★誰が総司に口づけしたの

※この話は「誰が私に口づけしたの」の逆転バージョンになっています。
「誰が私に〜」を読んでいること前提です。男だらけの屯所で総司がキス犯人を探す内容ですので、苦手な方はご注意ください。







ポカポカの陽気に誘われて、縁側で日向ぼっこをしていた。
柱に寄りかかりながら空を眺めていると、あの子と同じ景色が見れる気がしたから。
発句集を盗み出したり詠み上げたりとはしゃいでしまい、少し疲れていたのかもしれない。無防備にも総司はうとうとと夢の中へと入りかけた。

トタトタトタトタ。誰かが近寄ってくる音がする。


千鶴ちゃんかな…。
千鶴ちゃんだといいな。
手を伸ばして抱き締めて、一緒に昼寝したい。


そう思うのに瞼が開かなくて、身体も動かない。すぐそこにいる誰かが優しい手付きで総司の髪を撫でる。


気持ちいい。
千鶴ちゃん、だよね?
珍しい……でも、もっと触ってほしい。


すると、唇に柔らかい感触をうけた。今まで感じたことのないような、ふわふわの何かが触れる。
仄かに甘い香りが漂い、総司はだんだん心地良くなる。それは、一度離れるともう戻ってくることはなかった。
ただ感触だけが残る唇を寂しく思いながら、総司は目を開いた。しかしそこには誰もいなかった。
周りをキョロキョロと見回すと…………赤毛の男が視界に入った。
「……左之さん」
「よう、総司。千鶴見なかったか? 昼飯の準備、手伝ってもらおうと思ってな」
「千鶴ちゃんは今……」
覚醒した頭でよくよく考えてみた総司は、はて、と首を傾げた。
確か千鶴は今、三番組の巡察に同行しているのではなかったか。つまり、今は屯所にいない……………………ということは。









一体誰が僕に口付けをした!?











夢、だと思いたくて自身の唇に触れてみる。夢というには生々しい感触が残っていて総司は青ざめる。
唯一の女子、千鶴がいまは外出中なのだから、この屯所には男しか残っていないわけで…。
それ以上は考えたくなくて、袖でゴシゴシと口元を拭き取った。
「……左之さん。念のため聞きますが、僕に……触りました?」
「? なんで触んなきゃいけねーんだ。寝てるおまえに無闇に近づいたら最悪斬られちまうだろ」
「ですよね」
いくら寝起きといえど殺気もない相手に斬りかかりはしないだろうが、ともかく念のため聞いて安心したかった。
ついでにいつも原田と一緒にいる永倉のことも聞いてみたが、どうやら彼は今一人でせっせと昼食作りに追われているらしい。
千鶴がいないならさっさと戻らないとな、と去っていく原田の背中を見送りながら、総司は額に手のひらを当てた。


嫌だ。
無理無理、有り得ない。
千鶴ちゃん以外考えたくない……。


だけど千鶴は巡察についていって屯所にいない。
たとえ屯所にいたとしても、あの照れ屋で恥かしがりの彼女が自分からあんなことをするだろうか。
考えれば考えるほどゾッとするような答えしか出てこなくなってしまい、総司はヨロヨロと廊下を歩く。
そこへ、トタタタタと小走りで近寄ってくる音がした。ちょうど廊下の角で出くわした足音の主は、どこか浮かない顔をした平助だった。
「そ、総司!? ……起きてたんだ!」
 なんで寝てたこと知ってるの。
総司が思わず平助を凝視すれば、平助は何かを誤魔化すように大袈裟に身振り手振りを交えて聞いていないことまで話し出した。
これでは何かあったことを察してくれと言っているようなものだ。

そういえば足音……

総司はあのとき耳にした足音を思い出した。
原田や永倉は体格も大柄で、足音も豪快だ。そんな彼らが痛んだ板目を踏めばミシッと軋む音がする。あのときはそんな音しなかった。
例えば斎藤などは、何の習性かもともと足音を消す癖があるようだ。ならばああいった場面でも足音など立てないだろう。
平助は……先程聞こえた平助の足音を思い返すと、あのときのものと似ているような気がした。


まさか平助が…!?
いやいや、足音だけで判断しちゃ駄目だって。
たぶん小柄な人は皆あんな足音なんじゃないかな。
ほら、千鶴ちゃんとかさ!


