★ボツネタ(2)

その名の通りボツネタです。ラブもオチもない上に未完のまま終わります。
それでも大丈夫と言う方のみお進みください。














縁側へと向かった総司の耳に、楽しげな笑い声が飛び込んできた。
まさかと思い覗き見てみると、そこには千鶴と新八の姿があって……

「どうだ、千鶴ちゃん。高いだろ?」
「たっ、あははっ、はい!」

……新八が千鶴を「たかいたかい」していた。
千鶴が両手を伸ばしてキャッキャと歓声をあげれば、調子に乗った新八は千鶴を持ち上げたままクルクル回ったり飛び跳ねたりしてさらに千鶴を喜ばせる。
なんだこれ、という景色がそこに広がっていて、総司はその場で硬直をした。
暫くすると新八が千鶴を頭の高さまで下ろし、千鶴は自然と新八の首に腕を回して捕まった。
二人は至近距離で顔を合わせる。

「楽しかったか? こんなことでいいならいつでもやってやるぜ」
「本当ですか? 嬉しいです!」

離れた場所から見ている総司にはちょっと近すぎやしないかと思える二人の距離だが、当の本人たちは全く意識していない様子だ。
得意満面な新八の顔と、満面の笑みを浮かべて喜ぶ千鶴の顔。その両方が総司を苛つかせた。

本当ならあの笑顔は僕のものになるはずだったのに。

そんな考えが一瞬総司の頭をよぎったが、慌てて頭を振って掻き消した。
千鶴も上機嫌になったらしいし、別段謝る理由もなくなっただろう。
大体悪いと思っていないのにどうして謝らなければいけないんだ、うん。
総司は自分に言い聞かせながら、その場を去った。






数日後。
時間が空いた総司は、今日も子どもたちに遊んでもらおうとしていたのだが、そこへ千鶴が通りがかった。

「また子どもたちのところへ行かれるんですか?」
「そうだよ。今日は境内なんだ」

ここまではよくあるやり取りだった。
総司は特に警戒することなく有りのままを答えたのだが、それが間違いだったのだろう。

「私も着いていっていいですか?」
「え…………来るの?」
「はいっ、沖田さんさえよろしければ!」

ニカッと白い歯を輝かせて千鶴が笑顔になる。
まさか彼女が自分から来たいと言うとは思わなかった。
しかもこの笑顔だ。
口を三日月型にして期待を込めた瞳で上目遣いをする。一つに結った髪はふりふりと揺れて……。
まるでご主人様からの褒美を待つ子犬のようで。
結局総司は断るに断りきれず、彼女を連れて裏の境内に行く羽目になった。


今日は鬼ごっこをすることになり、境内のあちこちを子どもたちが駆けずり回っていた。
もちろん総司や千鶴も加わり、時に逃げ、時に追いかけと遊ぶ。
その子どもたちの中には四歳ほどの小さな女の子がいた。
普段はこういう遊びの場にやってこない子なのだが、今日は兄に連れられてきて加わっていた。
小さな歩幅でパタパタと走り回り、きゃあきゃあ騒ぎながら逃げる姿は楽しさをそのまま表している。
なぜか少女は千鶴に懐き、今も千鶴のすぐ横を一緒に逃げていて――。

ベシャベシャッ!

二人同時、目を覆いたくなるほど派手にスッ転んだ。
女の子は倒れた姿勢のまま一度顔をバッと上げると何が起きたか理解し、そしてようやく痛みに気づいたようにわんわんと泣き始めた。
その横で千鶴は顔を伏せたまま痛みに耐えるが如くふるふると震えていたのだが、女の子の割れんばかりの泣き声にハッとしたらしく、顔を上げる。
だがそのときには駆けつけた女の子の兄が、小さな身体で妹を軽々と抱き上げていた。

