★カウントダウン〜修学旅行〜(1/4)

カウントダウン続編です。
時間軸は カウントダウン→修学旅行→カウントゼロ→門限 の順番になっています。ノーマルルート後の転生で、千鶴が教師で沖田が生徒です。










小さくて非力で運の悪い子供――当時彼女のことをそう思っていた。
そんな子供に心配されて世話を焼かれるのが嫌で、だから病が悪化するにつれて遠ざけるようになった。
あの頃は弱っていく己への絶望ともう一度剣を握ることしか考えていなかったから千鶴の気持ちなど気に留めようともせず、彼女が薬を持ってくるたびに毒づき追い返して、それでもまだ何か用を見つけてやってきたときは言葉の刃をぶつけて傷つけた。

あの後それをどれほど悔やんだことか。
失って初めてこの想いに気づいたところで何もかも全てが遅すぎる。
あんな身体じゃあ守ることなんてできなかったけど、大事なものは遠ざけるよりも傍においておくべきだったと痛感させられた。

同じ轍は踏まない。
今度こそ何が起きてもずっと一緒にいるし、絶対に傍にいさせる。
弱った姿も情けない姿も、見られたって構わないじゃないか。
全て曝け出して受け止めてもらって、そして甘えたい、それだけだ。





「荷物デカすぎ。なに詰め込んできたの?」

沖田が呆れ笑いを浮かべながら千鶴のトランク型のキャリーケースを手でぽんと叩いた。
チョコレート色で皮製のそれは一週間分の荷物は収納できそうなサイズ。一回り余分じゃないかと沖田は思った。

「沖田さんは小さくありませんか?」

だが千鶴は真逆のことを言う。沖田は千鶴の荷物と似たような色をしたボストンバッグを肩から斜めにかけている。容量は二、三日分と言ったところだろうか、だがあまり物を詰めていないようで余裕があるように見えた。

「僕は男だし、こんなものだよ」

生徒は原則制服での行動となっているため、着替えは少なくて済む。それに最低限必要なアメニティはホテルに揃っているし、なければ現地で買えばいい。
それに帰りはお土産があるから、少しくらい荷物に余裕がなきゃ大変だろうし。と沖田が説明すると、千鶴はたった今気づいたと言うように顔を青ざめさせた。

「お、おみやげのスペースを忘れてました!」

手で口を覆い、大きな失態を犯したかのように目を見開いている。
沖田は一度目を瞑り、今度は千鶴の頭をぽんぽんと叩いた。

「……帰りは宅急便で送ればいいけど、君は遊びじゃないんだからさ」
「わ、わかってます!」

生徒のように浮かれていたことを指摘された千鶴は、頬を赤くしてプイッと横を向いた。





今日から薄桜学園二年生は修学旅行へと出発する。
新米教師でまだ担任クラスもない千鶴は自分がまさか引率させて貰えるとは思っておらず、つい二ヶ月ほど前まではしばらく学校が寂しくなると肩を落としていた。
それが一転、あの人の一声で覆る。

『というわけで雪村君もみんなと一緒に楽しんできてくれ』

ある日の職員会議後、近藤に呼ばれて学園長室に行ってみると教頭の土方もいて、突然修学旅行の引率を任された。

『宜しいのですか? 私で……』
『浮かれちまう生徒たちが多いから教師は多いに越したこたぁねえ』

眉間に皺を寄せながら納得がいかないように言う土方に千鶴が首を傾げると、近藤がフォローを入れる。

『雪村君、トシのことは気にしないでくれ。……なあトシいいじゃないか、総司だって条件を果たしたんだ』
『あのなあ近藤さん、その条件が甘すぎるんだよ。こいつが来ると厄介ごとが増えるだろ』
『何言ってるんだ、雪村君はしっかりしているだろう』
『いや、千鶴本人っつーより総司がだな、……ったく』

千鶴の同率を近藤は賛成していて、土方は反対しているらしい。
その理由が沖田にあるらしいのだが、千鶴は話がうまく読めずにただ二人の言い合いを見守っていた。
ともかく、修学旅行には沖田、斎藤、藤堂の生徒をはじめ、担任や学年主任を務める教師陣――つまり土方、原田、永倉たちも行く。
みんなと再会してからまとまってどこかへ行くなんてことは一度もなかった。
教師陣とは同僚としての付き合いもあるため仕事上がりに夕食に行ったりということはあったものの、生徒組とは関係上そういうことはできない。
昔みたいに全員揃って集まれるのはみんなが卒業した後かな、と思っていた千鶴は今回の修学旅行の件は寝耳に水だった。
もちろん教師としてついてくのだし、それぞれ班や役割があるので全員が揃うことなんてないかもしれない。
だけど沖田たちの大切な高校行事の一つに自分が関われることが嬉しかった。




