★記憶めぐり
総司が今世に転生し、最初に再会したのは近藤だった。総司はまだ子供で、そのとき既に近藤の横には土方がいた。つくづく前世の因縁を感じざるを得ない。その後、順番は多少違うが、試衛館のメンバーとも次々と再会し、つい一年前に島田や山崎にも出会った。
今夜はそんな前世関係者――新選組の仲間たちが居酒屋という場所に一同勢ぞろいする予定なのだ。つまり、飲み会。
各個人で連絡を取ったり会うことは多々あったが、全員が集まるのは初めて。いや、総司にとって・・・総司だけではなく、他の者たちにとっても、【全員】と言うにはまだ肝心な人物が足りてはいないのだが。
「千鶴はどこにいるんだろうね。早く会いたいなあ」
これは総司の口癖だ。
かつて2人が想いを寄せ合って夫婦になったことは、今では周知の事実だ。もちろん総司が思い出語りとして惚気た。何度も何度も惚気た。だから皆は知っている。総司が生まれ変わってもずっと千鶴を愛していること。いつも視線で千鶴を探していることも。
そもそも今回の飲み会は、数日前に平助と左之助が発案した。
会場はむさ苦しい男たちにはお洒落すぎる女の子が好みそうな居酒屋。左之助が選んだのだろう。最初は合コンでもするつもりなのかと勘繰っていた総司だったが、再会済みの新選組フルメンバーに声をかけていると聞いて、その考えを打ち消した。
多忙な近藤や、普段は不参加がちの山南や島田、山崎まで参加すると聞いたとき、総司は思わず目を瞬いた。
(平助は文字通り浮かれているし、一君も隠しているけど上機嫌だし・・・)
今回の飲み会に何かあるのか?
総司は何かを隠されてるようで少し面白くなかったのだが、気のいい彼らのことだから、単純に皆で集まれることが嬉しいのかもしれない、と解釈しておいた。追求するほど興味もなかった。
そして当日の午後。
授業が休講になった総司は、学園長室で時間を潰していた。夕方までに今日の仕事を片付けようと駆け回る近藤。その邪魔をしないように大人しくふかふかのソファに座り、コーヒーをすすっていた。
「千鶴に会いたい・・・・・・」
ぼんやり窓辺を眺めていたら、気づかないうちに本音が口から零れていた。みんなと会えることは総司にとっても嬉しいことだが、だからこそその中に千鶴がいないことが寂しいのだ。
総司の小さな呟きを聞き逃さなかった近藤は、一度手を止め、ニカッと笑った。
「そうだな。俺も早く会いたいが、あと数時間の辛抱じゃないか!」
「・・・・・・え?」
「まさか雪村君が隣町に住んでいたとはな。今年受験生だそうだ、是非ともうちの大学に・・・!」
近藤の言葉が頭の中に全く入って来なくて、総司はしばしポカーンとしていた。近藤は嬉しそうに話を続け、やっとのことで総司は状況を把握した。つまり・・・。
先週、たまたま平助と左之助が千鶴と再会を果たし、会う約束をし、連絡先を交換した。それはすぐに総司と口の軽い新八以外のみんなに伝えられ、全員参加の飲み会という運びになったのだった。
「だからホントに偶然だっつーの!左之さんも一緒だったし!!」
「当たり前。偶然以外、何があるって言うつもり?」
学園長室を飛び出した総司は、授業中の平助を無理やり呼び出し、じりじりと追い詰めていた。
「つーか、こうなるから言いたくなかったんだよ」
「普通は僕に一番先に言うべきだと思うけど。知らされてなかったのが僕と新八さんだけっていうのも面白くないな」
たまたま居合わせた斎藤が深い溜息をついて、平助を擁護する。
「言えばお前はすぐにでも千鶴に会いに行くだろう」
「行くに決まってる。それに何か問題でも?」
「千鶴は昨日まで大事な試験だったそうだ」
そうだとしてもお前は我慢できずに邪魔しに行っただろう?と図星をつかれた総司は少し拗ねた。
自分が一番に再会したかったのに先を越された挙句、何日も内緒にされていた。近藤が口を滑らさなければ、今夜直接会うまで知らされなかっただろう。
「・・・・・・それで、千鶴は・・・・・・。僕のこと、ちゃんと覚えてた?」
総司にしては余裕のない、不安げな声だった。平助と斎藤は思わず顔を見合わせるが、総司の気持ちもよくわかった。
前世の記憶を持っているといっても、それは断片的で靄がかっている。総司自身、斎藤に言われてやっと思い出したこともあれば、近藤に言われても思い出せないこともある。それは全員同じだった。
総司には千鶴を愛していた記憶や夫婦として幸せに暮らしていた記憶は色濃く残っているが、どうしてそうなったかや自分がどんな最期を遂げたのかは全く覚えていない。
もし千鶴が愛し合った記憶を忘れていたら・・・。
会える喜びと、記憶への不安を抱えながら、その日の夕方を迎える。
「千鶴ちゃん、覚えてるか?俺が甘味屋に連れてったときのことを」
