おと | ナノ

白い背中


―まるで拷問のようだ。

 音也はベッドに寝そべるトキヤの菊の花に触れ、丹念に撫で、愛でている。それはトキヤにとっては拷問のような時間であった。
 他人に下腹部を晒し、いいように扱われ、濡れた声まであげようものなら、これ以上ない羞恥に見舞われる。プライドの高い彼にとって拷問以外のなにものでもない。

 トキヤは音也に抱かれることが、とにかく苦手であった。経験のない彼は音也しか知らない。けれども苦手だと言う意識がなぜかあった。
 初めて彼に抱かれたとき、エネルギッシュな彼らしいと言うか、まるで獣のようなそれであった。何が何だかわからない間に終わったと言う感覚のほうが強い。その方がトキヤには楽だった。

 しかし音也の愛撫は変化してゆく。乱暴に扱っていた無骨な指先は、いつしか壊れ物に触れるかのようになっていたのだ。
 女性ではないのだから、そんなに丁寧にしなくてもいい、と言っても「こんな白い体に男も女もないよ」と笑った。言っている意味がよくわからなかった。
 ギターの練習によって硬くなった指先が胸の飾りを掠めれば、感じてしまう。
 日常であってもレコーディング室で彼がギターを弾いている姿を見つけると、じっとその弦を押さえる指を見つめてしまうことが頻繁にあった。あの指先が自分のあらぬところを撫でていることを思い出すと顔から火が出そうだった。 そして自分が恥ずかしく、淫らな存在に思えて仕方がなかった。

 そんな経緯を経て、冒頭に至る。
 今日も音也は妙なところにご執心で、トキヤは顔を枕に押し付け、ひたすら耐えた。
「はぁっ、はぁっもう、やめなさい音也…」
「んーもうちょっと…」
「いい加減に…っ」
「お尻弄られて感じてるんだ?本当にいやらしいね」
「………っ」
「あっ、ひくひくってした。…可愛い」
「うう…」
 甘い声で囁かれてしまえばぞくぞくとしてしまう。
「今の可愛かったから、もう少し…」
「うぁ…!?」
 べちゃり、と音也はトキヤのそこを舐めあげた。内壁が啜られるような感触にトキヤはどうしようもなくなる。快感の渦に巻き込まれる前に必死で声をあげた。
「や、やめなさい!それは…そんなのは嫌です…ダメです…!」
「ん…どうして?こんなにびくびくしているのに」
「きっ汚いから…」
「汚くなんかないよ。トキヤが俺とえっちする前、ここちゃーんと洗ってきているの知ってるんだから」
「あああ…っ!」
 音也がそう呟きながら、ぐち、と指をねじ込むと、トキヤは射精してしまった。ぱたた、とシーツを汚してしまう。ぐちゃぐちゃになったシーツと自分の体、潔癖な彼には耐えられなかった。他人に下半身を舐められるなどと考えたくもない。それでもトキヤが音也に抱かれるのには理由があった。
「さすがアイドル…良い声だね。俺ドキドキしちゃった。そろそろ、いれようか」
 音也がそう言った瞬間、心臓がドキリとする。トキヤが濡れた熱い眼差しを向けると、その目に弱いんだよなあ、と笑われた。ぐっと質量を持ったそれが孔に宛がわれ、トキヤは息を詰める。
「ああ…!」
 先端が入っただけで、燃えるような快感に襲われる。人が変わったようにトキヤは喘ぎ始めてしまった。
 音也はいつも不思議だった。快楽に直結するのは性器への愛撫であるはずなのに、トキヤはそれを嫌がり、結合の瞬間を常に待ちわびている。いれられる側とはそんなに良いものなのかと一瞬考えがよぎるが、自分がそちら側になるつもりは毛頭ない。細い腰をおさえて、律動を開始するときこそ自分が一番気持ちの良い瞬間だと思うからだ。
「…っ本当に良い声出すね…」
「ああっ、あ、おとや、音也…」
「うんっ…なあに?トキヤ…」
「奥…っ奥入ってます…もっと奥に…」
「あははっ…わかったってば…!」
 ずん、と突き抜けるような快楽と衝動に、トキヤは参ってしまう。自分の中で音也が生きていると思うと、零れる声がとまらなかった。涙も、汗も、唾液もとまらない。シーツも、トキヤのきれいな黒髪も乱れてしまう。
「やば…出そうかも、俺…」
「…っう、う…音也、私の中に…」
「え、また?でも…」
「お願いです…奥に…!」
「わっ…ちょっと!意識して締めないで…うあ…っ!」
 魚のようにトキヤがびくびくと跳ねる。白い背中がどうにもきれいで、背骨をべろりと音也が舐めあげると、小さく喘いだ。

***

 朝、目が覚めても隣にトキヤはいない。また一人浴室へ行ってしまったのだ。朝、甘ったるい空気の中優しくおはようと挨拶をし、口づけを落としたいと音也は思っているのだが、それは叶いそうにない。早く起きて実行しようとしてもトキヤは必ず自分より起きている。ザアア…とシャワーの音がするのを耳にし、音也はもぞもぞと体を起こし、浴室へ向かった。
「音也ですか」
 何故わかったのか、トキヤは浴室の扉を開く前に正体を言い当ててしまった。恐る恐る開くと、怪訝そうな顔をしたトキヤがいる。きゅっとシャワーを止めると、張りつめた声が浴室に響いた。
「今ここは私がつかっています。すぐ済ませるのであなたは待っていてください」
「えー何でよ。俺と一緒に入ろうよ」
「男二人では狭いでしょう」
「…昨日、中に出しちゃったでしょ?手伝ってあげようかなって…」
「もう済ませました」
 ああそうですか。音也は口調がうつりそうになるのをぐっと堪えた。
「もう出ますから、待っていてください」
「わかったよー…」
 トキヤは宣言通り本当に早く出てきた。音也がベッドでまどろんでいたのを叩き起こし、白いシャツを羽織る。相変わらずきれいだなあと思った。
「じゃあ入ってくるね」
「早く入ってきなさい」
 バタン、と浴室の扉が閉まる。トキヤにとってこの時間は少し落ち着く時間でもあった。
 歯を磨こうと洗面台に向かうと、鏡に自分がうつった。肌に広がる赤い痕の散らばり具合に頭が痛くなる。嫌になってボタンを閉めた。
 鏡にいるのはトキヤだ。けれど、HAYATOでもある。

 トキヤは、HAYATOと繋がりたかった。一心同体になりたかった。自分の中に取り込みたかったのだ。
HAYATOと言う架空の存在を生きた人間にしたのが、トキヤにとっては音也だった。だから、音也と繋がれば、自分はHAYATOと繋がれるような気分になっていた。もちろん、音也は知るよしもない。
危ういナルシズムにトキヤは気付かない。鏡にうつるHAYATOにキスをした。浴室からは音也の歌声が響いてきていた。