」
「心配してくれてるんだ?優しいところあるじゃないか」
「!」

するりと黒髪を撫で、囁くように言ってやると、彼の瞳が驚いたように開く。その後すぐさま嫌悪に顔を歪めた。

「…あなたは本当に誰でもいいのですね」

そうだよ、と返事するとますますイッチーが悲しそうな顔をしそうだなと思ったので心の中で頷いておいた。

レンくん昨日は激しかったね。ドキドキしちゃった。
昨晩はレン様に抱かれて超幸せでしたぁ。
ああ、うんうん。俺もだよ。ありがとう。

レディたちに声をかけられても俺は徐々に記憶が曖昧になっていた。もう、何日に何曜日にいつ誰を抱いたか忘れてしまった。
昔はちゃんと覚えていた。一秒、一分を大切にしようと思った。優しくしようと思っていた。
けれど俺は段々と熱だけを求めるようになってしまった。違う、欲望のままに抱いているわけではないんだ。ただ、求められたい、触れ合っていたいだけなんだ。
俺は授業に出席しないようになってきていた。

***

神宮寺さんが本当は真面目で優しいひとだってこと私、知っています。だから、一緒に頑張りましょう!そんなに素敵な才能を持っているのに勿体ないです!

どうやら自室の前で俺を待ち伏せていたようである、七海春歌にそう言われた。俺は妙に勘に触り、彼女を壁際に追い詰め、飾り立てた言葉を並べ、唇を迫った。彼女の瞳が怯えるように揺れる。悪戯に傷付けてしまった。
タイミング良く、聖川が現れ、(タイミングも何も、ここは彼と俺の部屋の前だ)ガツンと殴られてしまった。血の味がする。ふ、ふふ…と口元拭いながらも笑う俺を聖川がすっと冷めた視線で俺を見下していた。

口の中を切ってしまっていたのか、サックスを吹いているとき、口の中がピリピリしていた。しかし咥えているときの振動、痛みと共鳴する感覚が妙に心地よかった。いつもより音の伸びが良いような気がする。
気ままに吹いているときは大抵、似通ったメロディーになってしまう。それはどれも、かつてアイドルであった母から譲り受けたラブソングと似ている、知らず知らずに求めているのかと、自己嫌悪に陥った。

俺は母性を求め、人に優しくされたいから、優しくしている。甘い言葉がほしいから、こちらから甘い言葉を差し上げる。
そして罰を受けたいから、誰かを傷付けるのだ。

***

あんなことがあったと言うのに、七海春歌は今度はSクラスの前にいた。俺を見ると表情がみるみるうちに色変わる。キャアキャア言うレディたちを早々に帰し、彼女の元へ行った。

「授業は?」
「今日は…Aクラスは早めに終わったんです」
「あんなことがあったのに来ちゃったのかい」
「…その、神宮寺さんが心配で…」
「心配?自分の心配をしたらどうかな」
「……っ」

トン、とあのときのように壁際に追い詰め、彼女の脚の間に膝を滑り込ませた。思わず開きそうになる下肢に彼女は戸惑いが隠せないと言うような表情になる。

「続きを御所望かい、レディ…」

囁くように言ってやれば、かっと赤くなり、そして俺の胸を押し返そうとする。おお、どうやら今日は強気のようだ。びくともしないけれどもね。

「神宮寺さんは…どうして、ご自分を傷つけようとしているんですか…」
「…どういう意味かな」
「本当は、私なんかそういう対象じゃないはずです。傷付けたい対象でも優しくしたい対象じゃないんです、自分を責めたいから私にこういうことしているんです」

いつもはほのぼのとしている彼女が妙に利発な声で呟く。凛とした表情は見違える様だった。

「神宮寺さん、もう自分を傷付けるのはやめてください、あなたは必要な人間なんです…!私はあなたの曲をつくりたいのに…っ」

強気な表情は束の間、彼女はボロボロと大粒の涙を流し始めてしまった。

「私は神宮寺さんが好きです、あなたの弱さもすべて支えたいと思っているんです…っ」
「…っまるで俺が弱いみたいな言い方するじゃないか!」
「きゃっ…!」

ダン!と大きく壁に拳をぶつけると、びくりと体が震えた。やはり女性を怯えさせるのは気分が良くない。思わず頬を優しく撫でてしまった。

「弱くたっていいんです、見せなければいいだけなんですよ。それがアイドルです」

俺の手の平に傾くことなく、まっすぐ見据えてそう言われた。彼女はどうやら本当に俺を支えようとしていてくれているらしい。まるでマリアのようだ。
目の前にある母性にしがみ付きそうになる。その胸に顔をうずめて、もう孤独を恐れなくてよいと、必要な人間であると言ってほしくなる。無償の愛情がほしくなるのだ。彼女なら、七海春歌なら、それを与えてくれるのではないだろうか。

