マネキン やっぱり男同士なんて無理だったんだ。 ベッドにぐでんと横たわる白い背中には劣情ではなく同情を抱いてしまう。ごめんねの意味を込めて背中にキスをするとギロリと睨まれた。 「あなたに……私の気持ちなんてわかるはずがないんです」 うんまあわかろうとはしてないからね。 「……そうだね」 トキヤが言う、後ろの穴にものを突っ込むというのは相当辛いことらしい。そりゃあ出すところだからね普段は。 何よりもトキヤが耐えられないのは痛みだけでなく、精神的な侮辱であった。潔癖症の彼が排出物を出す穴に手を入れられれば、喚く。涙を流す。嫌だと騒ぐ。セックスはもっと気持ちのいいものではなかったのだろうが。俺のイメージはそうだ。そうでなければ性犯罪は減少していくはずだ。 「本当にあなたといると疲れます……体も、心も」 「え、なにそれ。どういう意味? 」 「言った通りの意味ですけれども」 少しずつ不穏な空気が流れる。トキヤはゆったりとそのきれいな体を起こした。きれいと言っても下半身には男のものがついている。まぎれもなく男だ。俺より細いけれど俺より背の高い。 「やみくもに動かされて内壁が傷ついたらどうするんですか?いやですよ、こんな恥ずかしい理由で医者にいくなんて」 「そのときは俺もついていくよ」 「結構です。そんなことしたらたちまちゲイカップルとして噂されますよ。耐えられませんね」 「……トキヤってそんなに世間体が大事? 」 「ええ、もちろん。アイドルはイメージが大切ですから」 「俺、トキヤのそういうところキライ」 「私はあなたの考えなしなところが嫌いですよ。もっと冷静によく考えて動きなさい」 「はあ? お前って本当に冷たい奴だな。感情で動くことがないのかよ」 ギロリとトキヤが冷たく睨む。俺も怯むことなく睨み返した。 ベッドで男二人が裸でにらみ合ってる。完全にトキヤの嫌うホモの修羅場ってやつなんだろうなあ。 「……私たち、距離を置いた方がいいかもしれませんね」 「距離って……同室じゃん。どうやって置くんだよ」 トキヤは無言でシャツを羽織りだす。表情は何も見えない。 「……」 「それ、別れるってこと? 」 トキヤは何も言わない。俺は沸々と静かな怒りがわいてきた。 「お前って本当にずるいね。肝心なところは俺に言わせるんだ」 「……あなたにまかせますよ」 カチャカチャと細身のジーンズを履いている。おいこっちむけよ。 「いいよ。別れよう。どうせ無理だったんだ男同士だなんて。大体、俺ら元々性格も正反対だしさ」 ベッドから降りると、ギッとやたら大きくスプリングが軋んだ。そのまま裸のまま彼の細い手をぎゅっと掴む。 「ほっそい手……女の子みたい」 「うるさい」 ばっと思い切り払われた。女の子みたいだけど全然かわいくない。何で俺こいつと付き合おうと思ったんだろう。男なのに。 「ほら、早く答えろよ。俺は別れるって言ったよ」 「ええ……別れましょう。これからは友人ですね」 「はは……友人に戻れるかどうか」 「私はできますよ」 そう言ってトキヤはマネキンのように笑った。 * それから本当にトキヤは俺に昔のように友人として接してきた。冷たくもしない。いつものように怒ったり、課題教えてくれたり、付き合う前に戻ったみたい。それが正しい事実であるかのように体に刷り込まれていく。別れて正解だったんです、別れて正解だったんですとトキヤの囁きが聞こえてくるようだ。確かに正解だったかもしれない。これが正しいスクールライフだ。 トキヤはよく、感情よりも大切なものがあると言っていた。アイドルは心が殺すことが大切なんだそうだ。そう語るトキヤは鬼気迫っていて少し怖かった。でも、だからお前歌にハートがないって言われるんじゃないのって言うとトキヤはぷんぷん怒ってヒステリーに捲し上げた。感情むき出しじゃんと思った。 でもそんなところが可愛いと思っていた。普段お高く澄ました顔をしている彼が、俺の前だけ感情をさらけ出すのが嬉しくて愛しかったのだ。 彼は本日もマネキンのような顔をして学校を過ごしている。本当にあの晩喧嘩したことが嘘のよう。これでいい。これでよかったんだと俺は思い込むことにしたし、実際にだんだんそう思ってきた。 * ある日、トキヤは恋人をつくってきた。紹介しますよ音也とマネキンのように笑って女の子を連れてきた。俺の知らないSクラスの女の子だった。その女の子もまた顔がとても小さくて手足がすらりと長くて色が白くてモデル体型の、マネキンみたいな女の子だった。マネキンが二体いるみたいだと思った。 「へー。そうなんだ。おめでとう」 俺にしてはまたえらく棒読みの声が出た。まったく感情の入ってない声だ。トキヤもマネキンもニコリとやたらきれいに笑って、 「ありがとう」 と言った。