「あの、ずっと言い忘れていました。私が引率できるように沖田さんが頼んでくれたんですよね」
「……うん、一緒に行きたかったんだ」

近藤、土方とのやりとりを思い出した千鶴が沖田を見上げながらお礼を言うと、沖田はにっこり微笑みながら千鶴の手を取り、繋いだ。
人前で……、と千鶴が慌てて振り解こうとするも、それよりも前に沖田が手に力を込めて逃がさなかった。
まもなく電車が到着するというアナウンスが構内に流れ、早朝のホームに人が集まってくる。
あと数十秒後にやってくる電車に乗って、二回乗換えをすれば修学旅行の集合場所である空港に到着する。
千鶴と沖田がその道のりを共にするのには、ちょっとした理由がある。



浮かれて色んなものを新調した千鶴は、昨晩、荷物をカバンの中にパンパンに纏め上げた。
いつもより早めの時間に寝ようとベッドに向かおうとしたとき、沖田から電話がかかってきたのだ。

『明日寝坊しそう。だから千鶴ちゃんちに泊めて』

もちろん断った。即刻断った。
その後しばらく電話先で駄々を捏ねられ、結果、朝に駅で待ち合わせて空港まで一緒に行こうと言われた。
沖田にしてみれば妥協案だったのだが、千鶴はそれでも首を横に振り続ける。
そもそも教師陣の集合時間は生徒よりも早い。
いつも時間スレスレで行動している沖田なのだ、「偶然会った」では通用するわけがない。

『僕、道順わかんない。連れてってくれなきゃ空港なんて無理』
『でも校外学習には参加されましたよね?』

二年生が春先に行う校外学習――学習と言っても修学旅行当日に空港まで行く予行練習のようなもので、空港に集合後、近隣を社会見学するというイベントだ。

『そのときは一君に任せっきりだった』
『だったら明日も斎藤さんと……』
『やだ。千鶴ちゃんと一緒じゃなきゃ行かない』

そんなことを言われた千鶴も折れるしかない。
なにせ千鶴が修学旅行に同行させてもらえるのは沖田のおかげなのだろうから。





快速の止まる駅で目の前の席が二つ並んで空いたため、二人は座る。
そして電車が再び動き出すと、沖田が千鶴の肩に頭を乗せてクスクスと笑いながら言った。

「こうしてるとさ、逃避行してるみたいだよね」

千鶴は慌てて避けようとするものの、反対隣の人に迷惑がかかりそうで上手く身動きが取れない。
身を寄せ合い、手を繋いで、大荷物を抱えて……。
見様によっては確かにそう見えるかもしれない。
男子高校生と女教師、というオプションも加えたらそうとしか思えないかもしれない。

「誰も知らない場所に行って、人目を気にせずずっとこうやっていれたら幸せだなぁ」
「どこに行っても人目は気にします……」

向かい側に座っている人たちや、つり革に掴まって立っている人たちに見られているような気がして、千鶴は頬を赤くしながら、片手で総司を押し返す。
びくりとも動いてもらえないが、抵抗しているということは周囲の人たちに伝わるだろう。
油断も隙もない沖田に頬を膨らましながらも、千鶴は思いを馳せた。

もし立場も何もかも捨てて二人きりの世界に行けるのなら自分はどうするのだろうか。

答えに辿り着くよりも先に千鶴は目を閉じ、小さく息を吐いた。
折角この平和な世に生まれてきたのだから、みんなの輪から離れる必要なんてどこにもないし、もう二度と離れたくない。
きっと自分はそんな道に進みはしないし、沖田もまた進ませはしないと思った。
……そんなことを考えていると、沖田がまたクスクスと笑い出した。
千鶴は顔を上げ、不思議そうな表情を彼へと向ける。

「手……無意識?」
「え?」

沖田がスッと手を持ち上げると、繋いだままの千鶴の両手も一緒に持ち上がる。
両……手…………?

「嬉しいな。君からこうやって触れてくれるなんて珍しいね」

目をぱちぱちと瞬かせながら手元を確認すると、沖田から繋いできた一方の手とは別に、千鶴のもう片方の手が沖田の手を包み込むようにして伸びていた。

「こ、これは……あっ!」

反射的に手を引こうとするが、沖田のもう一方の手がそれを防ぐ。
二人は電車の中で両手を繋ぎ合って顔を見合わせた。
一方は湯気が出そうなほど顔を赤くさせ、一方は心底幸せそうに顔を弛ませて……。
かくして前途多難な修学旅行がスタートしたのだった。




つづく
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2012.04.04

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