「何度も連れて行ってもらいましたよね」
既にぐてんぐてんになった新八が千鶴に絡む。千鶴の隣は代わる代わる入れ替わり、自分の中にある千鶴との思い出を、彼女が覚えているか確かめるように話かけた。
「もう味とかは思い出せないですけど、すごく美味しかったことと誘って頂けて嬉しかったことは、ちゃんと覚えていますよ」
「千鶴ちゃんは相変わらず良い子だなぁ!女の子の格好も、似合ってるぜ」
酔いに任せて千鶴の背中をバンバンと叩けば、驚いた千鶴は軽く咽る。反対隣に座っていた左之助が新八を諌めながら、千鶴の背中をさすった。
総司はというと、別のテーブルに着き、そんな様子をジトッと眺めながら酒をチビチビしていた。
総司が入店したとき既に千鶴は土方と原田に囲まれてお通しを口にしていて、総司に気づくと目を見開いて頬を染め、慌てて視線を逸らした。恥ずかしがりな一面は以前と変わらず、純粋に可愛いと思えたし、その仕草だけで彼女は今も自分を好いていてくれてるとわかって嬉しかった。
本当は、会った瞬間に抱き締めて撫で回してお持ち帰りしたいくらいだったのだが・・・・・・総司は柄にもなく照れてしまっていた。
「行かないでいいのか」
ずっとそこから動こうとしない総司を気遣い、斎藤が声をかけた。
「行くよ、行きたいけど・・・みんないるし・・・・・・」
昔、千鶴への愛を自覚した頃には新選組からとっくに離れていた。生まれ変わってからかつてのことを何度も惚気はしたが、当時の自分がどれだけ千鶴にベタ惚れだったかなんて誰も知らない。だから人前でどう千鶴と振舞うべきなのか、わからないでいた。
「あんたが人目を気にするとは思わなかった」
「何それ、一君ってたまに失礼だよね」
「あれだけ惚気ておいて今更だろう」
話に聞くのと直接見るのとでは、話が違うだろう。
まだ新選組のみんなと行動していた頃は、剣や近藤に対して真っ直ぐだった。千鶴のことは気に入ってはいたけど、周りに注意されるくらい冷たく当たることも多々あった。そんな自分しか知らない皆に、千鶴への愛を見せるのは気恥ずかしかった。
店員がラストオーダーを取りにくる頃。
3〜4時間ほどの宴会の中、総司と千鶴はまだ一度も話していない。せめてデザートは一緒に食べようかと思っていた総司だったが、先ほど、島田と美味しそうにアイスを突いてスイーツ談義していた千鶴を見て諦めた。
こうなったらキツイのでも呑んで気を紛らわそう・・・とメニューをパラパラと捲ると、後ろかと心配げな声がした。
「総司さん、呑みすぎですよ。体に障ります」
振り向くとやはり千鶴で、手にはオレンジジュースのグラスを持っていた。
「そんなに呑んでないし、今は健康体だから大丈夫だよ」
いつの間に移動してきたんだろう?と思いながら手を伸ばすと、千鶴はそのまま総司の隣の空いてる席に腰を下ろした。
「いいえ、たくさん呑んでました。ちゃんと見てたんですから」
「・・・・・・ホントに?気づかなかった」
今も千鶴が後ろにいたことに気づかなかったし、言われたとおり呑みすぎたのかもしれない。
「もうお酒は呑まないから、それ少しちょうだい」
オレンジジュースを指差して言う。
「でもこれ私の飲みかけですよ。注文しましょうか?」
「それがいいの。飲ませて」
あーん、と口を開ける総司に千鶴は戸惑いながら頬を染めるが、それでもグラスを手に取ってストローを口に突っ込んでやる。
二口三口啜ると、総司は嬉しそうに笑って言った。
「・・・やっと僕のところに来てくれた」
「ごめんなさい、でも・・・その、皆さんがいらっしゃったので、総司さんとどう接していいか・・・」
千鶴の言葉に総司はくすくす笑い出した。変なことを言ってしまったのかと首を傾げる千鶴だったが。
「僕も同じこと考えてたよ」
でも自然体でいいよね?、と言いながら総司は千鶴の腰に手を回し、自分に引き寄せ、甘い声で囁いた。
「ねぇ千鶴、このあとは僕と――」
「あっ!あの、この後は土方さんに・・・!!」
総司の言葉を、千鶴は真っ赤な顔で遮った。
「土方さんが、何?」
「家まで車で送ってくださるそうなので」
車通勤している土方は仕事帰りに直でここへ来た。相変わらず酒に弱いので、今夜は一滴も呑んでいない。遅い時間まで千鶴を付き合わせることを見越して、あらかじめ家まで送る約束をしていたのだ。
自分の知らない間にそんな約束を・・・と眉を顰める総司だが、千鶴はそれに全く気がつかず、「家と駅が少し離れてるので助かります!」と嬉しそうだった。当然、総司の機嫌が悪くなる。
「そんなの断りなよ。僕が明後日、ちゃんと送ってあげるから」
「いえ、でも・・・。って、どうして明後日なんですか?」
「だって土日は学校休みでしょ?せっかく会えたんだからずーっと僕と一緒にいよう」
千鶴の手を取って、指先にキスをする。