「レディ…」

優しく頬を撫で、髪も撫でる。赤くなった目元が痛々しい。そっとそこに口づけを落とした。本当にこのままでいいのだろうかと、ふと思った。
俺の頭の中には聖川が浮かんだのだ。

「君の気持ちは、嬉しいけれど…」

彼女の短い髪に触れ、撫でる。柔らかな感触だ。

「でも君に甘えるわけにはいかないんだ」
「…っ甘えてください!神宮寺さんはご自分を傷付けすぎています!」
「違う、俺には罰が必要なんだ」
「罰って?神宮寺さんが一体何の罪を…」
「俺は数多くのレディを泣かしてしまったからね」

君も含めて、と付け足すと、レディが涙を堪えるように表情をきゅっとさせた。謙虚で健気で、可愛らしい。

「…唇、切れてますね」

そう言って、白い指先が俺の唇を撫でた。いつもだったらその折れそうな手首をとって、唇を奪っているところだ。それでも俺はできなかった。

「心配はいらないよ、レディ」

何もしない俺に心中を察したのか、レディは泣きそうに笑った後、ぺこりとお辞儀をして、その場を去ってしまった。

***

夜更けにもなり、そろそろ今夜も約束したレディの元へ行こうかと思案しながらダーツをしていると、聖川が突然こんなことを言ってきた。

「神宮寺、彼女には手をだすな」
「彼女って?」
「七海春歌だ」

境界線の向こう側で聖川が仁王立ちになって話している姿が妙におかしかった。

「それはお前には関係ないことなんじゃないか」
「彼女は純粋で心優しい…それに才能も持っている。傷付けたくない」
「傷付ける前提なのかい?ひどいなあ」

ははは、と笑ってみせると聖川がぎりっと歯を食いしばるのがわかった。トン、と小気味の良い音が的に突き刺さる。

「何人ものの婦女子を泣かせているのを知っているんだ、だから…」
「俺が誘えば拒む女はいない」

トン…トン、トン…。中心線がらダーツはどんどん外れていく。頭の中で不協和音は響いているような感覚だ。

「彼女も例外じゃない」
「…っ貴様!」

バスン、とベッドに押し倒された。ぎりぎりと怒りに燃える聖川の表情にいつものクールさはまるでない。俺との勝負ではあまり見せない顔だ。

「最低だ!一体どれだけすれば気が済むんだ、彼女には絶対手をだすな!」
「レディたちに手を出しちゃいけないなら、お前が慰めてくれるのか」
「は…?んっ…!?」

ぐん、とネクタイを引っ張って、無理矢理キスをした。男なのに湿った柔らかな唇だ。数秒たち、離してやるとすぐさま、パン、と軽やかな音が響いた。聖川にはたかれたのだ。グーではなく、パーだ。いつもだったら容赦なく殴っている。けれど、平手打ちだった。
じんじんと痛む頬を感じながら、俺の上で馬乗りになる聖川の顔を見ると、そこは無表情な奴がいた。いつもとまるで違う雰囲気を持つこの男にぞくりとする。

「…女の次は男か、神宮寺レン」
「……」
「軽蔑に値するな、お前にはほとほと…音楽には真面目に取り組まないし、女とは遊んでばかりだ…」
「……」
「お前との勝負など、もう終わりだ。こんな奴とは争う気などない」

氷の刺すような視線を浴びせられた後、聖川は俺の上からどいた。心地の良かった重みが外れる。
そうして、無言で聖川は俺の部屋から出ていってしまった。乱暴に扉を閉じることもなく、静かに扉を閉めた。明日になったら同室変わっているかもしれないなあと思った。俺は聖川をの去った扉をただ見つめていた。

「これでよかったんだ…」

誰に対しての懺悔なのか最早わからない。しかし俺は自然にこう呟いていた。