音トキクリスマス | ナノ


音トキクリスマス


 意外と思われるかもしれないが、俺は冬が好きだ。確かに寒いのはかなりの苦手だが、冬の早朝の冷たい空気はひんやりと気持ちが良く感じる。
 それは大人になってからできた理由だ。幼いころは、冬はイベンド尽くしだから好きだと言うのがずっと大きな理由だった。
 施設ではハロウィンパーティーを終え、冬支度を始めるとクリスマスパーティーの準備をする。みんなで合唱を練習したり、年が小さい子は飾り付けの準備、大きくなるとケーキをつくったりする。そして若い男の先生がサンタクロースの格好をしてみんなを喜ばせてくれるのだ。
 毎年その時期になると、「サンタさんへのお手紙」を書かされることになる。それはまさに率直に言うと自分のほしいものを書く手紙である。
 俺はゲームとかボールとか色々適当に書いていた。適当にと言うのは本当に欲しいものは別にあったからだ。

 天真爛漫で健康的な幼少時代を過ごしていた俺ではあるが、今思うと妙に大人びて冷めたところがあったと思う。これは施設で育った子らには割と言えることで、どうしても自立するように育てられるからだと思う。
 本当にほしい願いは「両親と会うこと」だった。だがそんなことを手紙に書けば先生たちはきっと困るだろうと思った。だから形のあるおもちゃをいつも書いた。もちろんそれも欲しい。だけどもっともっと欲しいものは両親だった。
 だからもう俺は小さい頃にサンタクロースはいないと知っていた。サンタクロースのようにプレゼントをくれる優しい大人の存在をもう知っていた。
 それでも冬はイベントシーズンであるし、お正月もすぐ来る。賑やかなイベントごとが好きな俺にとっては好きな季節だった。

 しかし今の俺はアイドル。テレビの仕事をする人になった。クリスマスなど関係ない。いつも通り仕事だ。
 この仕事に就いてから、曜日感覚、祝日感覚がまったく機能しなくなった。テレビの仕事などサービス業中のサービス業なのだからそうであろう。かえって寂しくないからちょうどいいかとも思うが。
 恋人のトキヤにとってはクリスマスなどなお一層関係ない。どうせケーキは太るなど言って買ってきても食べてくれない。本当につまらない男だ。プレゼントぐらいは用意してみようとも思ったが、冬は特番収録ラッシュでろくに見る暇もなかった。帰りは遅くなるから店は開いてない。早く起きてオープンと共に店に入ってから出勤すれば間に合うかもしれないが、情けないことにそんなことをできる甲斐性が俺にはなかった。ケーキが一番楽なのに。いつもそう思っていた。考えなくて良いし、コンビニとかで買えるし。こういうことを思う度に最低な恋人でごめんと、内心トキヤには思っている。もう付き合って五年はたつと言うのに俺はトキヤのほしいものがわからない。現金封筒に入れて渡したら殴られるかな。
 そうぼんやりとクリスマスの広告たちを眺めながら足早に街道を通り去った。今日も仕事なんですよ僕は。若い男女は随分と楽しそうですが。クリスマスケーキはどうですかあ。お姉さんたちの甲高い声が響く。
「うわー…また入り遅刻ギリギリだよ…」
 俺の独り言が冬の空気と街の喧騒に溶けて消えていった。



