★カウントダウン〜修学旅行〜(2/4)
「千鶴一人か? 意外だな」
後ろから聞こえた声に千鶴は振り返り、笑顔を見せる。
その笑顔に返すように原田も口元を弛めながら千鶴の隣へ腰を下ろした。
この日はクラス行動の日で、事前にクラスで話し合って決めた場所をバスで回る。
今は公園が併設されている歴史的建造物を見学中で、数十分の自由時間が用意されていた。
千鶴は素早く一回りしてから生徒の集合場所であるこの場所で、みんなが見学を終えて戻ってくるのを待っている。
「みんな真剣に見学してるみたいです」
「みんなっつーか……総司は一緒じゃないのか?」
原田が意外に思ったのは、千鶴の隣に沖田がいないことだ。そもそも千鶴が引率として修学旅行に参加することになったのも沖田が原因だった。
数ヶ月前、彼女が引率メンバーに入っていないことを知られたときに話は遡る。
当然不満を訴えたのは沖田で、すぐに近藤に千鶴も連れていってほしいと頼んだ。
みんなでどこかへ出掛ける機会などこれを逃したらもう訪れないかもしれない、と伏目がちに肩を落とすと、近藤は「それもそうだな」とあっさり賛成した。
が、異論を唱えたのが土方だった。
修学旅行なんて浮かれまくった生徒たちの中に千鶴を放り込んでもし何かあったら、親御さんに申し訳が立たないだろ、と。
そこから沖田と土方のくだらない言い争いが始まった。
成人女性に対して「親御さんに申し訳が」もなにもないでしょ。大体千鶴ちゃんは四六時中付きっ切りで僕が守る――と主張したのが沖田。
てめえが一番危険なんだ、むしろおまえがいる限りは千鶴を連れてくつもりはねえ――と青筋を立てたのが土方だ。
近藤が間で困り果てながら仲裁役を勤め、揉めに揉めた結果、当初の目的も忘れて相手を打ち負かしてやりたいという心理に陥った土方と沖田は、直後に行われる定期試験で勝負することになった。
要は「総司が古典のテストで高得点を取ったら千鶴を連れて行く」、だ。
それと修学旅行に何の関係があるのやら……と傍から見ていた原田や永倉は口を挟みたくて仕方なかったが、本人たちが燃え滾っていたので何も言えなかった。
くだんの古典テストはいつもよりも難易度が高かったと専ら噂されたが、結果はご覧の通り、沖田が勝った。
「沖田さんはクラスのみんなと行動中です」
彼らの間でそんなやりとりがあったことを知らずに、千鶴は原田の問いかけに答えた。
四六時中付きっ切りで守るとか言っていた男が傍にいないことを不思議に思い、原田は首をかしげる。
「てっきりおまえにベッタリだと思ったんだがな」
「旅行中はお友達と思い出を作ってくださいってお願いしたんです」
「へえ。…………で、素直に従ったのか?」
そんなわけあるはずがないと思い訊ねてみると、千鶴は途端に俯いてマゴマゴし始めた。
「…………え、えっと、そのっ」
「どんな条件を出されたんだおまえ……」
初日の朝に一緒に空港まで行ったことも条件の一つに入るとしたら、それはもう数え切れないほど色んなことを提示された。
たとえば移動のバス。
千鶴の席は前から二番目の右側なのだが、その隣を沖田が占領している。
事前に決めた席割りがあるにも関わらず「前の方じゃなきゃ乗り物酔いする」と具合悪そうにされて、酔い止めの薬を用意したり、飲み物を渡したりしているうちにここが沖田の定位置になってしまった。
移動時間も思い出作りの大切な一時だ。
停車したときに元の席に行くように言ってみたが、「ここじゃなきゃ戻す。最悪の思い出を作れって言うの?」と逆に文句を言われてしまい、「バスで隣にいさせてくれたら他は大人しくしてるから」と妥協案まで出されてしまう。
あとはモーニングコールとおやすみなさいコールを沖田の部屋にかけなきゃいけなかったり、修学旅行後におみやげの交換会をすることになっていたりと様々ある。
結局千鶴は沖田の申し出のほとんどを飲むことになったのだが、一人の生徒を特別待遇していると呆れられてしまいそうで、千鶴は原田に事情を打ち明けることができなかった。だから話題転換に試みる。
「原田さんのクラスはこの後どこへ行かれるんですか?」
「俺んとこは……職員室で話題になったとこあるだろ、夕陽スポットの」
「わあ、私もそこに行ってみたかったんです。でもこのクラスは行かないので……」
「だったら今夜ホテル抜け出して行ってみるか? 夜景も綺麗らしいぞ」
最大の難関は生徒のみならず教師陣にも鋭い眼光を向けて警戒している教頭の土方だろうが、夜の職員打ち合わせが終わればバレずに済むだろう。
原田がそんなことを考えつつ千鶴を誘っていると、背後から冷たい空気が漂ってきた。
嫌な予感がしつつ振り返ってみれば、そこにはいつの間に来たのか、じとーっとした目付きの沖田が立っていた。
「なにしてるんですか」
千鶴の隣にドカッと座り、千鶴の向こう側にいる原田を睨む。
原田は目線を逸らしながら苦笑いを浮かべ、長い足を組んだ。
こういうときに沖田に油を注ぐようなことを言ってはいけない、と知っている。
「いまお前の話をしてたところだ」
「……夜景がどうとかって誘ってましたよね。千鶴ちゃん、行くの?」
「えっ!? い、行かないですよ、勤務中ですし……!」
不機嫌そうな沖田から何かを察知した千鶴は、慌てて否定する。綺麗なものは好きだ。
滅多に来れる場所ではないから見れるものなら見たいが、新米教師の千鶴には“ホテルを抜け出す”ということ自体、考えられなかった。
「ふうん。だったら……いいけど」
千鶴の返答に歯切れ悪く言葉を返した沖田は、ちらりと千鶴を覗き見て、ついで原田へと視線を移す。
……こういうときに大人はズルイと思った。生徒と違ってホテルを抜け出すことなど容易いだろうし、離れた観光スポットも財力を使えばどうにだって行ける。
何より、千鶴が原田の誘いに乗らない理由が「勤務中だから」と言うのに憤りを覚えた。
勤務外だったら尻尾を振りながら着いていくと言うのか。
いつも「生徒だから」という理由で断られ続けている沖田は、早くその関係から脱却したくて仕方がなかった。
再び巡りあえただけで奇跡に近いのだから年齢の差などどうでもいい――再会した頃はそう思っていた。
だけど次第に、どれだけ走ってもすぐには追いつけない距離を感じるようになっていた。
昔とは逆で千鶴が沖田を監督する立場にあり、教師と生徒、社会人と学生という関係が余計にその差を顕著なものにした。
かつての沖田は千鶴を子供扱いしていた。子供としか思っていなかった。
それを踏まえて今現在、千鶴にどう思われているのかを考えると…………溜息しかこぼれない。
つづく
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2012.04.06
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