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どうしようもないね


※数年後同棲パロ



「どうしてあなたはこんなにもだらしがないのですか!」

朝、トキヤのヒステリックな声で目が覚めた。
昨晩俺は、親睦会と称した飲み会で終電ギリギリに帰ってきてしまい、あまりの眠たさにそのままベッドに体を放り投げてしまったのだ。潔癖症で几帳面なトキヤはそれが面白くなかったらしい。

「遅くなるなら、あれほど連絡しろと言っていたでしょう。あなたの分も夕飯用意していたのですよ。何も飲み会に行くなとは言っていません、連絡をしてください」
「あー…うん…」

飲み過ぎたのか、頭がぐわんぐわんと痛い。トキヤの凛とした声さえどこか遠く聞こえる。

「でもトキヤ、俺が飲み会で遅くなるよって言うと機嫌悪くなるじゃん…だから連絡するの億劫になるっていうか…」
「私のせいとでも?」

ギラリ、とトキヤの冷たい眼差しは光る。どうしてトキヤは朝からこんなにもシャキッとしていて元気なのだろう。

「そんなこと言ってないよ…でも俺もさ、業界の付き合いがあるから…」
「ただの飲み会でしょう。酒を飲んで馬鹿騒ぎするだけの…くだらない」
「そんなことないよ、仕事をするにあたって仲良くなっていったほうが現場も楽しくなるじゃん!」
「公私混同はいただけませんね」
「…なに?俺に飲み会行くなって言いたいの?束縛?」
「そうは言ってません」
「俺にはトキヤしかいないっていつも言ってるのになあ」

よいしょ、とベッドから立ちあがり、コーヒー豆をひいているトキヤの元へ駆け寄る。
少し驚いた顔しているのが可愛かった。

「トキヤ」
「ん…っ!や、やめてくださいこんな朝から!」
「おっと」

胸元を強く押されて、たじろぐ。こんなとき女の子ならちょっと強引に腕を封印して、もっと濃いキスをして、腰を抜かせることができるのになあ、と凶悪なことが思い浮かぶ。こういうとき男はやっぱ不便だな。
けれどトキヤも対外流されやすいと言うのに今日はそうもいかないらしい。不機嫌そうな顔をしてまた豆をひきはじめた。アナログなそれはゴリゴリと音を立てている。


「…シャワーでも浴びて頭を冷やしたらどうですか」
「それもそうだね」

そう言って俺は浴室へ向かう。トキヤはひたすら豆をひいていた。



トキヤと俺は、あの学園を卒業後事務所に所属することが決まった。卒業するころに俺たちはすでに気持ちを確かめあっていて、卒業してからも恋人同士であり続けることを決めた。互いに多忙のために、会えない時間が多くて喧嘩も増えていった。ならばいっそのこと同棲してしまえばいいんじゃないかと思って今に至るのである。

始めは、同室だったぐらいだしうまくいくと思っていた。けれどそれは学生のうちだったようだ。トキヤは俺に信用がないのか束縛するようになった。臆病な彼は直接行動にしたり言動にはしたりしないけれど、暗に縛ってくるのだ。俺はそういうのは苦手だ。

トキヤのことは好きだけれど、たまにもっと若いのだから恋愛を謳歌したいとも思う。
撮影の合間にグラビアアイドルに誘われることもある。柔らかな膨らみに心が揺れることもあるが、やはり家で待つ彼のことを思うと誘いは受けることはできなかった。
それは、まぎれもなく情からである。裏切りのような行為とも思えるそれを俺にはできなかった。
別れたら楽になれるのだろうかともう何度も考えた。レンには、少し距離を置くのも大切かもしれないとも言われたことがある。

「はー…」

頭からさんさんと降り注ぐシャワーに当たり続けても目は覚めない。俺はいい加減浴室を出ることにした。
これからトキヤに別れ話を切り出したら彼はどんな反応するかなあ、とふと思った。
別れたら、俺はもっと自由になれる。




浴室から出ると、そこにはきれいに朝食が並べられていた。色とりどりだ。なんだかいつもより豪華なような気もする。

「何を立っているんですか、早く座りなさい」
「え…?あっトキヤまだ食べてなかったの?先食べててよかったのに」
「同じ部屋に住んでるのに先食べるわけにはいかないでしょう。ほら早く」

先ほどひいてた豆だろうが、トキヤは俺のカップにコーヒーを注いでいた。
その後ろ姿にどうしようもなく愛しさが生まれてしまう。

「ねえ、なんか今日いつもより豪華じゃない?」
「…気のせいでしょう」
「もしかしてちょっと言い過ぎたかなーとか思ってた?」
「…………はい。砂糖二袋とミルク多めですね。まったくこんなのコーヒーじゃないですよ」
「もう答えてよ!」

トキヤは俺を無視してブラックコーヒーを飲んでいる。俺もつられるようにカップに口づけた。甘かった。

「うーん…やっぱ俺、トキヤのこと好きかも」
「はあ?そうじゃなかったら一緒に住んでないでしょう」
「それもそうだね…あっ目玉焼き半熟だあ」