「………」
 街の空気に飲まれて、ついついケーキとシャンパンを買ってきてしまった。そして俺は今トキヤのマンションの部屋の前にいる。やっぱりクリスマスだし何も用意しないのは忍びないと思ったのだ。いや食べなくてもいいし。俺が食べたかっただけだし。
 らしくもなく少し緊張しながらインターホンを押す。メールで家にいるか確認すればよかったのに、なぜかする勇気がなかった。時刻は二十二時を過ぎている。
「はい」
「あっトキヤ!!」
 ガチャリと思いのほか早く扉が開いた。トキヤはいつものクールフェイスだ。妙に心臓がどきどきする。本当に俺らしくない。
「…ケーキですか?」
「う、うん。一応クリスマスだし…トキヤ食べないかなとか思ったけど…」
「寒いでしょう。今コーヒー淹れてあげますから入りなさい」
「俺コーヒー飲めない」
「間違えました。ココアですね」
 いいから入りなさいとトキヤは俺を招き入れた。この時間に家にいるということは今日はずっと一緒にいれるんだ。なんだ、よかった。嬉しい。と思いながらダウンを脱いでいると俺とは対照的にトキヤはコートを着込んでいた。
「え…何、トキヤ出かけるの?」
 俺が声を掛けるとトキヤはものすごく申し訳なさそうな顔をする。珍しいぐらいだ。
「…せっかくのクリスマスなのに、すみません」
 トキヤがそんな殊勝なセリフを言うなんて。俺はどんどん悲しみに打ちひしがれる。
「あなたがせっかくケーキも買ってくださったのに」
「こんな時間から?いつ帰ってくるの?」
「急な打ち合わせなんです。生放送だから時間がないと…」
「なにそれ」
 自分でも呆れるぐらい情けない声がでた。トキヤも困ったような顔している。テーブルの上に無造作に置かれているケーキの箱もシャンパンも滑稽に思えてきた。
「ケーキもシャンパンも、冷蔵庫に入れておきますね」
「いつ帰ってくるの?」
「わかりません」
「…なにそれ…っ」
 子供のような声がでる。俺はもう子供じゃないのに。トキヤの前では簡単に子供になってしまう。泣きそうだった。クリスマスの夜だと言うのに。自分だってこういう業界に就いているのだから、急にスケジュールが崩されることを知っているのに。トキヤだって休みたかっただろうに。
 パタン、と静かに冷蔵庫が閉じた音がした。

「もう、電車が厳しいので私は行きます。音也はそのまま家にいて…」
「……」
「音也…」
「…わかった。ごめん。俺わがままだったね」
 トキヤの黒いマフラーをぐんと引っ張って、背伸びをして軽くキスをした。プレゼント、マフラーでもよかったかなとその瞬間思った。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
 温かい部屋を出ていき、トキヤを追いかけるように玄関まで送る。トキヤの家なのに俺の家みたい。トキヤは寂しそうに笑って寒い外に出て行った。

 まさかあんな空気になると思わなかった。
 ケーキなんて食べません私は仕事ですって冷たく言ってくれれば俺だってなんだよって怒って笑えたのに。あんなに申し訳なさそうな顔をして、寂しそうに笑うとは思わなかった。
「寝ようかな…」
 何もする気になれなくて、俺はケーキもシャンパンにも口つけないまま、トキヤのベッドで勝手に寝た。疲れていたのかすんなり眠りにつけた。