「なくなよ、ほら。……いたいのいたいのとんでけー!」

兄は妹の背中をさすりながら、痛みが消える呪文を唱えた。
妹は身体を小さく丸めて兄に必死にしがみ付き、嗚咽を止めようとしている。
一方の千鶴はまだ地面に伏せたままの状態で、他の子どもたちに野次られていた。

「なんで兄ちゃんまで転んでんだよ」
「どんくせぇなあ」

確かにその通りなのだが、それを本人に言ってしまうあたりが子ども特有の残酷さと言うべきか。
兄や他の子どもと同じく女の子に駆け寄っていた総司は、あまりにも残念な千鶴を哀れみ、せめて手でも貸してやろうかと近づく。
だが千鶴の視線は野次を飛ばしている子どもたちでも、総司でもなく、二人の兄妹へと注がれたままだ。

「いたいのとんでっただろ?」
「うん、とんでったよ……っ!」

さすが兄妹というべきか、兄は妹の泣き止ませ方を熟知しているようだ。
あれだけ大きな声を上げていた妹はもう大人しくなり、兄に笑顔まで見せている。
そんな二人の様子を千鶴はじっと見詰めた後、すぐ傍まで来ていた総司へと視線を移した。
その瞬間、総司は言い知れぬ嫌な予感がして足をビタッと止める。

「………………」
「………………」

千鶴が見ている。
物欲しそうな顔をして総司を見ている。
まだ転んだまま地面に倒れている状態で、顔だけ上げて総司を見ている。
一度目を合わせてしまえば逸らすなどできず、総司は顔を引き攣らせることで今の気持ちを表現するしかなかった。

まさかこの子……僕に同じことを求めているわけじゃないよね。

あの兄がやったように千鶴を抱き上げて、背中をさすって、慰めろとでも?
総司は子どもたちと遊ぶ中でそういうことを子ども相手に何度もやったことがあるが、千鶴はもう小さな子どもではないのだ、彼女にやったらやはり構図がおかしいことになる。
っていうかやりたくない。
捨てられた子犬のような顔でこっちを見て待ってないで、さっさと起き上がってほしい。
――そして、状況に耐えられなくなった総司は意を決し、他の子どもを巻き込むくらい声を張って言ってやった。

「じゃ、じゃあ転んだ子たちはあの石段で見学してようか」

みんな連れてってあげてー、と白々しく石段を指差すと、子どもたちは一斉に返事をした。
そして千鶴は子どもに急かされながら起き上がって石段まで歩いていったのだが、それ以降、総司は極力彼女を視界に入れないように努めたのだった。






「何故千鶴を無下に扱うのだ」

顔を合わせるなり斎藤から一方的に決め付けられた総司は、深々と溜息を吐いて不快感を露わにした。
大体、斎藤といい平助といい、どこからその誤情報を仕入れてくるんだ。
千鶴が告げ口でもしているのか?
……心の中で悪態をついたあとに思い浮かんだのは、先程の出来事だった。

「あの子、何考えてるのかわかんない……」
「以前は“わかりやすい”と言っていなかったか」

確かに千鶴はわかりやすい。
楽しいとか嬉しいとか、辛いとか怖いとか、そういう感情がそのまま顔に出る。
だからついからかいたくなるし、苛めたくなる。
でもそういう意味での“わかりやすさ”ではないんだ。

あの後、千鶴は石段の上に膝を抱えて座り込んでいた。
見るからに気落ちしているような様子で、帰り道も総司の後ろを無言でとぼとぼと着いてきた。
この間の件といい、総司はやっちまった感で胸をざわつかせる。
自分は何も悪くない、何も責任を感じることはない。
そう自分に言い聞かせても、後ろから伝わる空気は確実にどんよりと重く冷たい。
そして例の如く、総司は屯所に着くなりさっさと千鶴から逃げ出したのだった。

「兎角、こじれる前に謝って来い」

どうしてこういう流れになるのかとうんざりしながら、総司は言われた通りに千鶴を探して歩き始めた。
悪いことをしていないと思いつつも、良心が痛むときは痛むものなのだ。



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2012.06.09

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