「だっ、駄目です!」
周りの視線を気にしてか、きょろきょろしながら断る千鶴。
2人のやりとりをじーっと見ていた一同は、総司から鋭い殺気を浴びせられ、そそくさと視線を彷徨わせた。
「何が駄目なの?僕たち夫婦なんだよ、忘れたの?」
手首の皮の薄い、血管の見えているところに口付けする。千鶴は擽ったさで身を捩って、手を振り解こうとしたのだが、もちろん離してもらえるわけがない。
「お、覚えてますけど、それは前世の話で・・・」
「ふぅん、千鶴にとってはその程度なんだ」
総司は頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。だけど千鶴の腰に回した手は離さないどころか、ますます自分に密着させるように力を込める。
こういうときの総司は本気で怒っているというよりも、早く千鶴に折れてもらってイチャイチャしたいときの総司だ。千鶴は前世でのそれをよく覚えていた。
「そんな風にしたって、駄目なものは駄目です」
千鶴にぷーんとそっぽを向かれた総司は、すぐに千鶴のほうへ向き直った。イチャイチャしたいのだから千鶴に突っ撥ねられれば簡単に折れるのは、昔から総司の方だった。
「わかってるよ。まだ現世でのお互いのことなんて全然知らないし、君は高校生だし・・・。でももう少し一緒にいたいと思うくらい仕方ないと思わない?」
言い訳というか、責任逃れというか。総司が必死で千鶴をこっちへ向かせようとしていると、千鶴は小さく笑い出した。
「昔も、よくこうしてましたよね。覚えてますか?」
「・・・最初は僕が拗ねればすぐ甘えさせてくれたのに、少しずつ僕を突き放すようになったよね」
「つ、突き放してなんていません!」
総司の両腕は千鶴を包み込み、額と額を合わせて今にもキスしそうな距離。ここがどこかも忘れて自分たちの世界に入り込んでしまった2人だが・・・・・・。
「だーっ!それ以上は家に帰ってからにしろ!!」
「おいおい総司、周りの目も考えろよ」
「千鶴、送ってやるから早く帰るぞ」
口々に邪魔された。
店の前で二次会組と別れた総司と千鶴、近藤は、土方に家まで送ってもらうために駐車場へと足を進めていた。
先を行く近藤と土方から少し距離を取り、片手は繋ぎ合い、もう一方の手では携帯電話の番号とメアドを交換し合っていた。
「今日はみんなとどんな話をしてたの?」
「ええと、思い出話がほとんどです。前世のことは断片的にしか覚えていないのですが、皆さんもそうらしくて・・・だから何を覚えて何を忘れたかの確認ばかりしてた気がします」
今日の会話を思い出したのか、嬉しそうな表情をする千鶴。
「ねえ、僕のことは?全部覚えてる?」
「・・・・・・全部と言われると自信はないですけど、でも、大体は」
千鶴は頬を赤らめながら、総司の手をきゅっと握り返す。
「じゃあ僕の機嫌を直す方法も覚えてるよね?」
顔を覗き込むように問われて、千鶴は一瞬きょとんとしてから、眉をしかめる。
「・・・総司さんは今、機嫌悪いのですか?」
「うん。だってずっと相手してくれなかったし。昔みたいにしてくれたらすぐ直るんだけどなぁ」
拗ねた声を出しながら千鶴の唇に指を這わした。そして不敵な笑みを浮かべて、
「もちろん覚えてるよね」
と念押しする。途端に千鶴は顔を沸騰させて、しどろもどろになる。
「・・・・・・お、覚えて、ませんっ!」
総司はにやにやと笑いながら、千鶴の耳朶に触れた。
「ここまで赤いよ。覚えてない癖に、どうしてかなぁ?」
「あ、赤くないです、総司さんの気のせいです!」
何か閃いたように意味ありげな笑顔を絶えず浮かばせる総司に、千鶴は身の危険を感じていた。
「千鶴が覚えてないなら僕が思い出させてあげるしかないよね、おいで」
「む、無理です!近藤さんと土方さんがいるのにあんなこと、できません・・・!!」
十数メートル前には土方と近藤が歩いている。少し声のボリュームを上げればすぐに気付かれる距離だ。
「あんなことってなぁに?君は覚えてないんだよね?」
「・・・っ!!総司さんは意地悪です!」
「うん、意地悪だよ。それも忘れちゃったの?」
そう言いながら総司は立ち止り、千鶴を引き寄せた。
千鶴のくぐもった声が零れた数秒後、真夜中の路地に土方の「てめえらいい加減にしろ!」という怒鳴り声が響き渡ったのだった。
END.
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2011.4.07
一万hitキリリクで沖千転生。お持ち帰りや転載はキリ番踏まれたご本人様のみでお願いします。
文香さま、リクエストありがとうございました!
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