何に対してだよ。 ところが、マネキンとは不思議なものである。 マネキンが身に付けているものは不思議と魅力的に見えるのだ。店内に置かれている何気ないそれたちも、立体的になるだけで一気に欲しくなる。マネキンが持っているだけでほしくなる。 隣の芝生は青い。そんな言葉があるぐらいだ。 俺は、今動揺していた。 トキヤは他人のものになったと思った瞬間、トキヤが欲しくて欲しくてたまらなくなったのだ。 あのきれいなマネキンが選ぶぐらいだ。トキヤはそれだけの価値がある。あれは元々俺のものだったというのに。 他人のものだと思うと急に欲しくなる。衝動はもう止められない。俺は感情的に動くタイプだからね。ブレーキはきかないよ。 * ある晩、俺はトキヤを襲った。いつものように黒いパジャマに身を包み、ふかふかの布団に入り込んだトキヤの肢体をシーツに縫い付けた。何度も見た光景だというのにやたら扇情的に見える。 白い裸体を包んでいるのは黒いパジャマ。その下にはグレーのボクサーが眠っている。顔つきに似合わない立派な性器。 それらを確かめるように俺は少しずつ指先を巡らせる。白い頬、赤い唇、長い睫毛。すうすうと規則正しい寝息をたてるそれを邪魔しないようにそっと口づけると、ぱちりとトキヤが目を覚ました。 「なっ……音也……!? 」 「しーっ。騒がないで」 「ど、どきなさい……! 」 「何で? 前はよくこういうことしてたじゃん。抜きあったりさ」 その言葉に白い頬が薔薇色に染まる。やっぱりトキヤはきれいだ。 感情をむき出しにしたときが一番きれい。俺たちは人間だからね。 「あのマネキンとはしたの? 」 「は……? マネキン? 」 「あー違った。あの、新しい彼女」 「した、とは? 」 きゃるんと上目遣いの目が可愛い。思わず声色も優しくなってしまった。 「抱いたかって聞いてるんだよぉ、トキヤ。俺とできないから女の子の恋人つくったんじゃないの? 」 「別に……彼女は冷静でアイドルの志をよくわかっているから、お互いに高めあえる恋人同士になれるのではないかと、」 「じゃあ、してないんだ」 「……」 無言の肯定をされた。なぜだかそこで俺のテンションは一瞬落ちた。トキヤは完全に他人のものではないような気がしたからだ。 「やっぱり俺、トキヤのこと好きみたい。ね、もう一度付き合おうよ」 「……それはできません」 「どうして? 」 すりすりと頬を手の甲で撫でる。トキヤに否定されようとも俺は大して傷つかなかった。答えなど明白だからだ。口の端が上がるのが止まらない。 「彼女と付き合って、まだ一週間しか……」 「一週間とかクーリングオフ期間じゃん。大丈夫だよ。やっぱ駄目でしたって言えばいいんだよ」 「あなたは……人を何だと思って……っ! 」 トキヤが突然声を大きくあげたかと思うと、女のように俺にビンタしてきた。女のようだけど力は男だから結構な痛さである。 「……いって……」 「だから……だからあなたは嫌なんです! こんなことして不毛なだけなのに! 」 夜中は静かにしなさいってうるさいトキヤが今、部屋で大きな声を出している。けれど感情的なトキヤってやっぱり魅力的だなあと思いながら痛む頬を抑えていた。暗くてよく顔が見えないのが残念。けれどきっときれいな顔をして怒っているのだろう。 「あなたといると、私は私のようではなくなるし、あんな痛い想いをして性行為をすると、あなたとの関係を咎められているようで、」 「えっトキヤ、そんなこと考えながらしてたの? 」 「あとやっぱり男同士なんて週刊誌の良いネタにされます、アイドルは心を閉じ込めなければいけないんですよ。マネキンのように笑っていなければいけないんです」 「トキヤそんなに笑わないじゃん」 「……こちらにも色々あるんです」 「はあ」 そっと近づくと彼の瞳がうるうると涙目になっていたことを知る。なんだか幼くて可愛い。小さく音をたてて、頬にキスをした。「私は、幸せになってはいけないのですか」 「ん? 」 「あなたを忘れようと、普通の恋愛をしようと思って恋人をつくったのに……」 目を伏せたトキヤの睫毛はばしばしだ。俺はだんだんとドキドキしてきて、彼の手をきゅっと握った。暗がりに白い顔が驚いたように顔を弾けさせる。 「可愛い」 「は? んむ……っ」 そしてそのまま唇を押し付けた。柔らかい。そのまま舌を絡めようとしても頑固な唇は開かなかったが。 「だ、だめです」 「けち」 ふふふと笑うトキヤはとても可愛い。だけどその可愛さをめちゃめちゃにしてみたいなあとも思う。やっぱりトキヤはきれいだと思うからだ。 「いつかちゃんと抱かせてよ。優しくするからさ」 そう言うとトキヤは暗い部屋でもわかるほどに顔を真っ赤にさせた。あっはっはっ。かわいい。俺だけのトキヤだ。 |