そこまで行き着いて、総司は再び千鶴が巡察同行中だったことを思い出して項垂れる。
小柄な隊士として思い浮かぶのは数名いるが、正直どいつもこいつも考えたくはない。
千鶴が駄目ならいっそ遊びに来ていた近所の子供とか……いや、一緒に遊ぶような子供にそんなませた子はいただろうか。
迷宮に入り込んでしまったかのように自問する総司を、平助は若干距離を置いて見ていた。
しかし、突如総司の瞳は、決意したかのような鋭い追求の眼差しへと変わった。
「平助さっき……縁側に来たでしょ」
「お、俺は、別に、なにもっ」
だからなんでドモるの。
「そ、そーいやさ、土方さんが総司のこと探してたぜ!」
だからなんで話題変えようと必死なのさ。…………って。
「土方さんが?」
「お、おう。また土方さんの大事なもん盗んだんだろ」
昼寝をする前、確かに土方秘蔵の発句集で遊んでいた。なくなったことに気づいた彼が鬼の形相で探し回ることは優に想像がつく。
しかし、まだ総司は土方と出くわしてはいない。そう広くはない屯所で、土方が総司を探し出すのに時間はかからないだろうに。何より、隠れていたわけではない。
なのにまだ土方が自分の前に現れないのは……いやいや、だいたい発句集は総司の部屋の目立つ場所に置いてある。
土方は総司本体よりも先にそれを発見して満足して、部屋に戻ったのだろう、そうに違いない。
答えに行き着く前に総司は首をぶんぶん横にふり、無心になろうと試みた。





すると、そこへ。
「何をしている」
声の方向へ目を向けると、浅葱色の羽織を着た斎藤がこちらへ歩いてきた。
巡察から戻ってきて土方へ報告に行くところなのだろう。その後ろにひょこっと千鶴の頭が見えた。
善からぬ想像で憔悴気味だった総司は、癒すを求めて千鶴に飛びついた。
「千鶴ちゃん、お帰り」
「たっ……ただいま、帰りました!」
ただいつものように挨拶しただけなのに、千鶴は総司から逃げるように斎藤の背後に隠れ、みるみるうちに湯気でも出そうなほど顔を赤く染め上げた。不自然極まりない。
あやしい――そう思うと同時、総司の中に明るく輝かしい希望が咲き乱れた。
なにせ千鶴は照れ屋で恥ずかしがりなのだ、あんなことをすればきっと、こんなふうになってしまうのではないか。

「……千鶴ちゃん、本当に巡察に行ったの?」
「いいいいい、行きました、今斎藤さんと一緒に戻ってきたところです、え、縁側なんて行ってません!私なにもしてないですっ、嘘ではないです!」
ズバリ指摘してみれば、千鶴は斎藤を盾にするように前に押し出し、必死に否定する。
彼女が嘘を吐くのが下手なことは、周知の事実。第一聞いていないことまでしっかり答えてくれた。
総司は動揺している千鶴の様子に心底ホッとする。
「縁側、来たんだ。それで何したの?」
安堵感から込み上げる笑みを隠し切れず、総司は口元に弧を描きながら千鶴の唇へと視線を落とす。
視線に気づいた千鶴は、さらに顔を赤々とさせ、慌てて手で口元を隠した。
「く、くちづっ、――なんて、してないです! 斎藤さんと巡察に……っ!」
口づけなんて単語、誰も出していないのに千鶴は口走ってしまった。総司は嘘の下手な可愛い犯人に思わず吹き出してしまう。
犯人もわかったことだし、あとは犯行の動機や手口を聞きだすだけだ。人を混乱させた罰として、とことん追い詰め、事細かに。

「ふぅん。一君、本当に?」
「ああ」
斎藤に確認してみれば、しれっと千鶴の嘘に便乗した。どうやら事前に口裏を合わせていたらしい。
この共犯者の口を割るのはいささか骨が折れるだろう。が、総司の追求の対象は共犯者ではなく、実行犯の千鶴だけだ。
「いいの? 一君に嘘をつかせて」
「えっ……」
「嘘ついたら切腹なんだよ」
「ええっ!?」
「君は知らないかもしれないけど隊規でそう決まってるんだ」
「総司、千鶴に嘘を教えるな」
「あーあ、一君は千鶴ちゃんのせいで切腹かあ。幹部の粛清だから…きっと僕が介錯することになる」
仲間を手にかけさせるなんて、千鶴ちゃんは酷い子だねー。
わざと良心を刺激させるような言い方をすれば、千鶴が動揺するのは目に見えている。せいぜい嘘吐いたことを反省すればいい、と総司は内心ほくそ笑む。
「ああああああああのっ、わ、わ、私……!」
「落ちつけ千鶴。からかわれているだけだ」
「で、でも土方さんなら……土方さんなら……!」
千鶴の中で一体どれだけ土方が鬼なのかは定かではないが、とりあえず彼女は土方ならヤルという結論に至ったらしい。
畳み掛けるなら今だ。
「平助もなにか知ってるみたいだよね」
「おっ、オレを巻き込むなって! オレはただ通りすがっ――」
「平助君、ダメっ、言わないで!」
突然矛先を向けられた平助は無関係を主張しようとするが、それを千鶴が涙目で止める。どうやら平助はただの目撃者らしい。
だが総司にとっては好都合な重要参考人だ。
「……な、何も言わねえ! オレは何も言わねえからな!」
千鶴のうるうる攻撃に折れた平助は、そっぽを向いてボソリと黙秘権を振りかざした。

