17歳の病 ※debutトキ春ルート前提の音トキ ※れいちゃん捏造あり 一ノ瀬トキヤが好きなのだと、涙ながらに告白されたとき、僕はどんな顔をすればいいのかわからなかった。 ただ、彼のさめざめ泣いている姿は普段の天真爛漫な姿とあまりにかけ離れていて、痛々しささえ感じてしまう。そっと肩に触れるとビクンと大きく震えた。 「あの、おとやん、落ち着いて……」 「れいちゃ……、おれのこと、どう思う?気持ち悪くない?」 「そんな、気持ち悪いなんて思うわけないでしょ」 「でも、男が男を好きだなんて、おかしいよ……非生産的だ……」 非生産的。随分彼には似合わない言葉だと思った。 少年の想う彼は今日も後輩ちゃんのところへ行った。直接話を聞かされたわけではないが、あの二人の関係は明白だ。歌手と女流作家の恋人関係だなんて、そう珍しい話でもない。 それにアイドル同士のギリギリな友情も珍しい話ではなかった。異性関係が詮索されがちな若いアイドルは事務所の厳しい教えもあって、若い頃は交流関係も拘束されることもある。社長のところは特に。二十歳を越えれば、あとは自己判断とみなされ、交流関係を束縛されることもなくなってはくるが。 十代の頃、僕も縛り付けられていた。昔、たまたまスタイリストのアシスタントをしていた女の子と気が合い、デートをしたことがある。まわりの女子大生は楽しそうに学校に行っておしゃべりしたり、勉強したりしているのに、自分は毎日現場を行ったり来たり、睡眠もろくにできない、勉強もしなくてはいけない。先輩に怒られてばかり。だけどこの世界はとても刺激があるから頑張りたい、と彼女は言っていた。僕は単純に、その健気な姿勢に惹かれた。 恋人になりたいと思っていたわけではない。ただ、同じ境遇の友達がほしかった。異性の友達が欲しかった。だが、カメラに切り付けられ、無名アイドルの僕もネットにつるし上げられたのである。幸か不幸か彼女は名もない一般人だったからか、そこまでネタにはされなかった。しかしまわりは警戒した。一週間して、そのスタイリストのアシスタントは男になっていた。 僕はそれから、女の子とはそつなく接するようになった。この業界では、一定の人に入れ込んでは馬鹿を見る。そう思うようになった。誰彼かまわず老若男女優しくしていたら、男の後輩に好かれることもあった。それもこれも全部二十歳まで、と決めていた。十代の頃は我ながらストイックであった。 同性に好かれたことはあっても、好きになったことはない。だけど相談を受けたことは何度もあった。こうして目の前でしくしくしている後輩もそのうちの一人なのだ。 「ちょっと待ってて……」 そう言って僕は、可愛い後輩のためにココアを用意してやった。夏という季節が見え隠れしているというのに温かい飲み物もどうかな、とは思ったが、こういった飲み物の方が落ち着くだろう。そっとカップを持たせると、ふんわりと子供っぽくおとやんは笑った。 「トキヤもよく、こういうことしてくれた」 「ん?」 「俺が落ち込んだりしていると、トキヤこうやってココア淹れてくれたんだ。自分にはブラックコーヒー淹れてさ…」 「そっか……」 おとやんの言葉に内心しまったと思ってしまう自分がいた。僕は自分の分のマグカップを用意していなかったからだ。 「トキヤが、七海のこと好きなのは知っているんだよ俺……ていうか、あからさまなぐらいだし…あの人たちが両想いなのは知ってる……」 「うん」 「でも、トキヤってどうしてあんなに話を聞いてくれないんだろう。どうして俺たちをもっと信用してくれないんだろう。俺との同室の一年間って一体何だったんだろう、トキヤにとっては七海がすべてなのかな……」 「おとやん……」 「トキヤが頼りたいのは七海だけだって知ってるんだ、俺になんて頼るわけがないって知ってるんだ、でも俺……っ」 「うん……」 ひっくひっくと嗚咽を漏らす彼にひたすら同情が沸いてしまう。慌ててティッシュを持って彼の涙を拭いてやった。 「おとやんはトッキーとどうなりたいの?恋人?それとも親友?」 ぬらりと濡れた瞳が僕を見つめる。なんて大きな瞳なんだろう。