★ねじくれた桎梏(2/10)

確かにここに来てからというもの、口数が減った。
総司の前ではいつもどおりだけど、それ以外ではなるべく口を開かないようにしている。
でもそれには理由があって――

「沖田さんが、他の人と喋るなって言ってたから……」
「……ああ、それを守ってくれてたの? ありがとう」

千鶴の答えに総司が一瞬驚いたような表情をした後、顔を綻ばせた。
それとは対照的に、千鶴は顔色を困惑に染める。

「でも、心配かけてしまって……るんですか?」
「僕から説明しておくから気にしないで。これからは必要最低限なら話してもいいよ」
「は、はい……」

こんなふうに言うということは、総司が以前言っていた「喋るな」は、そこまで重い制約ではなかったのかもしれない。
真に受けてしまっていた千鶴は、あんなにお世話になっている女将や旦那さんとあまり口を利かなかった。
すごく失礼な態度を取り続けてしまったことを反省しつつも、総司が今言った「必要最低限」という単語が耳に残る。
必要最低限とは一体どれくらいのものなのだろうか。
受け答えはしていいけれど、会話は駄目……とか?
千鶴が悶々と考え込んでいると、ふと総司の指先が頬に触れた。
ふにふにと摘まれて、千鶴の意識は完全にそちらへと移動する。

「今日は夕方まで一緒に居られるけど、何したい?」

ここに来ると総司はいつもそうやって聞いてくれる。
千鶴の今の足では動き回ることができないし、この部屋の中だけではできることなど限られている。
だけど、例えば千鶴が「沖田さんとお喋りしたい」と言えば総司はずっと会話を弾ませてくれるし、「日向ぼっこがしたい」と言えば日差しの当たる場所まで運んでくれて、そこで一日のんびりさせてくれるのだ。
希望すれば叶えてくれることを千鶴は理解しているから、あまり大それたことは口にできない。
それに今は、夕方まで一緒に居てくれるのならそれだけで十分なのだ。

「沖田さんは、何をしたいですか?」
「僕? 僕は……こういうこと、かな」

総司が小首を傾げた直後、千鶴の視界がくるりと回る。
一瞬のうちに背中は畳についていて、天井を真っ直ぐに見詰めていた。
自分の上には総司が圧し掛かっていて、口元は楽しげに上がっている。

「好きだよ、千鶴ちゃん」
「っ、あっ……沖田さんっ、だ、駄目……」

総司の唇が千鶴の額に音を立てて触れて、そのまま鼻先や頬、耳元へと移動していく。
突然のことに慌てた千鶴はじたばたと身じろいで抵抗するものの、総司の着物をぎゅっと握り締め、放さなかった。
その縋りつくみたいな小さな手に、総司が零れ笑いを漏らす。
くすくすと身体を震わせながら千鶴の横に寝っ転がった。

「冗談だから慌てないで。傷口が開いたら困るし、まだしないよ」
「……は、はい」

逆を言えば、怪我が完全に治れば――。
からかわれただけなのか、予告なのか、どちらが総司の本音なのか千鶴には計りきれない。
だから詳しく追求する気にはなれないし、してはいけない気がする。
今はただ流れに身を任せているのが、正解なのだろうとぼんやり考えていた。

「今日は昼寝しよっか。二人なら君も眠れるかもしれないし」

総司が千鶴の頭の下に腕を差し込みながら、にっこりと笑った。

「でも、沖田さんは……?」

総司が傍にいてくれたら安心して眠れそうだけど、そしたら総司が暇になってしまう。
千鶴が目の前の総司を上目遣いしながら訊ねると、総司は千鶴をぎゅっと抱き寄せ、足を絡ませた。

「実は僕も寝不足なんだ。だから一緒に寝よ?」
「沖田さんも寝不足……なんですか?」
「うん。僕が屯所にいる間に千鶴ちゃんが歩けるようになったらどうしようっていつも不安で、もしそうなったら今度は――」

