★パッションピンク

練習試合の遠征先は、創立三十周年を迎える公立高校だった。
旧式の古びた体育館は狭く、二階エリアは窓を開ける足場程度しかない。
そんな場所に何校もの剣道部が集結したとあってはごった返すのが道理だ。

薄桜学園剣道部が陣取ったのは入口とは反対側にあるステージ前の一角。
そこに各々が荷物を置き、各校の部長が集まりミーティングをする。
その間に他の部員たちは着替えをするのだが、まあ、当然ながら全員が入れる更衣室などない。
男だからそんなに気にすることもなく、それぞれがその場で着替えを始めるのだが……

「千鶴ちゃんはどこで着替えるの? 心配だから僕も行く」

学生バッグを抱えたままどこかへ移動しようとする千鶴を見つけ、総司が呼び止める。
薄桜学園唯一の女子である千鶴は剣道部マネージャーで、こういうときはいつもどこかでこっそり着替えていた。
総司は自分の荷物を手に取りながら、他校で一人行動をしなきゃいけない千鶴の身を案じるふりをする。

「空き教室を女子更衣室として開放しているそうなんです。着いて来ないでください」

今日は男女合同の交流試合のため、女子の着替える場所だけは校舎のほうに用意されていた。
場所によっては体育館備え付けの狭いトイレしか着替える場所がなかったり、女子トイレすらない男子校だったりと途方に暮れることが多々ある。
だけど今日はその心配をせずに済むのだ。
千鶴はにっこり顔で総司の申し出を断った。

「せっかく手伝ってあげようと思ったのに」
「結構ですっ!」

不満げな総司をかわして千鶴は体育館外へ進もうとするのだが、総司に手を取られ、止められる。
まだ何か用なのかと疑問顔で振り返ると、総司がにんまりと笑みを浮かべた。

「いつもみたいに僕の着替えは手伝ってくれないの?」
「えっ?」
「千鶴ちゃん、僕のボタンとか色々外すの上手になってきたよね♪」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!! なにっ、言ってるんですかっ!?」

何の話だとは敢えて言及しないが、その言葉の意味に気づいた千鶴は顔を真っ赤にさせながら大慌てで総司に詰め寄る。
両手で口を塞ぐようにして総司の言動を抑え、クリッと真ん丸の瞳で睨み付けた。
その慌てっぷりを楽しむかのように総司の笑みはますます深くなる。
だが千鶴は総司のからかい顔よりも、今の会話を周りの部員に聞かれていないかを気にし、キョロキョロと周囲を見回した。
……全員が気まずそうに千鶴から視線を逸らし、何事もなかったかのようにいそいそと着替えを再開させる。
その態度を――千鶴は「聞かれてなかったみたい」と判断し、ホッと胸を撫で下ろした。

「寂しいからすぐに戻ってきてよ」
「沖田先輩もすぐに着替えてくださいね」

未だ制服のままの総司に見送られながら、千鶴は体育館入口へと向かって歩き出した。
どうしてあんなに人の多い場所でぽろりと発言してしまうんだろう、と先程のやり取りにちょびっとだけ憤慨を寄せる。
実は千鶴と総司は数ヶ月前からお付き合いを始めたのだが、周囲にはそのことを言っていない。
付き合う前から「そーなんだろ?」という空気が一部であったので、敢えて報告をする必要も感じなかったことが大きい。
あと強いて言えば、剣道部の部員とマネージャーという関係なことも関わっている。
下手に打ち明ければ他の部員から気を配られてしまうのでは……という千鶴の妙な心遣いだ。
――まあ、千鶴本人がバレていないと思っているだけで周囲にはとっくに勘付かれているというお約束のパターンである。

千鶴はジャージに着替えた後に何をしなくちゃいけないかを考えながら歩く。
ミーティングの終わった部長と打ち合わせをしたり、ドリンクを用意したり、やることは多々ある。
と、そこへ前方から他校の女子部員が数人、歩いてきた。
彼女たちは既に剣道着に着替えていて、何かを楽しげに話している。
擦れ違い様に偶然聞こえたその会話の内容が――。

「ねぇねぇ、薄桜高校の人たちが着替えてるー!」
「話しかけちゃおうよ。間近で見れるよ」

………………。
思わず千鶴の足が止まった。
実は千鶴は、更衣室が確保してもらえる女子部との交流試合が好きな反面、苦手でもある。
その理由は今のような他校女子による試合以外での「交流」がなかなか激しいからだ。