飲み込まれそうだ。 「こい、びとは、無理だよ……」 「そうだね。彼の今の恋人は後輩ちゃんだからね…」 なら、親友って答えか残ってないよね?僕は心の中でおとやんに諭した。彼の瞳は自分を捉えたままだ。 「恋人、じゃなくてもいいから」 「うん」 「でも、トキヤはほしい……」 「……後輩ちゃんはどうするの?」 「七海は傷つけたくない……」 「そうだね。恋愛ってそういうもんだよ。後輩ちゃんはトッキーを選んで、トッキーは彼女を選んだ。そしたらおとやんは……」 「でも、ほしい……」 ぎゅるんとまばたきをしておとやんが僕を見つめた。そしてそのままゴトン!と大きく音をたててマグカップを置いて、僕の襟足をやんわりと撫でる。突然の行動に目を丸くするばかりだ。 「俺、トキヤを一回だけ抱いたことがあるんだ」 可愛い顔して何を。 僕は少年の言葉に何も言うことができず、ただ次の言葉を待った。 「だから、またあの体を抱けるんじゃないかって、触れたいって思ってる」 「それは……」 「同意のうえだよ。無理やりじゃない」 吐き捨てるように彼は言った。違う、僕はそんなことを聞きたかったわけじゃない。 「おとやんとトッキーは恋人同士だったってこと……?」 「一瞬」 今度は目を伏せてそんなことを言う。随分と大人っぽい表情だった。 「でもトキヤは七海を選んだんだ。七海を選ばれたら俺は諦めるしかないじゃないか……」 「……」 「だからせめて、親友ってポジションがほしかったんだ……」 ずるりとおとやんの手が伸ばされ、僕の頬を撫で、襟足をすくい、首筋、胸元に順に触れていった。それは性行為を思わすような動き方だったけれども、僕は動じないようにしていた。大人になれば心臓の動きだって調節できる。それは僕の感情が沈むところまで沈んでしまっているからだ。彼はひたすらぺたぺたと僕の体を触っていた。 「やっぱりトキヤが好きだなあ……」 散々触っておいてそれですか。僕は苦笑して彼の飲みかけのココアを勝手に奪って飲み込んだ。 * 翌日、結局トッキーは朝帰りをした。あのおとやんの状態だったならば帰ってこない方が確かによかったかもしれないが、十代のアイドルと作曲家が朝帰りだなんて。 「…おはようございます」 「おはよう。ちょっとここ座って」 トントン、とソファーに座るよう足で指し示す。僕の横柄な態度に彼は露骨に嫌な顔をしていた。 おとやんはまだ寝ている。いや寝ているふりをしているだけかもしれない。僕は彼はそっとしておくことにした。 「何ですか私にはやることが……」 「女の部屋から朝帰りしておいてその台詞?」 僕の普段とはまるで違う声色にトッキーは一瞬戸惑うような表情をした。 「あのさあ、僕らはアイドルなんだよ。ただ演技や歌を完璧するだけでは足らない。現場の人たちと良い作品をつくっていくためには空気作りも大切なんだ」 ぐっと彼の肩を掴むと、見た目よりも華奢だった。そのつくりに切なささえ覚えてる。この体つきも努力して手に入れたものなのだろう。 「それがチームでしょ。なのに自分は女の子の部屋で一夜過ごしてきたの?」 「やましいことは…っありません!何も……ただ、私たちは練習をしていて、曲の改善を……」 「……」 本当は彼と彼女が部屋で何をしてようかなんて大した問題ではない。彼らが真面目なのはとてもわかる。夜通し練習をしていたのだろう。だけど泊まったという事実は問題なのだ。一ノ瀬トキヤはそんなミスをしないだろうと思っていたが、余程切羽詰まっていたのだろうか。 「何も?君たちが恋人同士なのは知ってるよ。キスのひとつぐらいはしたんだろう」 その白い顔の尖った顎に手を添え、僕の方に無理やりきれいすぎる顔を向けさせた。自分でも随分意地悪な言い方だと思った。 だけどここ最近の彼の行動は危険だ。このままでは孤独を生む。少し意地悪でもこのぐらい言わないと…。 「……あなたが、疑うようなことは本当に何もしていません…信じてはもらえないでしょうが……」 無理に瞳を覗き込もうとすると目を伏せるのは、HAYATOの頃から何も変わらないんだな、と思った。 