そこから先は聞いてはいけないような気がして、千鶴は総司の胸元に顔をぎゅうぎゅうと押し付けた。
総司にしがみ付いて隙間をなくそうとすると、総司が嬉しげにさらに抱き締めてくれる。
大丈夫。まだ、歩けないから。
大丈夫。どこにも行かないから。
そう唱えるように自分に言い聞かせていると、総司がまたふにふにと千鶴の頬を撫でてきた。
総司はこうやってよく頬に触れてくる。
やわらかくて気持ちいいからつい触ってしまうんだと言われたことがある。
自分で自分の頬を触ってもよくわからないが、でも総司が癖みたいに触れてくれるのは嬉しい。
千鶴がもじもじと顔を上げて総司を覗き込むと、総司が笑みを深め、千鶴の額に己の額をコツンとくっ付けてきた。

「好きだよ、千鶴ちゃん」

ここへ来るたびに総司はそう言い、千鶴に微笑む。
その言葉を聞くたび、その表情を見るたび、千鶴の中に燻っている疑念は“そのときだけ”は消えてしまう。
あの日の恐怖よりも、今の居心地の良さを優先したい。
たとえ後でまたぶり返すとしても、今は何も考えたくない。

「……私が寝てるうちにどこかへ行ったりしませんか?」

会う前は怖いのに、いざ会うと離れがたくて仕方がない。
総司がいないと自分はどうなってしまうのか、そちらの方が今だけは怖い。

「うん、行かないよ。だから君もどこにも行かないで」

総司の無骨な手のひらが千鶴の髪を掻き上げ、撫で梳く。
その手が千鶴の後頭部へと宛がわれ、二人の間にある僅かな距離を埋めるように、強く引かれる。

「……ん……っ」

唇にやわらかく熱いものが触れて、千鶴は瞬時に身体を強張らせた。
総司の口付けはいつも唐突で、心の準備ができるまで待ってはくれない。
この前は帰り際に不意打ちでされたし、その前は会って早々いきなりされた。
それと比べると今日はまだ……前触れはあったのかもしれない。
緊張している千鶴を解すように、総司の唇が何度も何度も触れて離れてを繰り返す。
そのたびに総司の感触が伝わり、押し寄せ、頭の中が総司でいっぱいになる。
総司の唇は千鶴が人生の中で触れた何よりもやわらかいもののように思えて、触れているだけですごく幸せな気持ちになれる。
総司がよく千鶴の頬に触れる理由がこのときばかりは、わかるような気がした。
ずっとこのままで居たくなる。
やわらかくて気持ちが良くて…………総司もそんなふうに思ってくれているのだろうか。
ぼんやりと虚ろになった瞳を彷徨わせてみれば、総司と視線がかち合った。
彼の両の瞳は真っ直ぐに千鶴を見詰めていて、全てを見透かされているように錯覚してしまう。
途端に恥ずかしくなって、千鶴は目をぎゅっと閉じた。
口付けが気持ちいいと思ったわけではなく、やわらかさを気持ちいいと思っただけで……と、心の中で必死に言い訳する。
そんな千鶴の心境を知ってか知らずか、触れるだけだった口付けが次第に深くなっていく。

「……ぁ…………ま、待って……」

何度しても慣れない千鶴は、顔を背けて行為を中断させる。
酸素を求めるように思い切り息を吸い込み、呼吸を整えた。

「待ちたくない。……いや?」

千鶴はふるふると首を横に振る。
嫌だなんて、あの日以来口が裂けても言えない言葉になった。

「でも、っ……お昼寝……は?」
「眠くなったら寝ていいよ。僕もそうするから」

総司が口元に笑みを浮かべると、また優しく唇が触れ合う。
もしかして眠りにつくまでずっとこのままなのだろうか。こんなことをずっとされていたら眠れるはずがない。
でも、頭の中が総司でいっぱいになって、幸せな気持ちになって、とても落ち着く。
ふわふわと夢の中でまどろんでいるような、そんな気分だ。
その中へ溶けていけたら、もう、夢でも現実でもどちらでも構わなかった。


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2013.03.31

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