★ねじくれた桎梏(3/10)

***



総司が女将へどのように説明したのかは定かではない。
だけど千鶴には、事実と異なる説明をしたということはわかっていた。
本当のことを言ったら、きっとあの人のいい女将はこんなことに協力してくれるはずがない。
でも総司には恩があると言っていたから、事実を知っても変わらずに世話してくれるかもしれない。
千鶴のぼんやりとした思考では答えなど導けなかった。

ここでの暮らしは、歩けないこともあって退屈だ。
だけど喧騒から隔離されているし、女であることを隠さなくてもいいから、とても楽。
のんびりと療養して、総司が会いに来てくれるのを待つだけの生活。
こんな生活が何日も続くと、これも悪くはない、と思ってしまいそうになる。
だけど、そもそも療養とは何なのだろうか。
足の怪我の、こと……?
でもこの怪我は、これは――……

「――雪村君…………雪村君、目を覚ますんだ」
「…………ん、にゃ…………う……?」

肩を揺さぶられ、千鶴は目を覚ました。
ふかふかの布団の中に蹲っていた千鶴は、重たい瞼を擦りながらゆっくりと身体を起こす。

「……雪村君、俺がわかるか?」
「ん、んと…………」

頭がぼんやりとして、思考が鈍っている。
急かされているような問いかけにも上手く反応できないまま、千鶴は状況を確かめた。
夜明け前なのだろう、あたり一帯は闇。
足は何かに戒められているかのようにまだ重たい。
いつもどおりの現実だ。

……総司が最後にここに来てくれたのは一昨日だった。
予め「三、四日来れなくなる」と告げられていて、仕方ないけれどとても寂しかった。
昨日は何もすることがなくてとても暇で、総司から貰った金平糖を一日中眺めていて。
それで、今は……?

「ともかくここを出よう。立てるか?」
「あのっ、山崎さん、ですか? どうしてここへ……?」

闇に慣れぬ目は頼りにならなくて、千鶴はその懐かしい声色から傍にいる人物を判断した。
どうして彼がここにいるのだろうか。
新選組の皆には秘密にしていると総司は言っていた。
もしかして状況が変わって、山崎に教えたのだろうか。
だけどそれならどうして一昨日なにも言ってくれなかったのだろうか。
一昨日の総司は、近藤の付き添いで出張に出掛けると嬉しそうに話していた。
とても嬉しそうで、嬉しそうで、だから浮かれてしまって伝え損ねてしまった……とか?
それに総司のことだから山崎が来ることを告げないでいて、千鶴を驚かそうとしているだけ……かもしれない?

頭の中に疑問符が沢山浮かび上がるものの、千鶴はその全てに無理やり答えを付けて己を納得させる。
きっと千鶴は今夜ここから出てもよくなったのだ。
もう外は危険ではなくなったのだろう。
だからこそ山崎が迎えにきてくれたのだ。
本当なら総司と一緒に帰りたかったけれど、忙しい彼の手を煩わせてしまうなんてできない。
今は素直に山崎について行こうと決意する。でも……。

「ごめんなさい。私、歩けなくて」
「ならば俺の背に掴まってくれ。すぐに屯所へ――」

山崎が背を向け、千鶴へおぶさるように言う。
何もこんな夜中に行動しなくてもいいのに、と思うものの、急ぐ理由があるのだろう。
千鶴は申し訳なさそうにその背に手を伸ばすが、ふと、大事なものを忘れていたことに気づく。

「あっ、待ってください。あれを……」

ぺたぺたと膝で歩き、戸棚に仕舞っておいた金平糖の包みを手に取る。
総司が買い与えてくれた髪飾りや小物も一緒に置いてあり、千鶴はそれを一つずつ懐へ仕舞う。
そうしてここにある己の数少ない私物全てを手にすると、山崎へと向き直った。

そこから先は、わけがわからないままに進んでいった。
屯所に戻るなり連れて行かれたのは土方のもとで、酷く安堵したような、困惑したような表情を浮かべられた。
何の挨拶もせずに一ヶ月以上も屯所を空けてしまったのがまずかったのだろうか。
でも総司がそこら辺は上手く話をつけたと言っていたし……。