「それに、私と彼女は、それ以前の問題で……」 「え……」 まさか。長い睫毛がぱちぱちと震えている。 「私と彼女はまだ、肉体関係を持ってはいません」 「……っトッキー、そんなことは言わなくてもいいんだよ!ただ僕が言いたかったのは」 「ええ、わかっています。私のこういった態度が週刊誌にでも撮られたら、やっていようがやっていまいが問題ですからね。今回のことは私が悪かったです。すみません……」 彼はこちらを見ない。だが、すごく泣きそうな顔をしていると思った。僕は思わず、赤髪の眠るベッドを見てしまった。ベッドから彼の頭が見えていて、顔は見えない。昨日の今日だったからか僕はすごく不安定な気持ちになってしまった。 「もう、この話はやめよう。ごめんね。僕も意地の悪い言い方をした。君たちを疑っているわけじゃないんだ。むしろ本当に真面目だと思っている」 「……ありがとうございます」 なんとなく、この話を彼に聞かせてはいけないような気がした。 パンドラの箱を開いてしまうような、心もとない不安に押される。何か、変わってしまう気がした。彼は起きていただろうか。眠っていてほしい。そしてこの話を聞いていなければいいのに。 *** いまだに夢を見る。あの日の夜は私を蝕んでいく。 「ん、んう……っ」 「はあ、入ったよ、トキヤ……」 腹部が圧迫されるような感覚に嘔吐してしまうのではないかと思った。だが、体内で脈打つそれが音也の分身だと思うと、その痛みさえも悦びに変化するのであった。 「つながったね……」 「ええ……」 犬のようにだらしなく笑うから愛しくなって、私は彼の髪を撫でてやった。すると目を細めて嬉しそうに笑う。本当に犬のよう。 「はあ、嬉しい……今俺、超幸せだよ…トキヤのすべてを手に入れたんだなって思う……」 「ふふ、体だけですか?」 「心もくれるの?」 「どうでしょう」 心まではわからない。私は心まで音也に奪われてしまったらどうなるのだろう。男として尊厳を奪われ、音楽まで奪われたら私は枯れるしかない。例え音也に意志はなくとも、きっとどんどん吸い取られ枯渇していくのだ。 この男が怖い。だが愛しい。 「そうですね…今この一瞬だけはあなたに差し上げましょう」 「一瞬だけ?」 音也は不機嫌そうな顔をした。 「繋がってるとき、だけです」 「どうして?」 「どうしても、です……はは、泣きそうな顔しないでくださいよ」 「だって……俺、どうしてもトキヤがほしいんだよ……」 「あなたにはあげられません。少しでもあげたらすべて持ってかれてしまうから」 骨まで。 才能と生命力の溢れるこの男が怖かった。私は彼と一緒になったら、そのうち愛も音楽もすべて吸い取られるのではないかと思っていた。奪われるのではなく、吸い取られる。 だから私は、私にひたすら与え続けてくれる春歌によがった。春歌は私を咎めない。温かい愛でひたすら私を包んでくれる。彼女の曲だけが私の支えだ。HAYATOを捨てた私の空虚さを埋めてくれる存在なのだ。 「一ノ瀬さん?」 春歌の声ではっとした。ベッドで微睡む彼女は幼く見えて可愛らしい。そっと小さな手を握った。 「ああ、すみません…私寝てしまっていたようで」 彼女の眠るベッドの傍の椅子に座っていたが、いつの間にか寝てしまっていたようだ。時計を見ると30分程度。安心した。 「さて、そろそろ帰りますね」 「あ、あの……」 「ん?」 大きな瞳で私を見てくる春歌は愛らしい。子犬のようで撫でたくなる。そのまま良い子良い子と彼女の髪を撫でてやった。 「私って、魅力ない、でしょうか……」 「は……」 予想外の言葉に固まる。どうしたというのですか春歌。 「あ、いや、ごめんなさい、すみません変なことを言って…」 「……君は十分魅力的ですよ」 そう言って、彼女の額にそっと唇を落とした。みるみるうちに白い頬を赤くさせていく。 今は、これで許してください。すみません。 「私は謝ってばかりですね……」 「えっ、今あやまりました…!?」 「いいえ。独り言ですよ」 彼女は愛しいと思う。そして彼女は不安に思っていることもわかる。