★恋愛相談〜雪村編〜(2/2)
昨日の出来事のせいで千鶴の気分は沈んだままだ。
今頃総司は好きな人に好きなものを聞いたり、贈り物を買っていたりするのだろう。
取り込んだ洗濯物を畳みながら物思いにふけていると、そこへ総司がやってきた。
「千鶴ちゃん、そろそろ終わる?」
「沖田さん、見廻り終わったんですか?」
いま帰ってきたところだと返事をしながら総司が部屋に入ってきて、洗濯物の山を挟んだ正面に腰を下ろした。
「まだ終わらない?」
「あっ、はい、急ぎますね。何か用ですか?」
「ううん、平気。急がなくていいよ」
千鶴は頭に疑問符を浮かべて、手をせかせかと動かした。
何の用だろう、こうやって総司から会いに来てくれることが嬉しい。
千鶴と総司は同じ場所で生活を共にしているため、一日に何度も顔をあわせる。
食事のとき、合議のとき、たまに稽古を見学させてもらえたり、巡察に同行させてもらえたり。
機会があれば何度だって会いに行きたいが、あんまり周りをちょこまかされては総司に煩わしく思われてしまいそう。
だから千鶴は自分の中で一日何回までなら会いにいってもいい、というような規定を引いている。
「その、昨日仰っていた方には今日も会ったんですか?」
「うん。昨日千鶴ちゃんに聞いたことをやろうと思って」
探るように聞いた質問には、予想通りの返事が返ってきた。
巡察の最中に会ったのだろう。好きなものを聞いて、贈り物を……。
総司にそんなことをされたらその人だってきっと好きになってしまうはずだ。
どうして昨日あんなことを言ってしまったのかと後悔していると、総司が手で畳をトントンと叩いて千鶴の気を引いた。
千鶴が顔を上げると、総司は頬を弛めて昨日のような質問を始める。
「告白っていつ頃されたら嬉しい?」
「え、ええっ? するんですか!?」
「そりゃあ、いつかは」
なぜかそういう展開はまだ先だろうと安心していた千鶴に戦慄が走った。
だって、まだ全然、早すぎる! と千鶴は思っていたのだが、総司は既に告白を見据えているのか。
ということは、もう二人はそこそこの関係に……?
「……あの、沖田さんとその方はどのくらいの関係なんでしょう」
「そんなの自分じゃわからないよ。まあ、普通よりは上だと思いたいけど」
普通って一体なにを基準にした普通なのだ。
俗に言う“友達以上恋人未満”的なものなのだろうか。
千鶴の中に渦巻く不安が一気に色濃く染まった。
「その人は沖田さんのこと……?」
「どうだろう。でも絶対振り向かせるよ。それでいつ頃がいいと思う? 君の場合でいいからさ」
総司が言うとすぐにでも実現してしまいそうだから怖い。
そんなことになったら自分は…………。
あまりに前向きな総司を前にして、ついに千鶴に仄暗い感情が芽生えた。
「……えっと、その……ゆっくりがいいです!」
「?」
「な、何年もかけて仲良くなって、それからがいいです」
千鶴は告白の延期を促すような提案をした。
まあ、全くの嘘というわけでもない。
長い時間をかけて相手の善し悪しを知っていき、その全てを含めて好きになる――そういう恋が千鶴にとっての理想だ。
決して総司に告白させまいとしているわけではない、と断言……できる、と思う。
「何年って具体的にどれくらい?」
「…………二年くらいがいいと思います」
長すぎては不審がられてしまうため、千鶴はとっさに思い浮かんだ年数を口にした。
それは千鶴が総司と出会ってからの大体の年月だ。
最初は怖くて冷たい人だと思っていたのに、幾月日を経て、全く異なる感情へと変わった。
時間をかけたほどに愛しさは深く、揺るぎない。
それを出会ったばかりの見知らぬ女性なんかに渡したくない! そう思ったのだが。
「二年かぁ、じゃあ丁度いいかも」
総司の口から出たのは驚くべき言葉だった。
「ええっ!? そ、そんな前から、好き……だったんですか」
「好きって気づいたのは最近」
「……そう、ですか」
動揺と憂鬱で千鶴の気分はますます下降していく。
同じ頃に総司と出会っていたというのに、その人は総司からこんなにも想われている。
なのに自分は対象外でただの相談相手……。