「どうやら沖田さんは店の女将に彼女の命が狙われていると吹き込んでいたようです」
「つまり総司に騙されていたってわけか」

山崎と土方の会話に、千鶴は弾かれたように顔を上げる。
総司が女将へ「千鶴が狙われている」と言っていたのは千鶴自身も知っていた。
でもそれが「総司に騙されていた」とは一体どういうことなのだろうか。
なぜなら千鶴自身も総司からそう聞かされていた。
危険だから屯所に戻ってはいけない、と。
しばらくここで身を潜めていないといけない、と。
そう言われてあの場所へと連れて行かれたのだ。
総司が忙しそうにしていたのも千鶴を狙う輩の件があったからで、その合間を縫って様子を見に来てくれていた、はず、なのに。
二人の会話が理解できずに、千鶴はぽかんと口を開ける。

「何を呆けてやがる。千鶴、何があったか説明しろ」
「……えっ、あの……状況が、わからないです、が……」

千鶴が理解している状況と、土方たちの言う状況とでは大きな差異があるらしく、千鶴は何をどう説明すればいいのかすらわからなかった。
土方の眉間の皺が深くなる。
顎で山崎へと合図を出すと、山崎が小さく頷き、口を開いた。

「一月前、巡察に同行していた君が失踪し、我々はその行方を捜索していた」

そう切り出した山崎の説明は、千鶴が驚くべきものだった。
当初ははぐれて迷子になったのかと同行させた組の者が探し回ったのだが、一行に見つからず。
屯所に報告されたのは二刻ほど後のことで、他の組長たちも捜索に加わった。
逃亡が疑われ、誘拐を危惧され、幹部たちの緊急合議が連日のように続いたものの、千鶴一人の捜索に何日も人数を裂けるほど新選組も暇ではなかった。

ほとほと諦められかけた半月後、土方が総司の不審な行動に目を付けた。
やたらと外出が増え、女物の飾り物を買う様子が目撃され、どこか機嫌が良さげな総司――。
千鶴が失踪したという知らせが来たときも一番冷静だったように思え、土方の疑念は増していく。
そしてここ数日、山崎に総司の身辺を調査させていたのだ。
気配に鋭い総司を尾行するのは至難の業だったのだが、証拠は思わぬ場所から見つかった。
総司が巡察に出ている最中に部屋の捜索を行ったところ、行方不明中である千鶴の小太刀が発見されたのだ。
尻尾を掴んだも同然の状況。
口が堅い斎藤を導入させ、総司の動向を探り続け、そして千鶴が身を寄せていた店へと辿り着くのだった。
無論近藤の出張に総司が同行することになったのも、千鶴救出のための一計でしかない。

「…………んな顔してるってことは、お前も総司に騙されたってわけか」

山崎の説明が終わると、土方は溜息を吐きながら呆けた顔の千鶴を見た。
聞くまでもなく千鶴の置かれた状況が手に取るようにわかるのだろう。
総司に騙され、唆され、そして知らずうちに軟禁されていたということを。

「私、騙されてなんていません。沖田さんは――」
「総司が俺たちを欺き、おまえを不当に匿っていたことは事実だ」
「そっ、そんなこと……」

突き付けられた事実を、千鶴は受け入れがたい様子だった。
何度も土方や山崎の顔を伺い、自問しては唇を噛み、考え込む。
その態度は――彼女の中でも総司の不審さに心当たりがあったように取ることができ、土方がまた溜息を吐いた。

ともかく、詳細は総司や女将を問い質した後に聞くと告げられ、千鶴はひとまず退室することになる。
ここへ来たときのように山崎の背を借りて部屋を出ようとしたのだが、それを見た土方がぽつりと漏らした。

「……足の怪我。総司にやられたんじゃねぇよな?」

独り言なのか問い掛けなのかわからないような言い振りに、千鶴は思わず聞こえなかったふりをして山崎の背にしがみ付く。
その仕草が肯定を表していることを千鶴本人は気づいていないのだろう。
山崎と土方が同時に目つきを鋭くさせた。
だが彼ら二人がそれ以上千鶴になにかを問いかけることはなかった。



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2013.04.03

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