付き合って一年はたつのに、私は彼女と寝たことがない。彼女は私が初めての恋人だし、未経験であろう。不安も焦燥もあるに違いない。 私も彼女が初めての恋人のはずだ、私も未経験のはずだ。 あれは違う、あの音也とのあれは違う。あれはそんな甘いものではない! 春歌を抱けば何か変わるのだろうか。だけど抱いた先には…? *** 夢を見た。 俺は制服を着ていて、いつものようにギターを持ってレコーディング室へ向かう。すると中にはやたらでかい白い繭があった。 「繭…?だよな?」 よく見るととても繊維が細かく、光に当たるとキラキラとしていた。そっと触れてみると驚くほどしっとりとした手触りだ。 「……っ!」 触れた瞬間、ビクン!と繭は震えた。人間でも入ってそうな大きさで、グロテスクに感じる。だけど俺は手を触れずにはいられなかった。もう一度触れてみる。先ほどと若干違う震え方をした。 「中に何かいるの……?」 生ぬるい体温のような温かさを感じる。俺はそれを撫でてみた。中身が見てみたい。 カバンの中からガサゴソと筆箱を取り出し、その中からカッターを見つけた。チキチキと刃を出し、繭をそっと傷つけてみる。すっと切り傷ができた。その切り傷から糸をどんどんほどかせてみる。するすると糸は簡単にほどかれていく。中身が見えてくる。 「……っ!」 中身が少しだけ見えて、びっくりしてしまった。中から見えたのは早乙女学園のブレザーだったからだ。体つきも、男。 「誰…?」 ひゅるひゅるひゅる。 糸をほどき続ける。そして、見えたのは美しい顔だった。 「トキヤ!」 思わず大声を出して叫んでしまう。トキヤはまるで眠っているように繭に閉じ込められていた。 「トキヤ、トキヤ!今助けるから!」 チキチキチキ。もう一度カッターを取り出して大きく繭を傷つけた。糸がもっともっととほどけていく。レコーディング室は白い糸でいっぱいになっていた。 そしてトキヤの体が露出していく。トキヤ自身には何も傷などなかった。だけど俺は泣いていた。 「トキヤ、トキヤァ…ごめんね、こんなところ怖かったよね。こんなところ暗くて怖かったよね。もっと俺が早く見つけてあげればよかったんだ…!」 トキヤは目を覚まさない。俺は頬に涙を垂れ流したまま、勝手にトキヤに口づけをした。 「…っ!」 はっとして目を覚ますとそこは、真っ暗だった。狭くて暗いけどふわふわ。 「あれ、トキヤは……」 身動きがとれない。拘束をされているわけではない。ただ、身動きができるほどのスペースがないのだ。 「もしかして、」 繭に閉じ込められていたのは俺の方なのか。先ほどは俺の見た夢なのか。 「そうだった……何で忘れていたんだろう……」 俺はずっとこの繭の中に閉じ込められていて、いつかトキヤが助けてくれるのを待っているんだ。ずっとずっと待っているんだ。カッターで切りつけてもいいから助けてほしい。 「トキヤ…早く助けてよ……」 * ぱちりと目が覚めると今度は本当に現実世界だった。いつもの天井。いつもの俺のベッド。 れいちゃんは朝から元気よくダンスの練習をしたりしていた。練習場所でもないのに…。 「あっおとやん、おはよっ!」 「おはよう。あれ、トキヤは?」 「もう練習行っちゃったよ」 「そう…」 「昨日は後輩ちゃんと夜通し練習してたのに、タフだねえ」 「夜通し……」 れいちゃんの言い方に少し含みを感じてしまった。きっとれいちゃんからはトキヤが女の子の部屋で一晩過ごしただなんてかなり感じ悪いだろうなあ。 「あの二人本当に真面目だから本当に夜通し練習していたと思うよ」 「ふうん?まあ、そうだろうねえ」 「本当に……恋人同士なのにね、かえっておかしいよ……」 「彼らは恋人同士である前にパートナーだからね。仕事と公私混同はしないようにしてるんでしょ」 れいちゃんはやけに明るく言った。そして俺の肩をバンッと叩き、さあ今日も練習練習!と言って腕を強く引っ張った。 「そうだね、練習練習。練習いっぱいしなくちゃ……」 練習いっぱいいっぱいしなくちゃ。 全部忘れて俺は歌もお芝居もダンスも頑張るんだ。だから練習いっぱいいっぱいしなくちゃ。 |