自分の置かれている立場はあまりにも虚しく、哀れだ。
千鶴は重たい手を動かして洗濯物を畳み、最後の一枚を束の上に乗せる。
すると総司が待ってましたというように「こっちにおいで」と千鶴を手招いた。
「どうかされましたか?」
千鶴は洗濯物の山を迂回して、総司が座っているすぐ横へと膝をついた。
不思議そうな表情の千鶴に総司はにっこり笑みを浮かべ、ゴソゴソと懐にしまっていたものを取り出し、千鶴に差し渡す。
「……わぁ、私に? 宜しいのですか?」
白く小さな手にポテッと落ちたのは朱色の髪紐。
紐の両先端の結び目に紋様が施されていて、千鶴が今使っているものよりも洒落ている。
女性が付けるには少々地味かもしれないが、男装している千鶴にとっては“男がつけても違和感ない”くらいの可愛らしさだ。
総司がそういうところまで気を遣って選んでくれたということが言わずともすぐにわかった。
「その格好じゃあ櫛や簪ってわけにはいかないからさ。使ってくれる?」
「嬉しいです、ありがとうございます」
さっきまでのドロドロと渦巻いた気持ちが一気に晴れていく。
恐らく好きな人への贈り物のついで買いなのだろう。
でも、それでも千鶴は嬉しかった。
妬みや恨みという感情は今はもうなく、純粋な気持ちでその人が羨ましい。
「その人は幸せですね。沖田さんから想われているなんて」
「……うん、すごく好きなんだ」
「どういうところが好きなんですか?」
参考にしたいというわけではないけれど、でもきっと素敵な人なのだろうと思えた。
総司はその人のことを思い浮かべているのか、いつにも増して柔らかい表情となり、千鶴の瞳をじっと見詰める。
そして千鶴の前髪にそっと触れながら答えた。
「ドジで要領悪くて危なっかしいけど一生懸命なところが好きだよ。しっかりしていて生真面目で、一緒にいると居心地が良くて。なんでもすぐ顔に出るところも好きだな。傍にいると飽きないし、とにかく可愛くて好き。……好きだよ」
「…………え、えっと……すごく、好きなんですね」
至近距離で目を逸らさずに言われると、まるで自分への言葉だと錯覚を覚えてしまう。
千鶴は顔に集まってきそうな熱を平常に保つように努め、小さく息を吸った。
それと同時に、総司が嘆息しながら千鶴の前髪をくしゃっと緩く摘んだ。
「はあ、そうだね。でもその子が幸せかどうかはわからないな。こんなにあからさまにしてるのに僕の気持ちに気づいてくれないし、振り回される僕の身にもなってほしいんだけどな、千鶴ちゃん」
「そ、そうなんですか。沖田さんが振り回されているなんて驚きです」
想像していた女性像とは少々違っていたため、千鶴はただ思ったままのことを口にしたのだが、それを聞いた総司の表情が一変する。
さっきの慈しむような優しい顔つきはムスッと不貞腐れたものへとなり、禍々しい空気を放ち始めた。
「うん、僕の方が驚いてるよ、今すっごく」
「……わ、私なにかいけないことを言ってしまいましたか?」
「ううん、ぜんっぜん。わからないなら気にしないで」
自分が何か地雷でも踏んでしまったのかとビクビクした千鶴だが、違うらしい。
では他に何が彼を瞬時に変異させたのだろうか。
「あっ! ひょっとしてこうしている今もその人が誰かと……ってことですか?」
「今は僕が独占してるでしょ」
「…………???」
総司が禍々しくなった理由や、その後の言葉の意味がよくわからなかった千鶴は、首を傾げて眉を顰めた。
彼に近づくにはきっとこういうところで総司の気持ちを理解できねばならないのだろう。
そして理解できたならばグッと距離を縮めることができるはずだ。
新たな目標を定めた千鶴は心の中で見知らぬ女性に向かって、負けません、と宣言するのだった。
【相談結果】
あれは告白のつもりだったんだけど、なんで伝わらなかったのか意味がわからない。
ホントどうしてあんなに鈍いんだろうね。
END.
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2012.04.30
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