総司はモテる。いや、総司だけではない。
薄桜学園の剣道部は顧問を始めとする何人ものメンバーが常日頃から女性の視線を集めている。
通常の登下校時ならば「他校生」という関係上、その殆どは遠巻きに見ているだけ。
しかしそれが部活交流会ともなると、「剣道部」という一つの枠組みの中に入ってしまう。
すると途端に彼女たちは積極的になり、ぐいぐいと距離を縮めに図るのだ。

千鶴はいつの間にか来た道を戻り、先程擦れ違った女子部員たちを追い抜き、薄桜学園のスペースまで戻ってきてしまった。
それにすぐに気づいてくれるのは、やはり総司だ。

「あれ、忘れ物でもした?」
「な、何でもないです。何となくです」

彼女たちが総司に話しかけると決まったわけではないのに、それを防ぎに戻ってきたなどと言ったら笑われてしまうだろうか。
それとも、重いとか面倒臭い子だと思われてしまうだろうか。
千鶴は自分の気持ちを悟られないように誤魔化しながら、着替え中の総司の隣に立った。
なんだか目を合わしづらくて、千鶴は斜め下あたりをじっと凝視する。
すると、総司が脱ぎ捨てたカラーシャツを「持ってて」と当然のように千鶴に手渡してきた。

「は、はいっ……!」

手持ち無沙汰だった千鶴はそれを受け取り、空中で丁寧に畳む。
総司には何てことのない行動かもしれないが、人前で私物を預からせてくれることが嬉しい。
千鶴が小さく微笑みながらそれを噛み締めていると、少し離れたところから、キャー、と悲鳴にも似た声が響く。
驚き顔を上げると――

「沖田君、可愛い〜!」

先程の女子部員たちが総司に向かって歓声を上げていた。
何事かと隣の総司を見ると上半身は裸で、下も制服を脱ぎ終わったところだった。
騒いだ原因は恐らく彼の穿いているボクサーパンツ。
男子らしからぬ派手なピンク色、いま人気のキャラクター柄だ。
千鶴がその見覚えのある代物にぎょっとしている間にも、あの子たちは総司へと近づき、「どこで買ったんですか〜?」とか「そのキャラ好きなの?」とか質問を始める。
話しかける機会を窺っていた彼女たちにとっては、格好の食い付きやすいネタだったのだろう。

えっ、こんな状況で声をかけるの!? と千鶴はしばし口を開け、ぽかんとする。
自分の隣で、一張羅姿の彼氏が、女子たちに囲まれている――そんな光景を頭が理解してくれない。
嫉妬よりも呆然としてしまい、なんだか見ていられなくてその場に背中を向けた。

「うん、可愛いでしょ?」

総司の楽しそうな声が聞こえて、千鶴は持っていたシャツをきゅっと握り締めた。
だがそれと同時に千鶴の背中に温かいぬくもりが触れ、二本の腕が抱き締めるようにして千鶴を拘束する。

「これ、千鶴ちゃんとお揃いなんだ」

背後から、総司の楽しげな弾んだ声が鼓膜に響いた。
千鶴からは見えないが、彼の今の表情は恐らく新しい遊びを思いついた子どものように輝いているはずだ。

「……え、それって……?」

総司の行動と言葉に目をぱちくりさせた女子部員たちが、反射的に零した問いかけ。
それを待ってましたと言わんばかりに総司は満面の笑みを浮かべ、頬を千鶴に摺り寄せながら答える。

「この間デートしたときに買ったんだ♪ 僕はこんな色気ないのは千鶴ちゃんに穿いてほしくなかったんだけど、ペアの物がほしいって可愛い顔でしつこく強請ってくるから根負けしちゃったっていうか……」

確かにペアのものがほしいと言ったのは千鶴だが、下着をほしいと言ったわけではない。
第一可愛い可愛いと口にしていたのはその隣の一角にあったタオル類を見て、だ。
同じ柄を下着コーナーで見つけたのも、メンズとレディース両方を買い物籠に放り込んだのも、勝手に会計を済ませたのも総司だ。
なのに総司は大幅に脚色したデートのあらましを、目の前の女子たちにペラペラと説明し続ける。
いや、これは最早説明ではなく、ただの惚気だ。

「おっ、沖田先輩、それ以上は……っ!」
「やーだ。まだ喋り足りない、もっと誰かに聞いてほしい」

千鶴を抱き締めたままの総司はその後、ひたすら幸せそうな顔で思い出語りを披露する。
それは数分後、やってきた顧問に「服を着ろ」と頭を叩かれるまで続くのだった。


END.
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2012.11.01
剣道部御着替えコメントくださった方、ありがとうございましたー!
妄想してって書いてあったので遠慮なくした結果がこれです(´∀`*)

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