「はい、平助も切腹決定」
ビシッと指差して宣告した総司に、平助はええええええっ!?と盛大に驚きの声を上げる。
真に受けた千鶴は青ざめながらガタガタ震え、斎藤は大きな溜息を漏らした。
「沖田さん、違うんです! 平助君も斎藤さんも関係なくて、私が勝手に……!」
優しい千鶴には最初から共犯者を見捨てることなどできないのだ。
単純すぎるほど単純な子でよかった、と総司はにっこり安心させるような笑みを浮かべ、助けを求めるように縋る千鶴の両手を取った。
「千鶴ちゃん、今ホントのこと言えば一君と平助のことは僕がなんとかしてあげる」
「ほ、本当ですか?」
「うん、僕を信じて」
こうして千鶴は全てを自供したのだった。







市中で少々不穏な動きがあったとの報告が入り、直前で千鶴の巡察同行に待ったがかかった。
大事が起きる可能性を考慮すれば、千鶴はいないほうがいい。
急遽することがなくなった千鶴が屯所内をふらふら歩いていれば、縁側で柱にもたれている総司を見つけた。
お喋りしたくてトタトタと近づいてみたら総司が珍しく熟睡していて、起きる気配もなかった。
「それで思わず髪を触りたくなったんだ」
「は、はい。ごめんなさい」
犯行現場に総司は座り込み、千鶴を膝の上に乗せて問い詰めていた。
恥ずかしさと申し訳なさから千鶴は爪の先まで赤くさせ、両手で顔を覆って隠していた。
「どうしてそこで止めなかったの?」
「ええと、あの……起きなかったので、つい」
「寝込み襲っちゃったわけだ」
「ち、違っ…………違くは、ないです」
言い方がえげつなくて千鶴は思わず否定しようとするが、まあ、やっちまったことはそれに近い。
それに今の二人の関係は加害者と被害者で、千鶴に逆らう権利などない。念のために言っておくと加害者は千鶴で被害者が総司だ、一応。
「それじゃあ、どーぞ」
「え……?」
「だから僕が寝てるときにしたこと再現してみて」
ようやく平静さを取り戻しかけた千鶴に、総司はとんでもない要求をした。当然千鶴は再び慌てふためく。
「な、な、な、んで」
「だって本当に千鶴ちゃんがやったなんて証拠ないし、君が一君や平助を庇ってる可能性だってある」
「あの二人は本当に、無関係です」
「だったら証拠見せて」
総司は手を千鶴の手と絡め、己のほうへ誘導する。
あのとき千鶴がやったように髪を撫でさせて、そして次は千鶴自身を、もっと傍へと導く。
腹を括った千鶴は、瞳と唇をギュッと閉じて総司へと証拠を示す。


柔らかい感触。
仄かな甘い香り。
ただ触れるだけの幼い口づけ。


――ああ、やっぱりあれは千鶴ちゃんだったんだ。
確かな証拠を受け取った総司は、幸せを噛み締め、破顔する。
千鶴はと言うと、唇を離した瞬間に総司から距離を取ろうとじたばたしている。
きっとあのときもそうやって慌てて逃げて行ったのだろうが、今回は総司が逃がさないように抱きすくめている。
顔を真っ赤にして恥じらっている千鶴が可愛くて、総司は心からの笑みを浮かべて、優しく、言った。



「ごめん、わからなかったからもう一回してみて」



「なっ、何言って――」
「あのときと同じような違うような……たぶん次でわかると思うから。ね?」
「だ、だって……そんな…………」
「千鶴ちゃんが犯人だって確信できないと他の人に容疑がかかるよ」
「……っ!」

結局この実況見分は何回も何十回も繰り返され、その後、火照ってぐったりしている千鶴を上機嫌で抱きかかえる総司の姿が多くの隊士に目撃されたらしい。



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