「ん……」
 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。朝だ。
「んん〜…」
 布団が温かすぎて出たくない。もぞもぞとしているとやけに狭い。んん?
「えっ」
 ふと足がふくらはぎのようなものに当たった。もしかしなくとも人の脚だ。眠い目をこすり、寝返りをうってみると、そこにはすうすうと寝息をたてる恋人の姿があった。
「ト…トキヤ!?」
「う…うるさいです…全然寝てないんですよ、こっちは…」
「えっ、いや〜…えっと」
 うんうんと唸るトキヤの顔は少し疲れているけどやはりきれいだ。愛しくなって、ちゅっと頬に口づける。するとぱちりと切れ長の目が開いた。ちょっと顔が赤い。
「あは。目覚めた?」
「……眠いです」
「王子様のキスだね?なんちゃって」
 自分でもひくぐらいのテンションのあがりようだった。昨日の落ち込みとは一体何だったのか。けれど、トキヤがいて嬉しい。そっと彼の黒髪を撫でた。
「ふふふ」
「何笑ってるんですか」
「サンタさんはよくわかってるなあって」
「は?」
「サンタさんからのプレゼントだよね。朝起きたらトキヤがベッドにいるんだもん。俺のほしいものわかってるよ」
「ん…音也、」
 ちゅっちゅっと啄むようなキスを浴びせる。トキヤ寝てないのにこのままするのは酷かな。でもこの雰囲気が甘すぎて、したくなっちゃう。
「ちょ、ちょっと待ってください音也」
「んー…ごめんね」
「ま、まくら!枕元見てください!」
「えー…なに」
 そのままベッドでトキヤを押し倒し、手をぎゅっと握る。疲れた顔したトキヤってなんだかセクシーかもと思い始めてしまった。
「トキヤ、好きだよ」
「私もで…じゃなくって、枕元にプレゼントがあるんです!」
「え」
 枕元を見ると、確かに黒い紙袋に赤いリボンのついた袋がある。プレゼントだ!
「トキヤはやっぱり用意してくれてたんだ!」
「あなたは用意してないってわかってましたよ」
「わあ。なんだろう!」
「人の話を聞いてませんね」
 寒いけど起き上がり、プレゼントを開けてみる。紙袋も小さいが、プレゼントと思われる箱と封筒が入っていた。まさか手紙か?
「えーなんだろう…」
 手紙とか読んだら泣いちゃう予感がしたから先に箱を開けてみることにした。プレゼントは時計だった。
「とけい!わーなにこれ!かっこいい!」
「あっ、あなたが時間にあまりにもルーズだから、それを使ってもっと今以上に時間を守るようにしなさいという意味で」
「えへへ、つけちゃお」
「……ちゃんとサイズ調整してくださいよ」
 俺はいつも使っているやつはデジタルのカジュアルな赤色の時計で、トキヤのチョイスしてくれた時計は黒い地盤にシルバーの秒針と言うシンプルなものだった。それを腕にはめてみるだけで大人になった気がする。少しぶかぶかだった。
「ぶかぶかだ」
「さっきから人の話聞いてないでしょう。お店でベルトの調整してください」
「はいはい。あ、この封筒は…?」
 トキヤに聞いてみるとぼっと顔を赤くさせる。時計の時よりも遥かに赤い。やっぱり俺への感謝の手紙だったのか…。と思いながら封筒に手をしてみると手紙じゃなかった。少し重い。もしかして、と思いつつ封筒を真っ逆さまにして手をあててみると、チャリンと小さな重みが落ちてきた。鍵だ。
「これ…」
「……合鍵です」
「どこの」
「…っわざと聞いてるんですか!?私の部屋の合鍵ですよ!あなたが、いつ来ても、いいように……」
 だんだんとトキヤの語尾が弱くなっていく。久しぶりにトキヤのこと世界で一番可愛いと思った。普段から割と可愛いとは思っているけどそれはムラムラが絡んだときとかのほうが多かったと思う。あ、ほら。トキヤはきれい系だから。
 でも今は、白い顔をどんどんと赤くさせるトキヤが愛しい。可愛い。
「嬉し…」
「あっ」
 トキヤの腕を引っ張り、ぎゅっと抱きしめた。体が少し冷えている。ごめんねとありがとうを言うように彼の頬に口づけた。
「トキヤが俺のサンタさんだったんだなあ…」
「…サンタじゃありません」
「ん?」
「恋人がクリスマスにプレゼントを贈るのは普通です」
「あっ!!」
「!?」
 べりっとトキヤを引きはがし絶叫すると、トキヤがクエスチョンマーク全開でこっちを見てくる。かわいい。じゃなくて。
「俺!トキヤにプレゼント…!」
「あ、ああ。最初から期待していませんよ」
「ほしいものない!?買ってくる!」
「ほしいもの…特には…」
「何か言ってよ!俺の気がすまない!」
「困りましたね…」
 トキヤがやけにかわいい顔で困っている。昨日も困った顔してたけど今日はかわいい。俺って単純すぎる。
「あ」
「決まった!?」
「あなたが私だけに歌を歌ってくださればそれでいいですよ」
 ふ、とトキヤが笑う。本当にそんなに急に可愛くなってどうしちゃったの。
「じゃあトキヤだけに一十木音也クリスマスライブしてあげるね」
「それは楽しみです」
「その前にトキヤにはベッドの中で俺だけに歌ってもらおうかな!」
「昨日寝ずに打ち合わせしたんですよ。勘弁してください。あっやはりクリスマスプレゼントは今日一日炊事洗濯掃除してくれればいいですよ。まずは洗濯お願いしますね。私は眠いので寝ます。おやすみなさい」
「ノリ悪すぎだろ…」
「タクシー飛ばしてきたんですよ察してください」
 そう早口に言ってトキヤはぼすんとまたベッドに沈んでしまった。本当に疲れていたんだろうなあと、すぐに寝息をたてる。さらりと黒髪を撫でて、白い頬と赤い唇に口づける。
 もう寂しくなんてない、と俺は心の中で呟き、もう一度ベッドに入って眠りについた。